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EGRIGORII  作者: もてぬ男
9/10

憂鬱戦士の帰還

日和編の第3話です。

 ぼんやりとした意識の日和に首領の男が話しかけてきた。

「よくも俺の仲間をやってくれたな」

首領は日和の頭をわしづかみにして人形でも弄ぶように投げた。どさり、と崩れるように日和は倒れた。草の青臭い臭いがする。もう意識がもうろうとしていた。私、買ったばかりのブラウスを着る前に死ぬんだ。厄介事ばかり事起こしてきたんだから、私がいなくなっても皆すっとするだけでしょう。西山は何かしてくれるかなぁ、いや何もしてくれないだろうだろうな。誰かにお世話になる前に自分で何とかしようと思ったのが馬鹿だったな、ほんとあたしって馬鹿だ。さよなら彩、義美。脳天を揺らす激痛が体に響く。しかしもう感覚は死んでいた。

「そうそうこれだよ。俺を倒した連中はよ」

首領の男は笑って言った。その手には日和が持ってきた写真が握られていた。

「こいつらは馬鹿な連中でよ……ははは」

息をするように男は日和の腹をける。昼間に食べたツナサンドと日和は感動の再会を果たした。もう痛みを感じなくなっていた。体が泥のように重い。夏なのにとても寒かった。

「で、奴らは何を言ったかわかるか?」

男は日和の事など気にせず話を続けている。

「俺はあいつらに言って―」

そこで日和の意識は途絶えた。

「おい、聞いてんのか!」

蹴りが再び日和の腹にめり込む。途切れそうになった意識が再び戻り、また途切れそうになった。もう……だめだ。日和は泥とゲロにまみれたまぶたをそっと閉じた。

「知ってるか。あいつらに俺は言ってやったんだよ―」

日和の意識は途切れた。

「-真夜中のお散歩かい?」

闇を切り裂くような真っ直ぐな響き。高く小鳥のような甘ったるい声だが、はっきりとした意思と強さをたたえている。生きなさい。その声は日和の感覚を痛みを―生きることで生じる感覚―を取り戻した。生きるってのは痛みなんだ。

「なっなんだてめ―」

首領の男が言い終える前に男は吹き飛ばされていた。黒いマントを翻し、現れたのは小柄なヘルメットをかぶったヒーロだった。吹き飛ばされた男は歯のなくなった口でもごもごと何か言ったが聞き取れなかった。真黒な闇の中、漆黒の戦士がマントを揺らして立っていた。あれが、ミハエル……。ヒーロは襲い掛かってくる暴漢どもを一人ずつ素早く倒していった。数人の男は投げられ木にぶら下がっていた。

「ひっいいいい」

まるで嵐のようなその漆黒のヒーロに数人の男は逃げ出した。ヒーロは何も言わずに自分より大きな日和を担ぎ、そこで日和の意識は途絶えた。ヒーロから良い臭いがした。遠い昔の記憶と共に。


 母親が男と夜逃げしたらしいわよね。けがらわしい子。汚いわ。お願い、私を見捨てないで!助けてよ!流れる涙があたしを強くした。流れた涙は氷つき、仮面となった。私の弱さを隠す厚い仮面に。それを無くせるのはあの金髪の少女だけ。私が頼れるのはあの子だけ。他の人は誰も頼れないし、頼らせてはくれない。お願い。日和は金髪の少女を呼ぶ。お願い、助けて。不意に伸ばした手を柔らかい感触が包み込む。暖かい。日和はふと思った。地中のマグマのように熱い何かが、心の中で鼓動する。


 気が付くと古い木目の天井が見えた。日和は自分が誰かから助けられ、横になっていることに気が付いた。

「……ん」

日和がぼんやりと目を開けると、大きな瞳が興味津々に日和を見つめていた。

「起きた!」

柔らかいくせ毛が日和の肌をなでる。この声、まさかあの漆黒のヒーロか?

