氷の王子は弟の許嫁を狙う
僕には幼き頃からの婚約者がいた。
しかしそれは、僕が花月家に養子入りした16歳の春に亡くしてしまった。
事故死。
それも無免許な少年達の暴走運転で。スピード出しすぎた為に止められなくて、僕の婚約者が座る後部座席に突っ込んだそうだ。
その時に運転していたのが、とある企業の社長令息で、そいつは重体であったが、生還。
その他の加害者側の乗車していた少年らは全員命に別状のある怪我はなかったが、被害者側は僕の婚約者だけでなく、運転手さんも亡くなってしまった。
それなのに奴らの家が彼女の家より上だったが為にもみ消され公にならず、示談だけで済ませてしまった。
無念。そして後悔。 その当時は養子としてまだ公になったばかりで、力のなかった僕には何もできなかった。
それからの僕は堕落した。ただ淡々と与えられた仕事をこなし、行かせてもらっている大学の講義を受け後は、抜け殻のように部屋で無意味な時間を過ごしていた。
唯一だと思っていた子を失ったショックは余りにも大きかった。
そんな僕を支えてくれたのは実の両親と養父母、まだ小学生だった弟とその婚約者だった。
それ以外の者は、家柄の釣り合いが取れてないと己の親族との婚約を推し進めようとしてた者が多く、会うたびに鶏がら共を引きあわせ、大切な彼女を侮辱するか、同情か憐れみの目を向け距離を取るかもしくは、この程度のモノだと見限るかだった。
そんな状態が数年続き、立ち直るきっかけをくれたのは、弟の婚約者だった蛍花の一言で。
「伊織お義兄さま。いつまで腑抜けているの。そのままだと化けて出たお義姉さまにこう言われると思うの。『そんな時間があるなら早く殺っちゃえば。出来ないなら私が殺っちゃうから』って」
いずれは兄妹になるんだからと婚約者にはお姉さま、私に対してはお兄さま呼びして懐いていた蛍花の一言は、腑抜けていた私を覚醒させる突破口になった。
おもえば、婚約者の彼女はお淑やかな大和撫子のような見た目に反して非常に過激な思考をしており、
「殺られる前にやれ、殺られたら相手が降参するまでとことんやり返せ」
と良く言っていた。
そんな彼女は一言で言えば何でもできる完璧超人。普段おとなしい人を怒らせたら痛い目にあうを地に行く子だった。
それからも言うもの、堕落した生活から脱却し、寝食を忘れて努力し、養父母の協力を得て権力と手駒を手に入れた。
そして、蛍花が中等部に進んだ年に婚約者の彼女を殺した奴らに対して復讐を行った。
手始めに調べれば調べるほどホコリしか出てこない彼らには華やかな世界から退場してもらうべく、各家の当主とおハナシし、絶縁状を書いてもらい、一切の手助けをしないように誓わせた。
正直、それだけではヌルいと蛍花の意見が入ったので、コネを使って現在勤めてる会社の支部の僻地に飛ばしてもらった。
婚約者の彼女並に言うことが物騒な蛍花に、思えばこの時から惹かれ始めたのだと思う。
それから一年が経ち、蛍花が2年生の夏に誘拐事件が起こった。
誘拐犯は婚約者の彼女を殺した奴らの一人。妙に要領が良かったらしく、奴らの中で一番に結果を出して日本に戻ってきた奴だった。
「また、失ってしまう」
このことで頭がいっぱいでただ我武者羅に自分の持つネットワークを駆使して蛍花の捜索にあたり、犯人が単独犯だったのが幸いし隙をついて救出できた。
しかし、蛍花のことで頭がいっぱいで、誘拐されてから蛍花が救出されるまでの間の3日間喉も通らず、救出されて直ぐに気が緩み倒れてしまった。
その時に自分には蛍花が必要であると痛感した。
それからと言うもの、ふと気がつけば蛍花の事ばかりに気が向いている自分がいて、仕事が中々捗らなかった。
そんな時に養父に勧められたのが、伝統技術研究会という会合への参加。
下は10代上は70代という幅広い年齢の方がおり、分野は違うが互いに切磋琢磨しているという会だった。
