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Singalio Rou' Sel' fier-Autrue ch Rutuc  作者: 篠崎彩人
Last Week「破壊の記憶・後編」

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22/30

The First Day「The Wind and I」

 私は何処へ行くのだろう。この暗く開けた深海の様な宵に佇む星と星の狭間に、私の往くべき未だ見ぬ世界は、夜を孤独を絶望への秘められた回答を、抱えながらがちがちと光届かない深遠の冷酷を一人味わっているのだろうか、この私がそうである様に。

 超高度の乾いた凍て付く空気が、私が今ここに存在する為の微々たる絶対空間を護る硝子窓を一心不乱に引き千切らんと私のすぐ側で私の全周囲で狂気の運動能力を行使している。この見えざる空気粒子の悪魔達は、私を血塗られた業の流れる運河へと導く水先案内人か、それとも只私の体と魂を引き換えに終わる事の無い黒い祝福を齎そうかと言う天使外道であろうか。何れにせよ、無情に世界から隔離されて縮こまってしまった弱者に群がる者の表情は分かる、ただ一種類に限定されるその強者としての一時幻想に身を心を浸してしまう切ないまでの卑屈さの発露が顔の表情筋を支配した場合に外部顕現する相とは、どう足掻こうと笑顔に他ならない。そしてそう言った相手への一方的な快楽を示す顔貌に私は答える必要も意味も持ち合わせては居なかった。

 切り裂かれた白い衣服の様な雲形が、私の左右を痛々しげに流れ去ってゆく。私は、ふとそれの一片の切れ端でもいいから、この手で掴んでおきたい、という不思議な衝動に囚われた。それは私の記憶の片隅で眠る、娘と、妻とで何時だったか、笑い合いながら駆け回った夏の日の海辺での一つの些細な出来事を連想させてしまったらしい。

 娘の帽子が飛んだ。それは風の強い日で有ったし、私も日頃の疲れを忘れる積りで思い切りその日常の憩いの絵の中に自分の社会的な枠組みから外れたところに存在するもう一つの、存在しえたかもしれない人生、少年が少年の時の気持ちで少年の時だからこそ存在すると信じ切っていた純粋で綺麗な生き方の中に登場する彼、自分がその人物に重なりたいと言う願いの肉欲から解き放たれた所に有る真っ白で自由な、鳥の翼そのものであるかの様な彼への憧れを、その憧れた光の色合いに最も共鳴する、自分の最愛の人と居る時間、空間、そして感情に投影し切っていたので、一時「風は帽子を飛ばす」等と言うどうでもいい世界物理の絶対真理を自分の中の黒く醜い汚物処理の精神の隔離区域に押し遣ってしまっていたのだろう。娘と、妻と、そして自分の何も見ていない、この現実に引き戻される前に居た幸せの中に有る光景しか視覚する事の出来ない瞳の目の前で、それは、娘の極自然な体の一部だったそれは、娘の小さな頭を可愛く彩り、包む込む様に護る役目を突如放棄して、自分の本来は風に舞う翼であり、その翼の持ち主を探しに行かなくてはならない、とでも言いたげに、娘の人の世の空気に汚される事を知らない高原を踊る青い草花を想わせる清潔な髪を剥れ虚ろな目的を持った飛行経路を辿りながら、夏の白い日差しの真ん中を飛んで行った。

 そして、私は、その帽子を捕まえる事が出来なかった。多分、その帽子に見た哀れな夢への不器用な飛翔が、自分の冷え切って硬くなった淡い想い出の中に凍り付けた自分の汚れずに居られなかった弱さを、線香花火くらいに儚い熱と短い命で、少しだけ、少しずつ、ちりちり、ちりちりと痛みを伴いながら溶かしていたせいだった。

 帽子は、あの日、目的地を見る事が叶わないまま、自分達の呆然と立つ海辺の現実と遥か向こうに描かれた空の果てる事の無い一の字の先に有る理想の真ん中で静かに息絶えた。

 あの日の帽子を捕まえていたら、自分は、こんな間違った道を歩む事は無かったのかもしれない、そんな風に思ってしまったのだろう、私は外の暴虐の世界へと伸ばしていた手を握り締める。こんな手で今更、何を掴もうというのだ。友さえも殺めてしまった、血塗られた手で。

 娘が笑ってくれていた日は遠い。私はきっと、彼女の笑顔を失ってから、少しずつ、少しずつ何かが確実に狂ってしまったのだろう。この時間を飛び越える船が、あの日の彼女の笑顔に辿り付いてくれるといいな、そんな風に思って、私はこの日初めて笑った。そして、笑いながら、子供の様に泣いた。

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