「良かった。一時はどうなるかと思った」

日和は精一杯目を開け、隣にいる人物を見た。くりくりとした大きな瞳。長いふわふわの髪が特徴的な少女。ひまわりみたいな笑顔。

「大丈夫?」

少女が日和を見つめる。

「あ……あなたは……」

日和は起き上がろうとしたが全く体が動かなかった。

『まだやることが……うっ!』『その傷じゃ駄目よ。まだ起き上れるわけないじゃない』

みたいな件やりたかったなぁ。日和はぼんやりと思った。そんなバカなことを考えるのは安心している様子だった。

「あなた、名前は?」

少女が瞳を覗き込んできた。この少女がミハエルマンなのだろうか。

「環に……似てるね」

少女がふと独り言を言い、笑った。無邪気な笑みだった。

「わ……私は草薙です」

「草薙……!?」

少女はびっくりして口に手を当てた。そんな仕草が自然に見えてしまうかわいらしい女性だった。しかし体格と声とからするとあの漆黒のヒーロは彼女だということになる。

「あなた……学生証とか持ってない?」

もしこういうことになったらと言うか、そうなったのだが、そんなときのために学生証などの身元が出来る物はすべておいてきていた。

「持ってません」

思わずぶっきらぼうに言ってしまう。

「あなた……お母さんは?」

少女は震えながら訊いてきた。

「いません。行方不明です」

「あなた。名前は……」

ふと日和は目の前にいる少女が写真のか弱い少女に似ていることに気が付いた。少女は震えながら日和の名を聞く。

「私は……日和と言います」

日和はうんざりするように吐き捨てた。一瞬、少女が大きく震えた。

「嘘……大きくなったね」

いつの間にか少女は、と言うか写真の少女と同一人物なら明らかに自分より年上の女性は目に涙をためていた。

「どうしたんですか……」

「嘘……うれしい。こんなところで再会できるなんて……久しぶり日和ちゃん」

「なんで……」

日和は思わず女性を見つめていた。少女、というか女性は大粒の涙を流して、泣き始めた。

「今までごめんね。寂しかったね」

いきなり女性に抱きしめられ日和は苦しかった。柔らかく暖かい圧迫に日和は苦しくて自分は喘ぐと思った。しかし日和は自分でも驚いたのだが、その暖かさから離れたくないと思ってしまった。

「久しぶり、日和ちゃん。私、環の親友の吉井はなおです」

日和は目の前にいる女性をもう一度よく見た。純粋な少女のふくよかさの中に大人特有の疲れがにじんでいた。しかしその瞳だけは純粋でまっすぐで純愛に満ちていいる。

「はなおさん……?」

「そう。吉井さんとでもはなさんとでも何とでも呼んでね」

はなは涙を拭いて微笑んだ。いつでも笑っている人だということがすぐにわかった。その笑みは歪みがなく、本当の強さをたたえている。

「あの……さっきのは」

日和は丁寧に手当てされた腕を見ながら訊いた。

「ああ、あれはちょっとね。昔は私も腕鳴らしたことがあったのよ」

なんだか昔はスケバンのボスをやっていたような口調で、日和は思わずスケバンの格好をしているはなを思い笑った。しかし一瞬で日和の表情は凍る。はなは一体、私の母親とどのような関係なのか。

「あの、はなさんは母とどのような関係なんですか?」

「母」という言葉を使うのも正直躊躇われた。はなはそれを聞いてふと遠くを見るように首を傾げた。はなが自分の母を誰かと勘違いしている、という考えは不思議と思いつかなかった。それに母親と写真に写っている少女は、はなにそっくりだったのだ。

「人生で一番の友達だったわ」

その言葉には絞り出すような苦痛と懐かしさを味わうような寂しさが漂っていた。

「私の母は……」

日和は思わず震えながら訊く。私を棄てた母親。母親としての役割を果たさずに消えた最低の女。

「行方不明、ってことになってるけど、実際はわからない」

本当は知りたくないのかも、とはなは微笑む。彼女もまた日和の母親―環―に取り残された人なのだと日和は察した。

「でも、あなたを愛していた」

憎しみに顔を歪める日和にはなが優しく呟く。確かにそうだったかもしれない。愛していたかもしれない。でも私が辛いのには変わりがなかった。私が孤独だったことに変わりはなかった。誰も頼れる人がいなかったことに変わりはなかった。日和は表情を少しだけ緩め、はなを見た。はなの言葉は日和の憎しみを薄れさせることはなかった。

「あの、手当ありがとうございました」

日和は静かに立ち上がり、はなに礼をした。彼女が近日の爆破事件や<高校生暴行事件>の犯人ということは多分ないだろう。いきなりの事で驚くはなに日和は最後の質問をぶつけた。

「あなたはミハエルマンなんですか?」


 環境騒乱事件が起きた時期、アメリカを中心として「ヒーロ」と名乗る自警集団が大量に発生した。軍も警察も収集できない騒乱のなか、市民は自ら命を守ろうと立ち上がったのだった。それほどに皆が狂気で動いていた事件だった。しかし彼らも事件の終結と共に姿を消していき、ある決定を受け完全に世間から姿を消すこととなる。彼らは日本にも存在し、その一つが「Mの同志達」であった。


