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こんなことシリーズ

こんなこと、あるんだなぁ

作者: 鷹村紅士

『こんなこと、あるんですね』の続編。

エルトリート視点です。長くなりました。

 最初に感じたのは、焦げ臭さだった。

 次に感じたのは、ベタつく感触。

 体を動かそうとしても力がうまく入らず、なんとか動いた肘や膝が固いなにかにぶつかる。

 なにがなんだかわからなかった。

 目を開けようとしたが何かが張り付いているようでうまく開けられない。


「ん……っ」


 もがくこと少し。

 ようやくうっすらと目が開けられた。ただ、視界がまだボヤけている。

 そこで俺は一度、力尽きた。


 再び意識が覚醒した時、俺の体には多少の力が戻っていた。

 腕が動く。足も動く。目はまだよく見えないが、うつ伏せの状態から脱するべく起き上がる。

 ただ、万全ではないために四つん這いになった時点でどっと疲れた。

 しばらく休憩していると目の焦点がようやく合い始めたようだ。

 まず見えたのは、黒い地面。そして灰色の粉。

 無理矢理視線を上げれば、そこにあったのは黒焦げの廃墟。大火事にでも見舞われたのか、十数件の家屋が焼け落ちていて、所々にまだ燻った火が見える。


「な……なんなんだよ、こりゃあ」


 俺は力なく呟くことしか出来なかった。


 ◇◇◇◇◇


 オッス、俺はエルトリート。

 早速だが、俺の話を聞いてくれ。

 聞きたくない? なら聞き流してくれても構わない。

 俺は子供の頃、唐突にエルトリートになったんだ。

 あ? 意味不明? まあもう少しだけ話を聞いてくれ。

 さっきも言ったように、俺はいきなりエルトリートになった。そうとしか言いようがないんだ。悪いな。

 俺が気がつくと、村が全滅していた。家は全部焼けて崩れ、俺以外の人間の姿は一切なかった。

 姿が見えないのに全滅していたのがよくわかったなって?

 そこらへんに焼死体が積み上がっていたらそう思わないか?

 まあ、何はともあれ。

 俺は生き残るために行動し始めた。

 水と食料を探して。

 けど、そんなもん残ってるはずがないんだ。全部燃えてしまったか、死体を積み上げた某かが持っていっちまったか。

 しかも、何度も言うようだが俺は唐突にエルトリートになったんだ。なにが言いたいのかというと、そこがなんていう場所なのか、その近辺には何があるのか、またそこで何があったのか、全く分からない状態だったんだ。

 それでも俺は行動して、あちこち歩き回った挙げ句、力尽きた。体感じゃあ三日四日は飲まず食わずでな、空腹で見事にぶっ倒れた。

 まぁ、普通ならそこでデッドエンド。死んで終わりになるんだろうが、生憎とそうはいかない。だって俺は今こうして生きているんだから。

 朦朧とした意識のなかで、俺は縋った。何に? 他の某かにさ。笑えるだろ? あの時は必死で求めたのさ。

 助けて、ってさ。

 思いが通じたのかって?

 ……どうなんだろうな。

 通じたって言えば通じたのかな。

 あの時の事を冷静に思い返すと、俺はずっと助けて、助けてって思ってたし、口に出してたんだと思う。

 そして、それが状況を打破する結果に繋がったんだから。


「た……け…………す……て……た……す」


 みたいな感じかな?

 そうしたらさ、出てきたんだよ、ステータス画面が! 御丁寧に名前に種族に年齢、HPにMPにスキル欄!

 それを見た瞬間に気を失って、起きたらなんと、前世の記憶が復活しててな。

 思わず言っちゃったよ。


「こんなこと、あるんだなぁ」


 てさ!


 その後はもうあれだね。とにかく水と飯を確保するためにステータス画面をいじりまくったね。

 ポイントでスキルが取得できるタイプだし、ありがたいことにポイントは9がたくさん並んでる状態だった。

 速攻で割り振ったね。

 前世じゃ特にゲーム好きって訳じゃなかったけど、命がかかっている極限状態じゃ無駄に悩まず、必要だと思うやつを選んでいたよ。

 水魔法で喉を潤し、回復魔法で傷を癒し、マップで森を探し、探知魔法で魔獣を探し、土魔法で槍を造って猪を仕留めた。

 あ、この世界、魔法を操る獣を魔獣っていって、害獣というよりも局地的な災害みたいな扱いの存在らしい。まあその時は肉を食うことしか頭になかったから、屠殺がどうの魔獣の危険性がどうのといったモンは気にしてなかった。

