表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Singalio Rou' Sel' fier-Autrue ch Rutuc  作者: 篠崎彩人
第一週「貴方の天国」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/30

第四曜「堕天使の夢」

 私にはちょっとした、今に有っては心紛らす程度の物でしかないにせよ、ひょっとしたら、もしかしたら大きく実を結んでくれるのではないか、私を天へと導いてくれるのではないか、という希望、というか夢が有った。今日の収穫物の若干食感のざらついた芯の有る太目の植物の茎と花粉の強い甘さと辛さの程好い花の花弁を頬張りながら、私は今日も例によってその夢のもたらす空想にふけっている。

 それについて語る前に、如何にしてこの哀れに不自由な肉体の男が恵みの緑を頂くに到ったかは、想像してもらう範囲で十分なのだろうが、少しこの異常世界の生態系について自分が分っている部分での事は触れておこうかと思う。まず、ここまで野性的原始的肉体行動を、それも熱量消費量の莫大な走行を長時間続ける事を迫られている私が何故、より適切で効率の良い「肉」を求めず「草」で我慢できるのか。それは勿論我慢しているからなのだが、その我慢と言うのには酷く根源的な出所が有る。「肉」は、存在しないからだ、自分の体を除いては。これは経験論でありこの世界の真実ではないのかも知れないが(そうであって欲しい)、本日に到るこの生活が始まってからの300日間前後の間、私は一度として動物と言う生を目にする事はなかった。当然、目にすると言っても目はこの世界ではその有用性を大きく狭められている為、これは私が自分の五感、肉体、頭脳を総動員して導いた遣る瀬無い結論だ。山での夜に一度、まるで獣の様に雄叫びを上げてみた。返答は実に良く獣然とした立派な物だったが、だからと言ってそれは空しさ以外の何物も私にもたらしはしなかった。

 この世界は暗黒であり、それならばその動物とやらが存在してみたところで捕えるは疎か、視覚以外の感覚と筋力とに優れる獣相手では、人間の知性を生かしにくい分逆にやられてしまう事のほうが多いだろう(そしてその回数は一回限り)。かと言って、私はそれでも「肉」を求めたろう。その肉を探し回り、疲労困憊する頭脳と肉体を駆使してなんとかその肉を手に入れたとしても、果たして翌日の壮絶な生存への逃走を果たし遂げる事が出来るだろうか。答えは否であろう。かと言って、私はそれでも「肉」を求めたはずだ。この世界は巧妙に、私を生かし続け殺さないようにし続ける様に仕組まれているのだろう。月の私に対する丁重で愛情表現豊かな対応を思うと、そんな被害妄想的な発想もすんなり受け止められて来るから嫌になる。

 その代わり、二足で朝夕、何物も省みずただただ真っ向に位置する光の環を潜らんとして大地を駆け、四足で夜、草木を求め光無き地面を這い回る夜行性なのか昼行性なのかいまいちハッキリしない動物の事は良く知っている。私だ。そしてその私は今日も、闇夜の中手の触感を頼りに、これらの植物の恩恵を獲得した、と言う訳だ。

 夜の私という物の姿がそれこそ動物そのものであったとしてもそれは良い。人は基本的に夜は動物である、と言う事が言いたいのではなくて、これが先程の私の希望とも空想ともつかない思念に関連してくる。朝昼の私、手無く無い手の位置に翼を求めその翼で今にも月の裏側を目指し地を拠り所とする足により飛翔を得んとするかのような自分、押し付けられている物とは言え常に敗北と言う名の死に背中を追われている、目の前に有る生と言う光を狂わんばかりに追い求める自分、その先に有る光の環、それはつまり、私は飛ぶ者になろうとしている、それも飛ぶ者の中でも一際輝いた存在、《天使》を目指しているのではないか、と。闇の朝は、私という存在が時が来たりて光の衣を身に纏う時、その光を受けんとするが為に闇の中に沈んでいるのではないか、と。そしてこの世界、この行動、この狂気の全ては、いずれ来るはずのその時の為に存在しているのではないか、そんな自分には不釣合いな、曖昧とした、それでも捨てる事の出来ない暖かな幻想。これを胸にずっと抱いてきたからこそ、今日までの300日を、それ程精神に支障を来すでもなく走り続けて来れたのだと思う。私はこの環境に有って余計な社会のしがらみから開放された今、心の有り様の少年時の物が少々帰って来てしまった様だった。

 ただ、この空想の暗部は、ならば私は死んでいるのか、と言う部分なのだが、これはもはや然程気になる要素でもなかった。死ぬという状況がこの様な生存時の続きの様な状態なら誰彼も死を必要以上に考察する事もないであろう。尤も、この世界に属したてでは自分の「生きている」意識が無ければ考えられない「自分は死んでいる」と言う感覚の存在に気付くより先に、本能的にその矛盾を肯定し矛盾を追究する気も起こらなくなるだろう、私がそうであった様に。

 徐々に睡魔の沈殿に私の精神は巻き込まれて行く。逆に私の空想は飛躍の中に留まっている。天使になって後、私はどこに行くのか。天使になる私は、生きている、と感じる事が出来るのか。それ以前に何故、私は天使になろうというのか。何故、一体、天使とは、何なのだろう…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