第五曜「目覚めの朝」
目が陥没しそうに痛い。胃に思い切り鋼鉄の雄牛の頭突きを食らった様な重たい物が有る。両の足は鎖で繋がれ、立ち上がったとしてもまともに歩けるような状態ではないだろう。それでも私は立ち上がる。そして転ぶ。手が無いので受身が取れず、ごしゃっと嫌な音を立てて私の頭の皮膚の一部分が崩れる。私は声にならない悲鳴を上げ、そして自分のうめき声が歯の間を抉じ開けながら出て行こうとするのを感じる。口外に、それこそ救いの手が差し伸べられていて、誰も触れないはずの自分に触ってもらえると言う確信があるかのように。私は俄かにそれを信じたくなる。そして口を開け先程は出なかった悲鳴をもう一度出そうとする。歯と歯がお互いを潰し合う様に引っ付いていて口が開かない。それでもそこに舌を捻じ込む位の隙間を作り出すと、声を…いや間違えて舌を出してしまった。思った通り、歯と歯は今度はその両者の間に壊すべき肉の壁を設けた。
その壁が破壊されるより前に、私はどうしても目を開けて手荒い朝の準備体操を強要する母親に許しを嘆願する哀れで卑屈な子供の目線を繕わなくてはならない。顎を地面に不時着する飛行機の様に目一杯擦り付けながら、なんとか視界が彼女の姿を捉える位置まで崩れた石像の一部になった顔を持ち上げようとする。顎が涎で塗れる。どうやら破壊されるまでの時間が迫って来ているらしい。耳が爆発しそうなほどに理性を失った血管が血酒をがぶ飲みしている。鼻息が白濁した光線に当てられている小石を弄んでいるのが目に入る。もう少しだ。もう少し顔を上げれば、目覚められる…。
視界に御母の全裸の姿を捉えた。途端私の体は石で創られている事を止め軟体動物のような柔らかさを得る。どうやら肋骨が二、三本折れたのか、胸の辺りが剣山で突き刺された後の様に熱い。私は母の愛をかみ締めながら、先日の消化し残した物と思しき繊維質の嘔吐を立ち上がりながら垂れ流した。血の色かもしれないが、昨日の花の花弁は赤だったらしかった。