 結論、魔獣の肉うめぇ。

 火魔法で焼いただけだったけど、超旨かった。

 腹一杯になって落ち着いてから俺は、とりあえずこれからどうするか悩んだ。悩んだけど、眠気を覚えたので寝た。


 翌日、焼けた村に戻って土魔法で皆の墓を作って埋葬した。

 前世の記憶を思い出したのと同時に、現在の俺であるエルトリートの記憶も頭の中に刻まれていた。

 ここはエルトリートの生まれ育った村だ。古き良き時代の農村で、村全体が家族として皆で助け合って生活していた。

 それが突然、空から降ってきた大量の火の玉によって蹂躙されてしまったのだ。

 詳細は気を失っていて不明だったが、火の玉が降ってくるなんて魔法でしか考えられないし、焼死体を積み上げるなんてことをするなんて、あからさまに人間の仕業だろう。

 俺は復讐を誓った。

 とは言え、そこまでドロドロしたものではない。薄情なようだが、前世の記憶の方が人格の大部分を占めているため、エルトリート少年の方はおまけ扱い感が否めない。

 ただ、俺の中には確実にエルトリート少年がいて、家族の死を嘆き、理不尽な運命を呪っていたんだ。目標のない俺はエルトリート少年の強い願いを叶えることにしたんだ。

 村の中はダメだったが、少し離れた場所にあった猟師小屋に雨の日用の外套や鉈や弓矢があったので拝借して早速旅に出た。


 そこからはもう色々あったよ。

 街道を歩いていれば野盗の類いがよく出るし、野生動物ともエンカウントするし、遺棄された廃村もどれだけ見たことか。

 さらに当時の俺はポイントの割り振りのお陰である程度の危険ならどうにかできていたが、いかんせんエルトリート少年の体は小学生程度の子供。そんなのが一人旅してりゃ変な目で見られるし、その力を振るえば化け物扱いだ。

 石もて追われる。あれはキツかった。

 ただ、ネガティブなことだけじゃなかったよ。

 野盗に襲われてる人を助けたらすごく感謝されたし、巻き込まれた騒動を一緒に解決したオッチャンたちと仲良くなったし、悪党捕まえてお金が貯まる貯まる!

 え? 最後ので台無しだって? お金は大事だよぉ? うまい飯が食えるし、柔らかいベッドで寝れるし、情報を集めるのにも使えるしな。

 旅を続けてわかったことだけど、俺の魔法はおかしい。そもそもこの世界の人間はステータス画面なんぞ見れない。スキルだってポイント割り振りで取得する訳ではなく、地道な修行で身に付けるものだ。

 それを踏まえて考えると、俺のいた村を滅ぼした火の玉の雨。あれを行えるのはそれこそ魔法を専門として長い間修行した魔法使いくらいなものだ。

 だから俺は大きな街では情報屋を活用した。

 実力が高い魔法使いは名が売れている。俺みたいに無名なのもいるだろうが。

 ま、見た目が子供なんで相手にしてくれないか、侮って金だけ奪おうとしてくるからキッチリOHANASIをしたがな。

 そして解ったのは、イセトマ皇国(俺がいた国)で最終兵器扱いされていた【魔導王】が大規模な魔法の試射を行っていた、というもの。

 それが行われたのが、俺の村があった地方だというのも。

【魔導王】とやらは皇国の宮廷魔導師長で、周辺各国を含めても相手になる奴がいないほど強く、そのため皇国はそいつの名を使った威圧的な外交を続けていて、周辺国との関係は最悪だった。

 さらにこの【魔導王】、魔法キチでかなりの頻度で実験と称して村々を滅ぼしている。やたらと多かった野盗も、元々はこいつによって滅ぼされた村の生き残りたちだったという話も聞いた。

 胸くそ悪かったよ、ホント。

 それで、俺は皇国の首都に向かった。

 もちろん、【魔導王】をブチ転がすためさ。

 義憤? なんだよそれ。そんなもんじゃねぇさ。言ったろ? 村を焼かれた復讐さ。


 皇国の首都に着いて、まず驚いたのがその汚さだったよ。

 あと、人通りが全くなかった。

 門番はいたけど、小屋の中から出てこなかった。

 普通、首都なら人で溢れているモンだろ?

