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Singalio Rou' Sel' fier-Autrue ch Rutuc  作者: 篠崎彩人
第二週「人を見た天使」

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14/30

第二日曜「霧雨」

 ああ分かった。ワタシにはもう全てが分かった。ワタシはワタシが自分をボクと呼称していた時の心象、抽象的な概念映像の数々がワタシの脳裏の一番奥深くの黒く柔らかく誰も触れたことの無いワタシ自身でさえ触れていた事の無い存在していた事すら知らなかった其処、つまり、ボクと自分を認識していた人物にワタシと識別を改めさせるに足る新鮮な情の睡眠領域に降り注ぎ続け熱を与え続け温め続け孤独にさせまいとし続けたのは、ワタシにワタシが「天使」であるという認識を止めさせない為、つまり、自分を人である等と思わせない為、其処に性別を存在させない為、ワタシをボクで在り続けさせる為だった。止めど無いボク=天使=ボク=天使=の図式は今、ボク=天使≠ワタシ、ボク=天使≠ワタシに変わった、ワタシという異物が混入した事で今まで隠れていた影の因子がその姿を顕わし始めたのだ、その因子とは詰りこの図式の隙間に入る只一つの言葉、ボク=天使≠人=ワタシ、の人、である。そう、ワタシは人なのだ。そしてそれを分からせてくれたのは、不格好な一つの骨だった。

 ワタシが人である、と仮定した所で(この時点では骨の言葉は無く、まだ断定の段階ではなかった)その性別がどちらなのか。簡潔に言ってその答えは、女性的無性、だ。ワタシは翼と共に在った時、人ではない天使であった。翼とはワタシに男性としての仮初の自己を認識させ続けた生への衝動、性の衝動である、がしかしその外付けのペニスはワタシの一部では無くワタシがこの何も無く気が狂いそうな環境下にあって好き好んで取り入れた異物であり積極的に交流した他者であったのでそれを取り払った本体の性的属性では無い、また男性である翼はワタシが天使であると囁き続けた、自分を母親になり彼らの視点からすると何処かへと遠くなって行ってしまう女性だとは言わなかった、そう、ワタシは彼らの願望、理想の産物として仕立て上げられた精巧な永遠少女像だ、母親を恐怖する父親として不完全な男性達の崇高なる金剛石の美貌の妖精だったのだ、自分で自分を認識できない悪夢は詰り、ワタシにワタシを認識させようとしない彼らの妄想世界の産物だったのだ。そして今、母親の絶対的存在に打ち震える彼らは自分の事ばかりでワタシに愛の言葉を囁き掛ける余裕無く、今回のワタシの自己認識に関する実態の発露へと事至った訳だ。

 では、先程母親に同化しに行った彼等はどうして理想の不朽花であるワタシを捨てて老いた腐りかけの果実を貪りに行ったのか。理由は単純だ、彼等はリアルな精液を包含して尚笑顔でいてくれる母親の優しさに溺愛したのだ、精液の事を何も知ってくれないワタシを見限り自分を全て受け入れてくれようとする彼女の胸元に自分の居場所を発見したのだ、其処を死に場所で良いと、産れ出るその場所で死ぬ事が出来るのならば本望だと、自分の幸福な終わりの再度構築を試みそして失敗する事を成功だとしてそのまま朽ちていってしまったのだ、母親も彼らの精液の事など知らない、ただ単に自分から発生した万物は全て自分の分身であり所有物であるという認識の下に男性という性の在処を奪っているだけだ、だから自身その物が精液なのだ、生産過程の中において母であるという事、卵子を持つ受け側である事を止めない母、しかし自分から発生した精子をいくら孕んだ所でそこには発展性は有り得ない、どんどんどんどん加速度的に卵子を腐らせ精子を腐らせ絶対量が多い精子の白夜に変貌するより他無かったのだろう。

 そしてワタシ、ワタシは精液の受け手にはなれない、何故なら彼等男性の想像の範疇から作り出された偽の生体であり彼等から与えられた情緒生育の環境で真に女性的な精神性など得られよう筈も無い、そう、私は総合的に見て女性の哀しいイミテーションだ、男性でもないし女性でもない、そして男性か女性でなくては人ではない、つまりワタシは人ではない、だとしたら何だろう、そう考えた所でまた新たに降ってきた認識が先程述べた歪な骨の一言だった、それでも貴方は人です、と。

