プロローグ「魔王と天使長」
暗く青い床の上に真っ黒な玉座、
その玉座に鎮座する男が一人。
黒の軍服に肩には鎧、その上には黒い毛皮を纏っている。右肩から伸びる暗い赤色のマント。
その背中には人間のものにはない黒い翼が3対生えていた。
「全く忌々しい」
地を這うような低い声が唇から吐き出される。
歪めたその顔は誰もが見惚れるほど整った顔。
その美しさは彼の癖のある長い黒髪を裂くように生えた二対のヤギと同じツノなど気にしないほどだろう。
「もう逃げ場はありません!!」
どんと開けられる扉。
燃えるルビーを思わせる瞳はその扉を開いたものを映した。
「魔王ルシフェル!覚悟なさい」
目線の先には天使の大群。
男の名はルシフェル
人間を嫌い、
神を嫌い、自らが神になろうとした堕天使。
悪魔を率いて、神に戦争を仕掛けた魔王。
今、天使と悪魔達の決戦がこの魔界の玉座で始まろうとしていた。
「でやぁ!!」
槍を持って天使が3人、ルシフェルに突進してくる。
ルシフェルはそれを見て3つ氷の矢を撃ち出す。
一人が貫かれ、一人は潰れ、一人はすり抜けて、ルシフェルに向かう。
「貰った!!」
その胸に向かう槍をルシフェルは掴み、右脚を持ち主の頭に撃った。
「甘い」
撃たれた天使の頭は凍りつき、砕け散る。
すかさず四人目の天使が剣を振りかざすが、ルシフェルは槍を突き、離し、斧を持つ天使を氷で貫く。
「覚悟!」
6人目の天使が剣を突くがそれを避け、左足で蹴る。
その隙に天使が5人、天使が各々の武器をルシフェルに振りかざす。
「止まれ」
ふと、ルシフェルの赤い視線が彼らを射す。
貫かれた彼らはその言葉通りに止まってしまった。
「怯むな!攻撃を続けるんだ」
時間が止まった天使達の後ろ、ルシフェルの目線から外れた20人ほどの天使達が一斉に彼を襲う。
「鬱陶しい」
ルシフェルはマントを翻し、天使を氷の津波で飲み込んだ。
「これで全てか」
ルシフェルは白い息を吐き辺りを見渡す。
周りには天使達の形をした氷の彫像。
音は何もない。
いや、1つ足音がした。
「何もかも凍てつかせる氷に、支配の魔眼」
彫像の合間を縫って、白い軍服の天使が1人、靴音を鳴らし、歩いてくる。
「照らす炎が氷に、導く瞳が支配の魔眼に」
金髪に青い瞳、ルシフェルとは真逆の色。
しかし、その顔はルシフェルと全く同じ顔をした男だ。
「救う力がこのような形で反転したのは残念でたまりません」
そう喋る男にルシフェルは顔を心底嫌そうに歪めた。
「ミカエル」
彼の名はミカエル。
神の腹心であり、最も強い天使。天使達を束ねる天使長。
「お久しぶりです。兄上」
そして、神が最初に創った意志を持つ天使の1人。
ルシフェルの双子の弟だ。
「兄上?神の駒が何をほざくか」
ルシフェルは腰の魔剣を抜き、ミカエルを指す。
ミカエルはそれを見て悲しそうに自身の剣に手をかけた。
「兄上こそ何故堕ちたのですか」
ミカエルの鞘が擦れることで鳴る金属音。
そこから力なく地面を鳴らす聖剣の音。
青の瞳は雨粒のように潤み、ルシフェルを映す。
「何故?」
ルシフェルは指す魔剣をそのままミカエルの胸へと進める。
「神は良くしようとした我が友を罰するが」
ルシフェルの魔剣は聖剣に受け止められ、
「神は愚かしい人間に罰を与えはしない」
弾きかれるが、ルシフェルは魔剣をあげ、
「私の部下を殺し」
憎悪で顔を染め、
「私の友を堕とした人間共をだ!」
怒りの声とともに魔剣をミカエルに振った。
「部下が殺されたのは悲しいことです。しかし!」
その魔剣をミカエルは聖剣で防ぎ、刀身を横にしてそのまま前に突く。
ルシフェルは体を捻ることで避け、その勢いで魔剣を横に振る。
突いた体制から前に進むミカエルは翼をはためかせ、距離を取り、雷をぶつける。
「貴方の友が堕ちたのは秩序のため」
ルシフェルの靴が鳴ると氷の壁が現れ、雷を阻んだ。
「秩序を乱す貴方の復讐の為に力を振りかざすなど言語道断!」
その壁の横からミカエルはルシフェルの腹を貫いた。
「なっ!」
地面にルシフェルの魔剣が刺さる。
「何故、力が抜けて」
魔剣で体を支え、疲れないはずの自分にルシフェルは驚き、目線を聖剣が突き刺さった自身の腹を見る。
「これは」
目に映ったのは氷。聖剣に貫かれたところから凍てついている。
それはミカエルの力ではない。
「私の力?」
そう、自身の力が徐々にルシフェルを蝕んでいく。
「ありえな、ぐっ」
絶望に思わず後ろにふらつく。
ルシフェルの体を玉座が受け止めた。
「そう、それは貴方を貴方自身の力で封じる聖剣」
苦しむルシフェルを悲しそうに見つめ、ミカエルは近づいき、聖剣をさらに押し込んだ。
それにルシフェルは燃え盛んばかりの怒りをぶつける。
「ミカエル…貴様!」
歪んだ顔がだんだん力ないものに変わっていき、
「おやすみ。兄上」
ルシフェルの意識はそこで途絶えた。