 なんでか見渡す限りスラムみてぇになってたんだわ。

 まあ原因は件の【魔導王】さんだったよ。

 あのジジイ、ホント狂ってやがってよ。元々が頭おかしいのに国王が何でもかんでも許すから、わざわざ辺境まで行ってやってた実験を首都内でやりはじめたんだわ。

 街中で堂々とテロが起こるようなもんだ。しかもその犯人が国の重要人物だっていうのが笑えない。

 多くの人たちが犠牲になったにも関わらず、国は一切動かない。どんなに訴えても握りつぶされる。国の未来を憂いた者たちが挙兵しようものなら魔法キチがテンションアゲアゲで殺しに来る。そして出来上がる死体の山。

 そんな国を見限ってジジイが寝てる真夜中に住民たちが夜逃げした結果、ゴーストタウンの一丁上がり。

 ん? ジジイを暗殺できなかったのかって?

 ああいうのに限って身の回りの安全には気を使っててな。すごかったぜ? 寝ている部屋には結界張って、料理は作ったやつを拷問して毒を入れてないか聞き出す。日中は自分の周囲に近づいたら黒焦げのになるようなおかしな結界張って、何か気配を感じたら魔法をぶっぱなす。

 名うての暗殺者たちもこれにはお手上げだって肩を落としてたよ。

 なんでそんなことを知ってるかって?

 そりゃあ城に忍び込んだからさ。協力者は王子様だ。

 平和な国を取り戻したい。だけどキチジジイには敵わない。雇い主の王さまはどっかに引きこもって出てこない。

 八方塞がりな王子様だったけど、ジジイに傷つけられた城の人たちや、なんとか生き延びた暗殺者たちを可能な限り庇ったり匿ったりしていてな。

 そんなことをしたらジジイにやられないかって?

 ジジイは国の運営なんぞ興味はない。王子が無事だったのはジジイの世話をさせるために敢えて手を出さなかっただけだ。

 けど、今回それが仇となった。

 やるなら徹底的にやるべきだったのだ。一切の慈悲も躊躇もなく力で他者を縛り、反抗する意志をもたないようにするべきだったのだ。

 ジジイが破滅した理由で、最もデカイのは二つ。

 ジジイの事細かな情報を他者に報せることのできる人間を放置したこと。

 そして、俺というジョーカーを敵に回したこと。

 これに尽きた。


 結果だけを言えば、俺はジジイをブチ転がして絶望を叩き込んだ上でありとあらゆるものをへし折った。その後、しばらく遊んでやってから片足を突っ込んでいた棺桶を塵に返し、人でなしに相応しい魔法をかけてやった。

 バリアはバ火力で割るに限る。

 そして呪毒魔法って危険すぎた。

 その後は泣きながら感謝しつつも俺の力を目当てに引き留めようとする王子を無視し、どこから出てきたのか知らんが王様が俺を非難して責任とれだとか訳のわからんことを言ってきたので軽く転がしてさっさと街を出た。

 ここまで国がボロボロになったのは自業自得だ。そこに俺は関係ない。


 さて、そんなこんなで俺の当面の目標だった復讐が終わってしまった。

 どうしようかって悩んだね。

 けど答えは出ないし、帰る場所もないからとりあえず他の国に行ってみっかと行動を開始した。

 まあそれからも色々あったよ。

 野盗に襲われたり、魔獣に襲われたり、騎士に襲われたり。

 忌み子として迫害された子供を保護したり。

 行き場を無くした農民たちを保護したり。

 政争に負けて命からがら逃げてきた兄妹を保護したり。

 国の依頼を受けて魔獣を狩ったり。

 野心溢れる王様が仕掛けた侵略戦争を物理的に止めたり。

 たった一人で始まった旅が、いつに間にか大所帯になって、俺についてくる人員がもうすぐ四桁に届こうとしていて、マジ焦ったわ。

 戦闘要員も増えたから手分けして金策していたけど、焼け石に水。さて困ったぞ、と悩んでいたら皆に言われた。


「拠点、作ろうぜ」


 盲点だった。

 その当時、色々暴れまわったお陰で色んな国に顔が利くようになっていたのでちょいといい物件ないか聞いてみたら大反響である。

 どこも俺らの戦力が欲しくて、結構いい物件を複数紹介された。されたけど、今度は国同士がいがみ合い始めてしまった。

 面倒くさい。

 ギャーギャー罵り合う国の代表連中。

 面倒くさい。

 帰っちまおうかな、と本気で思っていたら、俺みたいな若造のことを見下し切っていた某国の宰相がとある場所を提示してきた。

 魔獣が数多く生息し、各国が支配を諦めていた土地があったんだと。結構豊かな土地で、開拓できればかなりおいしい土地なんだけど、如何せん魔獣が多いってのが問題だって聞いてもいないのに喋ってきたよ。