 それは折れた骨のもたらした戯言として片付けても良い物なのかもしれないが、ワタシという究極の愛玩対象を維持する代償にワタシに自己認識の安定感と自己存続の生命感とを齎してくれる健全で不健全な翼の骨達の様にワタシにとって交渉の余地、魅力、価値の在る男性ではない筈のそれ、それどころかワタシに附着する事で負の感情や障害を与える事のほうが遥かに多いであろうそれには、何か他の立派で真っ直ぐに見える骨達には無い特性を感じた、立派でもないし真っ直ぐにも見えないという事は、それが人間的である、という事にも考えられるのではないか、と。

 ワタシはその骨に質問を投げ返した、ワタシは男性である貴方がた骨に天使であるという風に言われ続けて来ましたが、貴方はワタシが人であると言った、それはどういう事なのですか?その骨は答えた、人であると言う事は、自分が人であるか否かということを考えたその瞬間に成立しています、そういう事を考え始めた瞬間に、貴方はもう天使であることを止め人としての一歩を踏み出しているのです、貴方はもう私の仲間の骨の翼が無くては飛べないような脆弱な存在ではない、その自主思考の力こそが貴方の今後にとっての何よりの希望なのです、それが本当の意味での翼なのです、貴方は今こそ自由であり、人であり、本当の天使にもなれたのです…。

 ワタシは更に質問した、貴方こそ、天使の様な存在に思えますが、これは否定的な意味で言っている訳では無くそう思うのですが、貴方自身は貴方の事をどう思いますか?これは私見ですが、ワタシにとって貴方は今まで出会った骨の翼達の中で一番人間の様であり、また天使の様だとも思いました、その骨は答えた、私は…私は、貴方無しでは生きられない側の存在であり、まさに先程の否定的な天使的存在だといってしまって良いでしょう、私は白夜の母を否定ししかし否定し切れずに結局敗北し懇願し命を救われ骨の翼になった者で、それがこの折れ曲がった貧弱な惨めな姿として痕に残ってしまっているのですが、それでもその他の真っ直ぐで素直で可愛い愚かな骨より人間的であるという自負はあります、私はこの世界を抜け出したいと感じています、貴方の翼となり、貴方と共に。

 そうですか…私はしばらく考えた。先程、一度この白夜を否定しようとした、と言いましたね、それはどうゆう事ですか?その骨は答えた、貴方はきっと、この世界の寵愛の君で在られるから御存じない事と思いますが、この世界は産みの苦しみの無い世界です、何処かで産みの苦しみが発生していなくては彼女の不条理感が募るばかりなんです、それで毎日、毎日なんて表現は可笑しいかと思いますけれどね、何千かの彼女に溶け込んだ骨達が彼女が感じるべき痛みを代替させられるんです、大抵は死にます、男に妊娠の痛みは耐えられる物では在りませんから、私は300日目まで生存しました、つまり人間の妊娠の進行予定の日数換算で出産を迎える前後の日数ですね、そこで私は母に胸を折られ結局この世界からの開放は許されずにこちらに戻ってきました、多分もう一度チャンスが有ったとしても生きてはこちらの世界に戻っては来れないでしょう、この体ですから、そこまで言って彼は苦笑してそして口を噤んでしまった。

 …天使と、翼と、そして母で成立するこの世界、と、痛みと、翼をもがれた天使と、そしてやはり母で成立する世界がある、この骨の言わんとしている事は大概を言えばそういう事だ。つまり母がいない世界と言う物が無いのだ。誰かがこの絶対的に存在している母を超えて母に成ろうとし、そしてその新たな母に成ろうとする者を支える父がいる世界、そんな世界があっても良いはずだ。そう考えそしてそれを口にしようとしてちょっと躊躇った。その言葉は何かのきっかけとなる言葉だった。やっと見つけたワタシがまたワタシじゃなくなってしまう様な、そんな気がしたのだろうか。そもそもワタシをワタシと分からせてくれたのはこの折れた骨の一言だった、だからこの骨が常にワタシの翼で在り続けてくれればワタシはワタシでいられる気がする、だが、折れた翼の天使は、飛べない。つまり、天使ではいられない、天使ではない、苦痛を伴った何らかにならなくてはならない。だがワタシはもう天使ではない、人だ、少なくとも人だと言われた、たとえ結果的にそうなる事が出来なくても、ワタシにはそれを目指して飛んで行こうと言う自由が許されていても良いのではないか。飛ぶ、この折れた翼で、本当に自由な空を。それがこれからのワタシがワタシで在り続けると言う事だ、きっと。ワタシがまたワタシでは無くなってしまうのは、この折れた骨を失ったそのときなのだろう。そう言う事を先程考えた言葉に含めて言おうとした刹那、それが始まった。

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