第一曜「全力疾走者」
私は走っている。それも全力で。
何かを追っているような、何かに追われているような、そんな冷たい感覚麻痺の拘束具を引き千切りたくて走っている。
走っている。常に全力だ。
昔、体力の限界と言う物を理解したと思った。でもそれは違った。それは世界の限界だ。私と言う自由を縛り付けておく事が出来なくなった嫉妬深い地上が私に括り付けた重力と言う名の鉄塊。私は一時的だが途端走力を失う。地上に激しく顔面を打ちつけ、望まぬ接吻を要求される。その相手の味はいつも血の味がして、私は歯と言う歯、舌と言う舌口内と言う口内を全て金属片で構築して行くおぞましい愛情で一杯に包まれる。私には手が無いので、その銀世界を指と言うぜん虫で粘膜の幸福の内にのたくってみたい煩悩を抑える事が出来た。代わりに有る足で地面ではない地面を蹴り上げて無様な二次元世界の飛翔を刳り返す。これは飛ぶ苦しみ!痛い!つまりそうする喜びであると私の体は足から教えられている!そして、私の精神的支配権の肉体への譲渡は、常に世の摂理と言う一元的な鉄扉の突破口を教えてくれた。私は、元来飛び得るのである、と。
そして走り出す。重力と言う見えざる地に生えた幾つもの豪腕は、私の足にこびり付いた無色無臭の肉片と化し、翌日には太陽を忘れる瀕死の枯草の様に卑屈に拉げている。重力すらも、哀しく脂ぎった変態フライパンの上で汚く調理される玩具食材だった。そして私はまるで同情と言う心情を覚えたての子供の様にその感情を安売りする様な心境で、私の空間的真正面に存在する事を生業とする眼前の暗黒の太陰に食らい付こうとする暗い狼だった。黒き炎の先端で、踊りつづけるピエロット。
そう、私は走っている。糞真面目に、世界の滑稽を。