 魔獣は一体でも局地的災害と同じ意味。それが複数いるなんて言われりゃ普通は怖じ気づく。

 あのジジイも、俺が怖がる所をみたかったんだろうな。

 ジジイ宰相の意見に食いつく代表たち。満場一致でその土地を俺に譲渡する契約書が出てきた。

 なので遠慮なくもらった。

 速攻で危険な魔獣は仕留め、大人しくて飼育も可能な種は残した。後は魔法が使える面子を総動員して地をならし、耕し、伐採してサクッと集落を作り上げた。

 マンパワーとマジックパワーマジ偉大だわ。

 何気に一芸特化の人員が多かったんだよね。こんな人材を追い出した国涙目だったよ。ざまぁ。

 俺らの俺らによる俺らのための拠点が手に入ったこともあって、今まで連絡が取れなかった遠方の国の連中がやってくるようになった。

 魔獣をサクッと殺れる人材は貴重だし、それ以外にも腕のいい連中の手を借りたい案件は山ほどあったからな。

 そんなこんなで俺らは一応、人材派遣会社的なものを名乗ったわけだ。

 けど、八割方が荒事ということもあって、結局傭兵集団になっちまったよ。

 こうして、傭兵団【獅子の咆哮】が出来上がったって訳さ。

 かっこいいだろう? 中二病? 知らんな。


 ◇◇◇◇◇


 その依頼が来たのは、ちょうど昼飯を食って一休みしていた時だった。

 経理部門の文官に案内されてきたのは長旅をしてきたのだろうと一目でわかるほど薄汚れた格好の男だった。

 年の頃は二十歳そこいら。顔立ちは整っていて、汚れてはいるが旅装束はいい素材を使っていた。

 しかしおかしいな。

 本当なら依頼は専任担当者がいて、俺が直接相対することはもうないのだけど。


「どういうことだ?」

「すみません。この方がどうしてもと仰られて」


 困ったように頭をかく文官。

 こいつの名はハンディオ。とある国で天才だとか煽てられて、調子にのった挙げ句に俺ら【獅子の咆哮】を乗っ取ろうとしてきた身の程知らずだ。

 だから俺の権限を全部くれてやった。

 やれるもにならやってみ?

 ハンディオは意気揚々と周辺国を征服しようと命令をだした。

 団員たちは集団ボイコット。ガン無視だ。

【獅子の咆哮】は俺がトップにいるが、決してリーダーの言うことは絶対服従! なんてバカなことがまかり通る集団ではない。

 甘いと言われてはいたが、ここは皆で助け合って生きていく共同体だ。元々が住んでいた場所を不当に追われた者たちの集まりなんだから、そんな嫌な思いはされるのはもうゴメンだし、するような奴にはなりたくないと皆が思っているし実践している。

 そこに勘違いした愚か者が来たら、かかわり合いたくないだろう。

 無視されてぶちギレたこいつは俺に八つ当たりしようとしたので色々折ってやった。

 丹念にポキポキして、砕いてフルイにかけてやったらギャン泣きして、それでも許さないと突きつけたら気絶して、回復魔法をかけて一晩たったら好青年になっていた。どうしてこうなった!?