 日和は睨みつけようにはなの目を見据えていたが、はなはそれをやんわりと流し、

「日和ちゃん、お腹すかない?」

朗らかに笑った。

「え」

日和ははなの回答に間抜けな声をあげる。そして、腹も同様に間抜けな音を絞り出した。

「あらあら、日和ちゃんったら」

はなは立ち上がると、

「歩ける?ごはん、持ってくるよ」

日和は顔から火が出るほど恥ずかしかった。不覚だった。

「いっいえ、い、いらな―」

「食べていきなよ。それとも帰りが遅くなっちゃうとマズイの?」

少し残念な顔をしてはなが呟く。まるで子供がすねるような声だった。

「いえ……あの親が……」

親が、と言って日和ははっとした。私には帰りの遅い叔母夫婦と私を置いて消えた母しか「親」と呼べる存在がいないではないか。

「確か……叔母さんだよね、変わりない叔母さんは?」

はなは部屋のドアに手をかけて振り向いた。日和はそれを直視できない。あんな真っ直ぐな瞳を見たら私は崩れ落ちてしまう。弱い私に圧倒されてしまう。弱い私が呟く。言ってしまえ。言ってしまえ。晩御飯など用意されていませんと。私は弱いですと言ってしまえ。

「かっ変わりないです」

日和は絞り出すように言う。はなはそれを寂しげな顔で見つめていた。

「そっか、じゃあ送っていくよ」

はなは日和に肩を貸してくれた。その身体は柔らかく、暖かかった。母親がいたらこんな感じなのだろうか。日和は自分の心の奥底から漏れる声を必死に抑える。

「わっ私、一人で歩けます!」

はなが驚いて日和を見る。自然な栗色の髪が、静かに揺れた。

「そっか、ごめんね」

日和はうつむいてはなを無視した。それから2度ほど転んではなの自動車に乗ることが出来た。

「家どこなの?」

日和は自分の住んでいるマンションの名前を言う。はなはそれをナビに入力し、車をオートマトンに切り替える。ルーム、サイドの両方のミラーや座席や座席がはなを感知して蠢く。二人がシートベルトをつけたのを確認すると、車は静かに発進し始めた。音は静かだが耳には届くちょうどいい音量に自動で絞られている。住宅地を静かに過ぎる車から、闇の中で都市が昼間のように光り輝いているのが見えた。

「叔母さんによろしくね」

シートベルトの締め付けが苦しいが、日和はそんなことも忘れて都市の中心を見た。闇の中に浮かぶ光の都。環状の街の真ん中に都市が集まるように建設されている。闇の中で輝く都市は美しく人間の英知の結集だった。少しずつ近づいていく都市が美しく、日和はそれに目を奪われる。それは道路が全て放射状になっており、それが中央都市につながっているからだ。しかし、このような風景は学校からは遠く、電車では変人と思われたくなかったので見ることが出来ない。日和が年に数回しか乗らない車に乗って初めて見られる風景だった。

「綺麗よね」

ルームミラーに映ったはなの瞳が都市の光をぼんやりと移していた。

「ですね」

ルームミラーのはなと目が会って、日和は思わず目を逸らす。

「日和ちゃん高校何処なの?」

はなの瞳が柔らかに日和に注がれる。

「え、あたしは西高です」

「へぇ西高か。そっか、3人と同じなんだ」

はなは懐かしそうに微笑んだ。日和は目を伏せ、じっと待った。

「着いたね」

車が静かに停車し、自動でドアを開ける。

「ありがとうございます」

日和は車から降り、はなを見た。はなは運転席から身をよじって、

「また何かあったら、電話してね」

小さな紙切れを日和に握らせた。

「日和の電話番号も教えてよ」

「えっあ……」

日和ははなが差し出した紙切れに電話番号を書いた。この人は信用できない、という考えは不思議と思いつかなかった。紙切れを受け取り、

「じゃ、おやすみなさい」

動揺する日和をしり目にはなの車は静かに発進した。はなの車は住宅街の闇に消えて行く。

「おなか……すいたなぁ」

日和は一人つぶやき部屋に戻る。闇が日和を不安にさせる。夜風が少し寒かった。


 男が走っていた。息は切れ、心臓は悲鳴を上げている。それでも男は走った。立ち止まったら待っているのは死だけだったからだ。足が棒のように固くなり、言う事を聞かない。それでも男は走った。男は走りながら自分の体に巻き付いている装備品を外していく男の歩いた道を自身の血が彩っていく。高い音を立てて弾倉が地面に落ちる。男は走りながら自分が袋小路に向かっていることを察していた。それでも走る。そのあとを巨大な脚が追う。街灯の光も届かない裏路地で男を怪物が追っていた。

