第六曜「破壊の記憶・前後編」
私は、王への研究報告書提出直後の半分笑って半分泣いていてどこにも普段らしい穏やかさの無い疲れた頭を抱えながら、どうゆう動機か私の古くからの研究仲間でありなにより人生の友である男が研究顧問を務める「時間超越航行用船舶」研究部門の研究室兼開発工場を訪れていた。どうにも成るわけがない事をどうにかしようとしているその健気な姿勢を子供の屈託の無い笑顔の様に愛らしく思ったのかもしれないし、そんな頼りない幼さ加減を逆に懐かしく感じたのかもしれなかった。私は自分の人生を巻き戻したい、という願望よりは、もっと直接的な、子供に戻りたい、と言う様な退行心理を抱え持っていた。子供が、自分が死んだらどうなるんだろう、とか、自分が大きくなったらどうなるんだろう、とか、自分がもっと小さかったときはどんなだったろうとか自分がもっともっと小さくって砂粒みたいな大きさになっている時もあったはずだけど、それは何処にいたんだろう、僕が虫を捕まえる時や虫を踏み潰してしまう時みたく僕が虫みたいな状況があって危ない目に会っていた事は無かったんだろうか、有ったとして誰か虫みたいな僕を守ってくれている人がいたんだろうか、その誰かはじゃあ虫みたいな時が有って今の僕みたいな時も有ってそれで段々大きくなって十分大きくなった時するべき事というのは虫みたいな僕や僕みたいな小さな人間を守ると言う事なんだろうか、ならその人が小さくって小さくって本当に小さかった時やはりそばには守ってくれる人がいたはずで多分その人はその守っていてくれた人を習って僕を守ってくれたんだろうけど、その人を守ってくれた人も多分誰かに守られていた、人が人を守る永遠の連鎖の一番最初の時点にいた人は誰なんだろう、人を一番最初に真剣に死ぬまで守ろうと考えたその人は誰なんだろう、きっときれいな人なんだろうな、心も体もきれいな人なんだろうなあ、自分が大きくなったらその人みたくなりたい、自分が死ぬとしたらそんな存在になれる未来の天使のそばで死にたい、じゃあ僕は僕が誰かを守れるようになる日が来るまでしっかり守ってもらわなくっちゃな。そんな風に迷い無く自分の立場をわきまえている環境が恋しかった。私はもう、酷く疲れてしまった。誰かを守ることも出来なかった、それどころか誰かが守ろうとする弱者の魂を好物とする醜い悪魔になってしまった、これはきっと守ろうとする物を間違えた、いや、間違った物を守ろうとした人間への罰なのだろう、私は血の思想で人を守ろうとしたが、そんな事は出来るはずが無い、人を守れる物は愛だけだ、つまり愛を知っている人間だけが人を守れる、人の中に宿った愛を守れる、血の思想で人を守れるはずが無い、血の思想を持った人間が守る事が出来るのは同様に煮え滾った血の思想だけだからだ、血の思想を忘れた所にしか愛は芽生えない、そして血の思想に汚されていない関係性で人が守って行ける愛とは家族愛に他ならない、それ以上の高望み、人類愛などという物に手を出そうとすると今回の私の様に歪みが生ずる結果となるのだ。血の思想を人類全体が忘れている、と言う様な素晴らしい平穏があれば人々は皆が皆笑顔になるだろう、きっと動植物に手を広げ胸を貸しそして血の思想を忘れない動植物と彼らの属する純粋な鋭利な生死の世界である自然界に淘汰されていくのだろう。つまり、私が愛すべき、守るべき範囲は家族だけで良かったのだ、それを忘れていた、いや見ないふりを気付かないふりをして子供のふりをして自分に都合の良い事の中から大人になる事を見出そうとしていた私にはこれは当然の報いなのだ…。
罪と罰、その後に来る物は当然贖罪、罪を贖うことだ。今の私に残された何らかの希望の光は、一体何処の空の間から零れ落ちているのだろうか…。




