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Singalio Rou' Sel' fier-Autrue ch Rutuc  作者: 篠崎彩人
第一週「貴方の天国」

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7/30

第一日曜「新雪」

 月は、そして笑顔になると、私の耳元にて(以前の日常世界での)普段聞き慣れなくこそばゆい原始的な言葉を数珠の様に繋いでそれ以外いかなる言語種も発想できない程に私の自我意識を疲弊させ小動物の様に扱い易く丸め込みそれを我が物とした後にまた先の意味を成さなかった数種の言葉のメビウスの環を熱した液化金属を流し込むかの様に耳にインプットして、「ああ俺は愛されているなこの母の姿をした愛の化身に」という一字一句として切り離す事の出来ない恐ろしく不愉快な喜劇調の抑揚を持ったそのフレーズをアウトプットさせる。出力先はどうしても口でなくてはいけないので「ああおれはあいされているなこのははのすがたをしたあいのけしんに」という音節の区切りの最初から最後まで見出せない複雑な鳴き声を発する私の口は終始動きつつ開き放しでまるで絶えず食への欲求が尽きる事無くその理由はその求める物を求める動作が求める物を消費し尽くしてまで求める所為である所の鳥の雛のそれの動きに通じる物が合った。さながら私は愛への欲求不満で悶死寸前の極度の自己防衛本能を備えた子供の様で在った。それと言うのも私は自らでは如何する事の出来ない怪我、骨折をしてしまったのであり、それを治癒しようと考えた場合選択肢と言えば目の前に御する女神に哀願するより他どうしようもないのだ。

 「ああおれはあいされている!なこのははのすがたをしたあいの!けしんに」催促の為重要と思われる単語「あい」(もはやその意味が何であるかはこの際問題ではない。この愛くるしい赤ちゃん言葉で二回出てくる言葉に目を付けただけだ)を強調しようとしてその箇所の音を強くしようと努力してみたが上手く行かずにずれてしまった。ただ後者の方はより近かった為三回目ともなれば成功してくれるのではと安直な期待をしそしてもう一度鳴こう(既に無意識に繰返し鳴いているので次回を待っている)とした時胸を思い切り食い破られた様な爆音の様な痛みが走った。何かが口に込み上げて来て声帯の機能が奪われてしまい、辛うじてでも人間的な発声による訴えがとうとう動物のそれ以下の耳触りの悪い不規則で無目的な嗽に変り果ててしまった。母は上にいるので下を向いて何色か知れぬ嗽薬を吐き出すわけにも行かず、私は亀の雌が産卵時に流す様な感情を伴わない排泄物としての涙を流した。本来の呼び声を出す事が出来なくなった状況を悲しんでいる風を装う為の信号としての涙だ。赤子が持つ生存の為の常套手段であり、最大唯一の武器は、鳴くか、泣くか、そのどちらかなのだ。

 そんな汚らわしいまでの自己愛に基づく利己的反応行動も、母の愛の篭った目の暖かな温度の揺るぎ無く真っ直ぐな視線に捉えられれば意味合いの在る存在価値の存在する必然行動として受け入れられて来るから不気味だ。いや、彼女が受け入れてくれている事をあたかも自分の思考として受け入れているだけで、実際自分の中ではこの媚びを売る事の味を知っている卑屈な幼稚さへの嘔吐感のような拒絶反応を全身で抱え込んでいるに違いないが今口がする事は嘔吐でなく求愛の信号言語の羅列であるので自分の内面に勃発している状況への激怒など外面へ出る時に例えば喜びの情であるとか恍惚の表情であるとかに変換して適当に発散させてしまえばそれまでだ。今の私の情の表現筋肉の集合体、顔の覚えている感情表現には彼女を微塵でも不快にさせるヴァリエーションが有ってはならなかった。

 先ほどの胸の痛みは、なるほど感情の迸りがもたらした自己矛盾に対する危険信号だったのかも知れぬ、等と少女じみた感傷的な事を思っていると月の笑顔がようやく動き始めた。つまり月は今、それを瞳と見た場合で俯き加減のカーブを描いた細目、口と見た場合で端を吊り上げたバナナボート形状の引きつった状態、つまり笑顔の口の部分つまり月として見た場合の三日月型なのだがそれが徐々に、肉眼でも脳の視覚情報処理速度でもわかる程度で閉じようとしていた。常時の形状を丁度中心点を通る一線で真っ二つにした弛緩したUの字になろうとしている、と言う訳だ。その未成熟な乳房の輪郭が形作られていくのを呆けた様に口を痙攣の様に不規則な規則に沿って嗽させながら私はその後に来るであろう滑りの有る包み込む羊水の衝撃に備えた。

 来た、月から白い雫がぽとぽと目に見える水音を立てながら落ち始めた。その三滴目を眺めそれが前の二つの残像の軌跡を丁寧になぞって行くのを目で確認している時に私は突風の様な紫電の一閃の様な訳の分らない物理常識を全く無視した様な勢いの有る空気の弾幕に体をボロボロに吹き飛ばされた。丁度原子力爆弾で消滅するとこう言う風な、ガラス細工が地面に落ちて粉々にばらける様な肉体の各部の非接続感を味わう事になるのだろう。ただ月の爆弾の場合それは再生の意志を撒き散らす破壊であり私は肉体を細胞レベルで分解される事を寧ろ有り難き幸福として是としていた。それは射精のオルガスムスの快感を伴った、血の光の幻想の中で、母の胎内で心地良く聴いていた筈の心臓音のララバイを懐かしく思い出している様な耐え切れず切ない郷愁を呼び、私は十ヶ月前の自分の生まれ故郷へと帰れる事をとても嬉しく思った。300日前。私が最初にこの地に足を踏み入れた時の事を、私は昨日の事の様に覚えている。何故なら、それが私の肉体、精神が形作られたその瞬間の記憶だから。

 私は粉々の天使の羽根の欠片となり、上空の母を目指して天高く舞い上がって行く。母の再会の歓びを歌う様な羊水の旋律の中、私はまた何時の日か、この地に真新しい雪の様に降り注いで、そんな真新しい雪であった事を忘れ、持っていた筈の翼を無くし、母の罰として肉体が壊れるまで走り続けさせられる日の事を思い、激しい怒りを抱いたまま、一人眠りに就いた。

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