「まてぇ……」

怪物は目のない深海魚のような顔を歪ませた。耳まで裂けた口からどろどろとした液体が垂れ、道路に滴る。

「怪物がぁ……」

男は負傷した足を引きずりながら怪物を睥睨した。怪物と自分の距離は少しずつ縮まっていく。

「くそっ!」

男は目の前に現れた壁を罵った。素早く怪物の方を向き、拳銃を構える。

「うるぁっ!」

怪物も千切れた腕を引きずりながら飛び掛かってきた。その頭に拳銃の弾が飛び込んでいく。しかし、それをものともせず怪物は男の肩にかじりついた。

「うぐっ……がぁあああ」

男は激痛に絶叫した。怪物は頭から血を流しながら男の肉を咀嚼する。ぼとり、と怪物の脳漿が零れ落ちる。それでも怪物は咀嚼をやめない。

「あがああああ」

男は絶叫の中、今までの自分の人生が走馬灯のように脳裏を過ぎるのを見た。俺はここで何もできずに死ぬのか。ならあのスーツでも着て行けばよかった。男は歯を食いしばりながら、ふと脱力した。皆、俺は何もできずに死ぬよ。そう思った瞬間だった。男は体の奥深くから、こみあげる熱を感じた。なんだ、この熱は……。男の問いが応えられる前に男と怪物は目がつぶれる様な光に包まれた。


 ええ、彼女はうまいこと利用できますよ。しかもエスプリの適合者ですからね。ええ、口実はなんとでも。確か篠崎と同じ学校らしいですからそれを利用して近づきます。それにはなの弱みは完全に握っています。ええ、ヒーロですよ。正体が見破れたらそれで。では、また。大丈夫ですよ僕は完全に二宮に化けて見せます。そうです、コロセウムに向かわせます。ではハウンド・トゥー。

「この町で何か大きなものが蠢いている……」

電話を切り、アルゴはため息のような呟きを漏らした。米軍や敵対するCIAに勘付かれる前に状況を掌握しなければ。アルゴはコートの裾を立て、静かに闇に消えた。


 結局、なぜはなが助けに来たのか、はなはミハエルマンだったのか、という問いが残ったまま数日が過ぎていた。そんなある日、はなから連絡が来た。話したいことがあるから、家で待っていてくれということだった。日和は、もしかしたら近日の爆破事件とかかわりのあることなのでは、と期待して家で待っていた。もし爆破事件と関わりがあるならば、あの謎の声の電話やカラス男の正体がつかめるかもしれない。私の事だ私が解決するしかないのだ。日和は固く拳を握った。7時過ぎ、家のインターフォンが鳴り、はなの情報が日和のコンタクトデバイスに映し出された。どう考えても荒事とは無縁な仕事だった。

「おまたせ」

はなは日和を迎えると早足に車へ向かった。きっちりとした格好に解かれた栗色の髪が巻き付いて柔和な雰囲気を漂わせていた。しかし、その表情は硬く。エレベーターに乗る間も無言だった。車に乗るとはなは初めて口を開いた。

「今日呼んだのは、あなたの周辺で巨大な陰謀が錯綜している可能性があったからよ」

ドアを閉め、ベルトを締めると同時に車が動き出す。

「巨大な陰謀?」

はなはルームミラーで日和の顔をチラリと見ると、

「ええ。連日起きている爆破事件と関わりがあるらしいわ」

はなの顔はいつもとは違い強張っていた。日和もゴクリと唾をのむ。

「これを見て」

はなは体をよじって日和に一枚の写真を渡してきた。

「なんです?」

日和は写真を受け取って、ぎょっとした。

「こいつは……」

日和の眼は動き続ける女子高生の動きを凝視している。

「連日爆破事件を行っている可能性があるという新興宗教組織<生きろの団>新教祖」

はなの言葉に日和は震えた。日和が見ている写真の中で動いていた女子高生。それはあの篠崎光莉だったからだ。あの女、酒とたばこと男には飽きたらずにやばいことを始めたのだろうか。