そこで出会ったのは、弟より一つ下の女の子。弟がいずれ行かされる修行先の工房の娘さんだった。
その子は一言で言えば小動物、弟に合いそうなほんわかな癒やし系な子。
そのくせ小物作りの事になると熱くなり、祖父ほど離れたおじさま方とも対等に話始めるどこかチグハグした所のあるおもしろそうな子だった。
1回2回と参加回数が増えるごとに、彼女はなぜかは分からないが好意を寄せてくる。
それが顕著になったのは、飼い犬の話をした日から。
うちでは特にペットを飼っていなかったが、自身の弟がたまに生家に帰った時の弟の様子は、飼い主の帰りを待つ犬に似ていた。
その事を話す時に弟の写真を見せると、随分昔に死んだ、ゴールデンレトリバーのマロンに似ているといい、会ってみたいとせがまれた。
都合がいいことに彼女の家は、弟の修行先候補の一つで、うまく行けば弟と彼女が付き合うかもしれない。
そう考えると実に都合がいい。そこで彼女に対し、
「あなたの家で弟が修行できるように父に進言してみる。」
とだけ言って彼女と別れた。
それからトントン拍子に話は進み、弟は学校の合間に工房Misonoに訪れることになった。
あれから半年が過ぎ、弟が会合に行って見たいから連れてってと連絡を寄越した時、その時に大事な話がしたいとも言っていた。
その時にニンマリしてしまったのは、仕方がないだろう。
数日前、実の両親から、弟に好きな人が出来たので蛍花の家に何と言うのかと相談が来た。そこで言ったのは、
「蛍花とその両親が許すならば、弟との関係を解消して私と婚約するようにして欲しい」
初めての告白だった。
養父母に対しては随分前から好きな人がいるとバレており、弟さえ陥落してくれたら喜んで奪いに行く予定だった。
だから、彼女の家との事を親達にお願い(丸投げ)した。
そして、弟からの相談は案の定、蛍花との関係を解消したいというもので、予想通りの展開だった。
いい機会だから蛍花の事をどう思っているのか聞くと、
「同い年だけど、大好きなお姉ちゃんかな。紬ちゃんはパパにとってのママみたいな存在。」
と、答えた。
年の割りに幼い印象のある弟は、家族愛的な意味でしか蛍花の事が好きではない。
これを確認できただけでも大きな収穫だった。
後は蛍花の気持ち、そして、ご両親の考え次第。
弟には近いうちに蛍花のうちと家の家族で集まる機会が設けられると思うからと、軽率な真似をしないように言い含め、その後何もなかったかの様に会合に連れて行った。
政略結婚が未だに繰り返されるこの世界で、婚約破棄はその手順を間違えると大きな遺恨を残すばかりか社交界において弾き出される原因となる場合がある。
弟と蛍花の許嫁の関係は母親同士が親友で、親戚になりたいから、娘か息子が出来たらくっつけちゃえ見たいな軽い調子で決められたものと聞いているが、ある程度大きい家である我が家の場合は体外的な理由が必要だったらしい。
そこで、体外的に間宮家は月出家にとある希少な染料を優先的に我が家に卸す理由として、月出家は染料の材料が取れる土地を有効活用する為に結んだとしている。
それを少し変えるだけでも他の家との亀裂を生まないように行うには多大な労力がかかるのを知っているよで、いつ両家の会合が行うか明言しなかった。
生家から連絡が来たのはそれから3ヶ月後。
間宮家との話が纏まり、婚約破棄し新たな婚約を結ぶことになった。
それもこれも、仕事の合間を見て蛍花に会いに行き、ちょっとづつ外堀を埋めてきたかいがあったったと言うものだ。
「私が婚約者になって差し上げるんだから、亡くなったお義姉様に負けないくらい大切にして下さいませ?伊織さま。」
照れ隠しのようにいう蛍花に大和撫子のような姿とは裏腹にうちに虎を飼っていた強い彼女を見る。
そんな亡くなった彼女と同じくらい大切な彼女に何があっても力になれるよう努力しようと胸の中で誓った。