 ま、仕事はできるし人当たりもよくなったから今では重宝してるけど。


「……私はここのトップに会わせてほしいと言ったはずだが?」

「ええ、ですからお連れした次第です」


 おや、依頼人さんは苛立っているご様子。

 ま、凄腕の傭兵団のトップが十代半ばの若造だとは初見さんじゃ信じられるわけがない。


「ふざけているのか……!」

「事実です」


 苛立つ依頼人。しれっと答える文官。


「信じられないなら帰ってくれていい。そもそもいきなり来てトップに会わせろって、あんた何処の何様よ?」


 食後の至福の一時を邪魔しやがって。

 わざと俺が威圧してやるとハンディオが脂汗をダラダラ流しだした。トラウマ刺激中。

 依頼人もビクッと体を震わせる。


「お初にお目にかかる、貴族殿。俺が【獅子の咆哮】のリーダーを勤めているエルトリートという者だ。学のない平民だから礼儀がなっていないのは勘弁願いたい」


 威圧したまま挨拶する。

 この場では、たとえ誰であろうと俺よりも立場は下だ。

 例えるならここは俺の国で、俺は王だ。

 言わばこれは他国の使者が王様に謁見しているのと同じことだ。

 たかが傭兵風情が、などと言う奴とは一切関わらない。俺たちはそれを貫き通せるだけの力がある。


「見たところ、とても急いでいるようだが、若造がトップをしている事実を受け入れられないなら速やかにお帰り願おう。こちらも一休みしたらすぐにこなさなければならない仕事がある」


 さて、どう反応する?


「……すまない、気が急いてしまった。非礼を詫びる。たが、この依頼は是が非でも受けてもらいたい」

「へぇ?」


 いいね。

 ここでキレてしまうならば聞く価値無しとして叩き出す所だが、我慢できて尚且つ組織のトップとは言え平民にすら謝罪できるのは、個人的にポイント高いぜ?


「では、お話を伺おうか? 出来る出来ないは全てを聞いたあとだ」

「……分かった」

「そういえば、そちらの名は聞いても?」

「トリステス・オルソフォス。リュオメン王国の者だ」


 ◇◇◇◇◇


「エルトさん、起きてください。もう朝ですよ」


 優しく揺さぶられ、俺の意識が覚醒する。

 目を開けると、美少女がそこにいた。

 ああ、至福の夢。


「あと、ごふん」

「いけません。会議があるんですから起きてください。また皆さんに迷惑をかけるおつもりですか?」


 しぶしぶ起きる俺。

 そんな俺をみて、彼女は表情を本の少しだけ和らげた。

 彼女の名はマリアルイーゼ。腰まで届くストレートの金髪を首筋で括り、ブラウスにベスト、ロングスカートと【獅子の咆哮】の女性文官の制服の上からエプロンをつけた格好である。

 イイね!


 トリステス・オルソフォスからの依頼は「妹の救出とその後の保護」だった。

 彼は侯爵家の三男。父親は財務大臣とかなり裕福な家庭で、最初に思ったことは金持ちのボンボンがなにしに来たんだ? というもの。

 彼の妹は贔屓目にみても出来がよく、国では令嬢のお手本と呼ばれていたという。

 そんな彼女だが、幼い頃に魚に驚いて気を失ってからはひどく大人びたようで、彼を含めて家族はひどく困惑したが、それでも愛しい妹を可愛がったという。シスコンかよ。

 そんな出来のいい妹には婚約話が大量に来たそうだ。ケッ、いいね貴族様は相手がすぐ出来て。こちとらなんのフラグも立ちゃしねぇ。

 婚約が決まったお相手というのが、国王唯一の息子である王子様。こういうのっていいのかね? 普通は何かあったときのために予備として兄弟がいるもんじゃねぇのかね。

 んで妹は次期王妃としての教育に忙しくなりつつも学校の成績は首席をキープ。なんだその超人。

 そして問題が起こったのはつい最近のこと。妹が高校に入学した時のこと。高校って、懐かしい響き。

 王子は堂々と他の貴族令嬢といちゃついていて、自分の仕事を放棄してグダグダだったらしい。なんかどっかで聞いたような話だな。

 妹は王子の婚約者ってことで王子やその他の連中がやってない仕事の尻拭いを始めたそうな。ご苦労なこった。

 妹は気丈に振る舞っていたが、どんどん疲弊していった。食事の量も減ってガリガリに痩せてしまった。宮仕えは大変だねぇ。そんな環境を強いられても断れないんだから。社畜……ブラック……う、心臓が痛い!

 そんな状態の妹は国王に茶に誘われ、その時に現状をポロっといってしまったそうな。あ~、自覚症状はないが限界突破してたんじゃね?