「この子と同じ高校でしょ。日和」

はなは見定めするように目を細める。その手はくるくるの髪の毛を指で弄っていた。ハンドルがルート設定に合わせて自動で動くさまは少し不気味だ。

「ええ……でも、そんなことなんで……」

日和は動揺で写真を取り落しそうになりながら、はなに訊く。

「とある筋でね」

はなは眉を歪め、日和を見たルームミラーにはなの鋭い視線が跳ね返る。

「はなさん……あなた一体……」

その問いには答えず、はなは、

「この子には十分気を付けて、接触はできるだけ避けなさい」

子供をきつく叱る母親のような口調で日和に言う。

「でも……それじゃ光莉は―」

「ここからは大人の領域よ」

はなは日和の言いたいことを察して言う。その眼は前を向いていた。

「私は大人です!」

そうだ私は強い大人だ。弱い子供ではない。

「そう」

はなは日和の視線を受け止め、

「だとしても。年長者のいうことは聞く物よ」

車は静かにファミレスに止まった。店から漏れる軽快な音楽が沈黙をさらに強める。

「ご飯食べた?」

沈黙を破るようにはなが言った。

「い、いいえ」

日和はぎょっとしてはなを見た。さっきまでの強張った顔はほぐれ、柔らかい笑みを浮かべていた。日和はそれを見て少し安心した。なぜか、自分の友人が越えてはいけない領域を超えたことも一瞬忘れてしまう。

「ここで食べて行かない?」

はなは言いながら車を降りていた。

「え、ええ」

拒否とも了承ともとれる曖昧な相槌を打ち、日和も車を降りた。

「変わっちゃったなぁ……」

はなは目の前のファミレスを見て、懐かしそうに呟いた。

「さ、入ろ」

はなは日和を連れ、ファミレスに入った。はなの方が背が小さ、まるで妹のように見えてしまう。

「高校生と……」

新米らしき店員は花を見て年を決めかねているようだった。はなは自分の髪を弄りながら、

「おとな一名です」

子供がむすっとするような表情が一瞬、はなの顔に浮かぶ。

「はっはい!」

店員はびくりとして二人を席へ案内した。

「日和ちゃん食べたいものあったら何でも言って」

はなは席に座ると微笑んで言った。日和は考えあぐねてメニューを見つめる。

「そうですね……」

「好きな食べ物とかないの?」

妙にはながニヤついて日和に訊く。日和は考えあぐね、

「特にないです、かね……」

「ゆっくり考えてね」

はなは日和を観察するようにじっと日和を見つめてきた。日和は手早く注文を済ませると、視線を下に落とした。恥ずかしい。日和は必死にはなから顔を逸らした。日和はあまり自分の化粧に自信がない。ばっちりメイクのきまぅているはなから見れば、幼稚な落書きのように見えるかもしれない。日和はぐっと堪えて待った。

「アイスコーヒのお客様」

店員が日和のアイスコーヒを運んできた。

「はっはい」

日和はこの流れを断ち切ろうと冷たいコーヒを胃に流し込んだ。苦くて苦く吐きそうだったが、飲む。氷がからりと揺れる。飲み終え、日和は必死に考えた。何を話して言いかわからず、くしゃくしゃのストローの包み紙を弄る。

「あっあの……旦那さんとか寂しがらないんですか!」

日和は喘ぐように質問を絞り出した。それを聞いたはなの周りが一瞬、恐ろしく気温が下がったように感じた。

「ああ……そうだ、日和ちゃんのやつ来たんじゃない」

明らかにミハエルマンの事を聞いた時や正体を聞いた時とは違う話のずらし方だった。初めて焦っている雰囲気が見えた、という感じだった。人間臭い、と言えばいいのか。

「ああ……そうですね」

日和は運ばれてきた料理に目を落とした。これはつついてはいけない所だったらしい。日和は窮地に立たされていることに初めて気がついた。西山先生と話している時に冷めている夫婦関係をえぐる時とは違う対応。これは恋愛倦怠期のカップルをつついた時の反応とはわけが違う、と日和は直感していた。まさか……はなさん。日和は食事を口に運びながらチラリとはなを見た。テーブルには主食とデザートなのだろうスイートポテトが運ばれていた。パートナーがいれば色々あるし、こんな量は食べないはずだ。日和の頬を冷たい汗が流れた。ぱくぱくと美味しそうに料理を口に運ぶはなに日和は見とれた。

「どしたの」

はなは料理を飲み込むと日和に訊く。ふくよかな頬が笑顔を形作る。

「い、いいえ」

日和はぎこちなく食事を始めた。それもすぐに止まり、日和ははなの食事に見とれる。こんな美味しそうに楽しそうに夕飯を食べる人がいるんだ……。日和はぼんやりとファミレスのガラスに映る自分を見た。

 なんとグリゴリは著者の処女長編「正義の味方は憂鬱」と繋がっていた!という。だからと言って、「正義の味方は憂鬱」を読まなきゃ、ということはないのでご安心ください。でも興味のある方は読んでね(宣伝)はなさんの過去とか<高校生連続暴行事件>が詳しく分かります。読まなくともグリゴリを読むことに支障は出ません。是非これからもグリゴリをよろしくお願いします。早く怪物とジョーカーのバトルが見たいという方、ちょっと待っていてくださいね。

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