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Singalio Rou' Sel' fier-Autrue ch Rutuc  作者: 篠崎彩人
Last Week「破壊の記憶・後編」

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The Forth Day「破壊の記憶・青年編~貴方の天国・序章~」

 もう涙と言う涙を出し尽くして、凝り固まったような口元の引き攣りを湛えながら、私は座席の背凭れに体を死体のように預けて、何処を見るとも無く、只、顔面の真向いに位置する風景を眺めていた。濁って乾いて汚泥の張り付いた視界を、同じく人に汚されて煤けている味気無い雲が左右に引き裂かれながら無目的に流れていく。当然だ、私の搭乗するこの船の航跡自体、何の目的も無い。友と永劫の別れを果した後、そこに憐れな人生の落伍者を回収する為とでも言いたげに機械的な作業音を轟かせながら気怠げに開いた口に吸い込まれる様にして、人の道を踏み外した者が次に歩むべき路を指し示しているのだと言う不条理な条理に裏付けられて、入っていった新たな鉄の檻、それがたまたま友の用意してくれた逃避口だったと言うだけだ。そこに私の行動意欲、生への意志は存在しない。有るのは友の不器用で滑稽な程まっすぐな信頼、そして託された未来への希望だけだ。未来への希望、その姿は全く想像がつかない、もう存在を止めてしまうと言う人類、少なくとも人の形を棄てている彼らの住まう世界、そんな所に一体どんな希望が存在すると言うのだろう。そして、そんな世界を願った王は、何を思い、何に狂っていたのだろう。

 超越年数表示計の数値が億単位に入る。辺りを覆う切り裂かれた雲の断片達が段々と粘着性を帯びた物になって来ている。前窓にぶつかる雲に質量が感じられるようになって来た。その衝突感覚は車で人を全くの躊躇無しに吹き飛ばす時の感触に似ていた。その連想を抱いた途端この雲達がいちいち切れ端である事への回答がおぼろげながら吐き気と共に浮かんできた。これは、かつての人類の姿なのかもしれない。そう思った刹那、悲鳴が聞こえた。何処から聞こえて居ているのだろうと思って辺りを見回すと硝子窓に見慣れぬ醜い男の顔が映っていた。不愉快に思ったので視点を正面に移すとまだその男の顔が有る、耐えられなくなった私は下を向く、下を向いた拍子に今まで込み上げていた物を一気に吐瀉した。全ての狂気と全ての異物感、現実否定自己否定を吐き棄てた私の耳に、もうその痛々しい人の悲鳴は聞こえなくなっていた。

 粘着質の雲の領域を越えると、今度は永遠に照らされない事を運命付けられている様な気の遠くなる暗黒世界に出た。闇に目が慣れる余地が有るような生易しい物では無かった、今唯一正確な物の象徴として光源として存在しているのは飛び越えた時間を表す表示計の数字だけだ、十億単位になっている、十億年後のこの星は、光さえ奪われて自分の殻に閉じこもっているとでも言うのか。まるで、星自体が生きているような錯覚さえ覚えた、でなければこんな異常な物理が存在し得るだろうか、自分という個体が星の肉体に封じ込められて世界の何も感知できない範囲で活動を強いられる、寄生虫の様な状態を思わせるこの環境が他に如何したら有り得ようか。何処か、人に何も判断させずにただただ生き続けさせようとする間違った優しさを感じた。自分の母胎から胎児を永遠に手放さないで置こうとする、歪んだ愛を。

 サマー、お前は私に何を残してくれたのだ?彼の言葉を思い出す、檻の中から手を伸ばすのではなく、その檻の鍵を神を殺して奪ってでも、人々は抱き合う事を望む、そういう世界ではないぞ、これは。これはむしろ、手を伸ばして他人に触れられてしまうその檻の微かな隙間でさえ拒んでそれを埋め、単なる壁にしてしまった、そんな全てが閉じ、全てが終っている世界だ、ここから何が始まると言うのだ、教えてくれ。

 …それでも、神はまだ、その世界では生きているんだよ。ケイス、太陽を目指せ。俺らが子供の頃、どっちが最初に太陽の欠片を手に入れられるかって競争しただろう?俺には無理だったから、ケイス、お前がそれを持ってきて、それで俺に見せてくれよ。飛び切り大きな奴じゃなくたっていいから、夜に手のひらの中でじっと暖めてやっと光り出すような、ちっぽけな、天使の髪の毛の一本みたいなのでもいいからさ…

 …分かったよ、サマー。こんな所がお前の天国だなんて認めない。ここはせいぜい、貴方の天国だ、人類の守り方を間違えてしまっている、神様、貴方の。俺達の天国は、今も何処か、太陽の下で燦々と輝いている。その天国は、間違った事を嫌らしい程はっきりと見せ付けて来るし、物事を平気で腐り切ったまま放置してしまう様な場所だけれど、それは俺達が頑張って頑張って綺麗にすればいいだけの事だ。どんなにこの身が砕けようとも、どんなにこの心が朽ちようとも、俺は、絶対に、太陽をもう一度手に入れてみせる。こんな世界の、朧げな、白い偽りの死んだ月では無く!

 二十三億六千四百七十二万三千三百四十五年と二十三時間二十二分、友を殺してこれだけの時間が過ぎたこの星で、私は、自らの死を確信しながら、怒りの奴隷を始める事になった。

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