 そんなことを家に帰ってきた妹に告白された家族は婚約の破棄を決意。最悪爵位を返上してでも、と侯爵は意気込んでいたそうだ。いい父親じゃねぇかよ。

 その翌日、いつまでたっても妹が帰宅しないのを訝しんだ彼らは使用人を学校に向かわせようとしたところ、王宮からの使者に驚愕の事実を伝えられる。

 令嬢が城の宝物庫に無断で侵入して捕まったと。訳が分からない。

 慌てて侯爵が城へ行ったら、妹は高価な宝に目がない強欲女で、王子を騙して宝物庫の解錠方法を聞き出し、堂々と侵入したという。ガバガバすぎんだろ色々と。

 んで、娘は公開処刑。おいおい。

 無実を訴えても近衛騎士が実際に宝物庫にいた令嬢を捕縛している。言い逃れもできない。

 娘を愛する侯爵は助命嘆願し、爵位は剥奪されることはなかったが、返上することも許されない状態で最下級の男爵位へ下げられ、財務大臣の地位は辞任することになった。さらに領地は没収。私財の九割九部九厘を献上という名の没収。国から支払われる年金は雀の涙程度に減額。さらに兄弟たちも文官や騎士の仕事はクビ。

 トドメに妹は修道院と言う名の監獄、ヨルトランテ修道院に送られることになった。

 うちの諜報員の話によれば、そこはまだスラムや地下牢の方が快適と思えるような場所で、看守たちは随分と豪勢な暮らしをしているが、収監された者は窓のない石造りの牢屋に入れられて放置される。食事も水も与えられず、夏場は熱気で蒸され、冬場は凍えて死ぬしかない場所だ。


「お願いします! どうか、どうか妹を助けてください! 手元に残ったこれでも足りなければ、身売りでもなんでもします! だから、だから……っ!」


 貴族の子息が、床に額を擦り付けて懇願している。

 差し出されたのは拳大の宝石が五つ。研磨され、美しく輝くトパーズ。

 ハンディオをチラリと見れば宝石の輝きに目を奪われている。だめだこりゃ。

 ……んー、とりあえず頭をあげてもらうか。

 正直な話、もう俺の心は決まってるんだよね。王子の尻拭いをし始めたくらいの所から。


「話は分かった。ハンディオ、幹部たちを召集しろ! リュオメンの情報に詳しい奴もだ。あと彼に部屋を用意しろ。丁重にもてなせ。さっさとしろ!」

「は、はい!」


 こうして、俺は侯爵令嬢マリアルイーゼの救出に向かうこととなった。

 事前調査で修道院の連中は【汚熊】という盗賊団と結託しているのが判明。牢屋が死体で満杯で、火をつけて処理した結果、牢屋が使えなくなった。国に報告して処罰されるのを恐れた連中は送られてくる罪人を護送途中に【汚熊】に襲わせていた。

 看守たちは楽ができて、盗賊たちは金も飯も酒も女も楽しめる。

 win-winな関係ってか?

 上等。

 俺を含めて足の速い人員で先行し、まず身を潜めた。

【汚熊】の奴等はこちらに気付くことなく獲物の乗った馬車が来るのを待ち伏せしていた。

 警戒なぞしていないその姿に、思わず呆れる。

 実は汚熊という魔獣が存在している。

 その熊は名の通り全身が汚物にまみれている。団員の生物学者が言うには実は臆病な性格をしていて、他の存在に襲われないように匂いを身に付けているそうな。肉食動物なのに。

 しかも、それでも襲いかかってくるような敵に対しては風魔法で悪臭を圧縮して叩き込む戦法をとる。相手が苦しみ悶えている間に逃亡するのだ。

 ま、なんでそんな名前にしたとかちょっと気になったがすぐにどうでもよくなった。

 令嬢の乗った馬車が来た。と思ったら騎乗して同行していた騎士たちが【汚熊】の下っ端を見た瞬間にクルリと方向転換。御者は慌てて近くにいた騎士の馬にしがみつく。

 あっという間に騎士たちは去っていった。

【汚熊】の連中は悠々と馬車に近付く。


「どうすんの大将? いつ仕掛ける?」

「そうだな、いつでも出られるように連中を包囲しとくか。んで合図を……っ!?」


 その時、俺に電流走る。

 馬車の窓から顔を出した令嬢。清流のようにサラリと流れる金のストレートヘアー。垂れ目がちの目。スッととおった鼻筋。やつれてしまったせいか少々シャープな顎。貴族の令嬢らしく化粧品に事欠かなかったお陰かシミやソバカスとは無縁の綺麗な肌。


「か……可憐だ」

「はぁ?」


 未だ距離は遠くあれど、俺の千里眼スキルは詳細に令嬢の姿を捉えていた。

 そのため、この時周囲にいた仲間たちが「またか」という呆れ顔をしていたのを俺は知らなかった。

 団員たちに包囲を命じ、散開させる。探知魔法とマップのコンボでどのように動いているか手に取るように分かる。

 む、可憐な乙女に一際体のデカイ奴が近寄っていく。おいおい、させねぇよ。

 転移魔法で即座に馬車と【汚熊】の間に割り込む。


「はいそこまでだぜ、盗賊団【汚熊】の皆さん」

「あんだてめぇ?」

「賞金稼ぎ」

「なっ!?」


 実は【汚熊】って賞金首なんだよね。

 ちなみに、俺たちは傭兵団と名乗っているが実際は何でも屋みたいなもんだから、賞金稼ぎでもある、が正しい。


 パチン、と指を弾く。

 包囲網はすでに完成していて、姿を現した団員たちは弓矢や投擲武器を構えて威圧する。

 さすがに、女の子の前で流血沙汰は、ねぇ?


「大人しく捕まればよし。さもなくば、首をもらう」


 なのでさっさと制圧する。



 それからは、マリアルイーゼを拐って拠点で休んでもらった。

 その間に団員たちは王都に行ってもらい、一芝居。具体的には、王都の隅にあるボロ屋に押し込まれたオルソフォス一家を襲撃し、誘拐。屋敷には適当な死体を置いて燃やした。

 これで公的にはオルソフォス家は断絶することになる。あ、これは依頼の一部に組み込まれているから、立派なお仕事です。彼らにはうちで働いてもらう。

 仕事ではなく、単純に俺が気に入らないという理由でだが、修道院は潰した。城の方にはそれとなく報告させたから、後で調査員が来るだろう。

 そんなこんなで元侯爵一家がうちにきた。

 父親は経理を含めて様々な場所で活躍してくれるだろう。現役大物貴族の手腕を大いに発揮してもらう。

 息子たち三人も、新入りとしてそれぞれに仕事を割り振った。うちは実力主義だと伝えたらやたら張り切り出した。

 夫人には貴族社会でのノウハウを諜報員らに教えてもらっている。実は教官役として元貴族は数名いたりする。同じような境遇なのですぐに意気投合したようだ。

 そしてマリアルイーゼだが、いつの間にか俺の世話役みたいな感じになっていた。


「ま、かわいいは正義だからいいけど」

「ならばいい加減睨むのをやめて下さい」


 そう言って茶をのむのは副長にして文官筆頭のフォートレス。某国で政争に負けて逃げていた所を俺が助けたことでつるむようになった男だ。


「おまえがいつものように俺が助けた女の子を世話役につけてくっ付けようと画策しているのは分かる。ただ、それがすぐに無駄に終わるんだからいい加減やめねぇ? あとなんで来た」


 大体のパターンとして、俺は理不尽な状況にいる人間には手を差し伸べる。

 俺がエルトリートになった理由はまったくもって分からないが、自分じゃどうしようもない状況に追い込まれた俺は助けを求めた。あの時の絶望感は言葉で説明するのが難しい。

 運がいいと言えるのか、俺はステータスなんておかしな力に出会えたから生き延びることができた。でも、他の人間は?

 一人の強者が千の弱者を虐げる。それがそこかしこで見られるこの世界で、俺は強者に入るだろう。ただ、あの絶望を思い出すと、どうしても理不尽な状況にいる者たちには甘くなってしまう。

 あ、自業自得って分かったら掌返しするけどな。

 んで、こいつは俺に結婚を急かす。どうもこの世界じゃ成人が早く、結婚も早い。大体の人間が成人イコール結婚らしい。なにそれうらやま。

 そして、高確率で女を助ける俺に、こいつは自分の権限を使って世話役に任命する。ようは早く手を出せ、と。

 まぁ俺も男ですから? こういう時、ピンチを救う、からのキャーステキーダイテーを妄想しました。

 が。

 そんなことは一切無かったわ。現実は非情である。つーかそんな方式が成り立つなら前世の警官とか救急隊員とかモテモテすぎるだろう絶対に将来なりたい職業トップだわ。

 皆、相手を見つけて結婚して、幸せな家庭を築いているよ。

 あ? 俺はどう反応したかって?


 ネ兄ってやったよ。盛大にな!


「何を仰る。団員たちが続々と家庭を築いているのに、肝心要のトップが独り身では少々体裁が悪いのだと何度もいっていますよね? それに団長は普段ズボラで我が儘が酷いくせにどうして女性相手にはヘタレるんです? あといい加減会議を始めたいんで迎えに来たんです」


 ヘタレで悪かったな。

 ケッ、結婚前はこいつだってそう変わりゃしなかったのに。

 こいつの妻は妹である。フォートレスの、妹である。義理ではない。血の繋がった、同腹の実妹である。純血を誇る貴族には近親婚が多く、こいつらもその家系らしい。

 クソ、持てるものの余裕か。お前なぞ将来禿げてしまえ。そんでもって孫娘に「じーじ、ないないきれいねー」とか言われつつ頭ナデナデされればいいんだ。


「お待たせしました」


 駄弁っていた俺たちに、マリアルイーゼがお盆を手に現れた。朝はしっかり食べろとのお達しで、せめてスープだけでも飲むためにこうして待っていた次第である。

 俺の前に置かれたのは、茶碗に注がれたお味噌汁である。

 転移魔法を覚えてから東方へ遊びにいったらアジア風の文明圏があってそこで売られていたのだ。味噌を始めとした各種調味料が。即刻買い占めたね。

 ただ、俺一人では味噌汁すら満足に作れない事が判明。味噌を溶かしただけのお湯になった。解せぬ。

 それを聞いたマリアルイーゼがメモった紙に書かれた品物を即刻ゲットし、こうして作ってもらったのだ。


「どうぞ」

「おお~いい匂いだ」

「…………」


 人間、もう手に入らないという状況になるとどうしてもそれが欲しくなるもので、前世じゃありふれていた物が今はない。粗方我慢できたが、再現できると分かってしまったらもうダメだ。

 色々と試行錯誤した過去も、今日、報われる。

 一口、啜る。


「……はぁ」


 旨い。

 細かいことなどどうでもいい。

 ただ、夢にまで見た、味噌汁。

 俺は、満足だ。

 だからだろうか。


「御馳走様でした」

「お粗末様でした」

「マリアルイーゼ」

「なんでしょう?」

「俺に、毎日味噌汁を作ってくれ」

「!? え、あ、その……」


 こんな古くさいプロポーズ紛いの台詞が出てしまった。

 いや、本当は言葉通りの意味なんだが、マリアルイーゼはそちらの意味で受け取ったらしく、吃驚して、俯いて、何かモジモジし出した。可愛い。

 味噌自体を嫌悪し、味噌汁をのむ俺を微妙な顔で見ていたフォートレスは言葉の意味は理解していなかったが、マリアルイーゼの反応に驚いて、何か思い至ったのか、ニコリと笑った。こっちみんな。


 ちょっと待て。

 マリアルイーゼってこの言葉の意味分かってんの!? ってか待て俺。そもそも味噌汁の作り方って貴族がしっているもんじゃないだろう!? 味噌汁飲めるからって浮かれすぎぃっ! 普通もっと早く気付くもんじゃねぇのかよ!? 馬鹿じゃねぇの!?

 マリアルイーゼも俺と同じ前世の記憶をもっているんだ!

 じゃなきゃこんなスムーズに会話が成り立たないっての!


 モジモジするマリアルイーゼ。

 笑って頷くフォートレス。

 そして、自分の馬鹿さ加減に額に手を当てる、俺。


「こんなこと、あるんだなぁ」


 思わずボヤき、一先ずフォートレスにデコピンした。

登場人物。

エルトリート。

前世を思い出したと同時にステータスでチートを手にいれた少年。結構好き勝手している。

これでも人望はある。おばか。

人類最強にして最凶。


マリアルイーゼ。

ゴタゴタの末罪人となった元侯爵令嬢。

女子力高し。


元侯爵一家。

娘が罪人となったからと酷い扱いをされたため、国と決別。

傭兵団に依頼することを決めたのはパパ。監視の目を誤魔化すために兄二人が囮となって三男を送り出す。

傭兵団の拠点にて新生活を送る。


部下たち。

ハンディオ。

野心に溢れていたがポキポキされた。人格が別人になってしまった。

フォートレス。

元有能貴族でガチシスラブ野郎。傭兵団副長。


【魔導王】

魔法キチジジイ。狂人。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] リーダーを勤めている→リーダーを務めている
[一言] 王子サイドが読みたい。
[一言] さあ、次は王国の存在その物を滅菌だ!(ハイになり過ぎ
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