始まり
日和編の二話目です。
その少女-日和―は、暗闇の中でうずくまっていた。帰り道に待ち伏せを食らい、ナイフの一撃を食らいながらも必死に逃げた結果がこれだ。日和は小さな個室に身を押し込んで息をひそめている。あのカラスのような男の足音が少しずつ近づいてくる。警察にはもう連絡をしていたのだが、いかんせん到着に時間がかかる。警察が来るまでのしのぐため、何か武器はないかと乱暴に鞄を開けると美術で使うカッターがあることに気が付いた。しかし、こんな物であのナイフに敵うはずがない。カッターを握る腕が恐怖で震えた。私はあの男に連れ去れてて、見知らぬ男たちに蹂躙されることになるのだろうか。それとも数日後に死体として発見されるのか。
「ここで良かったはずなんだがなぁ」
外からくぐもった声がし、日和は歓喜に震えた。助かったのだ。日和は静かに部屋から出て、警察官を探した。すると男が警察官と話をしているのが見えた。日和はこの機会を逃したら終わりだと思い、精一杯叫んだ。
「助けて!」
肩から血を流している日和を見ると警察官は男と日和を何度か見て警棒を取り出した。しかし、警棒を取り出すと同時に警察官の肩に小型のナイフが突き立っていた。
「ひっ……」
警察官は痛みに驚きその場で尻もちをついてしまう。取り落した警棒がナイフで真っ二つにされる。
「おい」
男が警察官に話しかけながらナイフを一閃すると帽子のつばが簡単に切り裂かれた。
「お前の耳や鼻ならこんなふうにすることもできるんだぞ」
ぽとりと地面に落ちるつばを見て、警察官は震えて退いた。
「殺されたくないなら、連絡は少し待った方がいいぞ」
嘘でしょ、日和は一人つぶやき、咄嗟に廃墟から走り出した。今まで出したことのある速力で一番早いと思われるほどの速さで疾走した。しかし、日和の足元に大量のナイフが突き立ち、日和も尻もちをついてしまう。
「おい、君。逃げられるとでも思っているのか」
男が氷のように冷たい声でつぶやいた。日和はすぐに廃墟に戻り、そのまま反対側の扉から逃げようとした。しかし、その扉のノブにナイフが突き立つ。再び日和は廃墟に釘つけにされてしまったのだ。
日和はさっきとは別の場所で体を隠していた。日和はぐっと唇を噛んだ。誰か助けて、と大声で叫びたかった。だが、叫んでも無駄なのは幼少期に悟っていた。誰も助けてはくれない。誰も甘えさせてくれない。警察だってやられてしまった。日和はそっとすすり泣き始めた。捨てたはずの弱い自分がそっと覗く。大人っぽくふるまい、不良のように強さをアピールし、それでもこの弱さはなくなってはくれない。死にたいって今まで言ってたのに、と心の声が囁く。日和の手首の傷は無論自分で傷つけたものだった。
「おうぃ子猫ちゃん。もうかくれんぼは終わりにしようよぅ」
男が低い声でつぶやく。体が痺れてくるのを日和は実感した。
「死にたく……ない」
今までこらえてきた涙があふれ、時計にしたたった。ふと日和はあの性別不明電話の内容を思い出した。
「君がいつも付けている物……武装……」
日和ははっとして体中をまさぐった。あの発言が本当なら自分の体に何か武器が付いているはずだ。しかし武器など体にはついていなかった。日和はまたうつむいた。うつむいた衝撃で涙が時計に滴る。
「あなたの時間をこの時計が刻み続けますように」
ふと金髪の少女の声が思い出される。そうだ時計。この時計を私はいつも身に着けている、ならこれが武装なのでは。日和は時計を取り外し、何かないか探した。するとみおぼえのないボタンが取り付けられていることに気が付いた。
「なにこれ……」
日和がボタンを押すと、
「やぁこれを使うことになるとは、大変だね」
場に合わない明るい声が耳に届いた。アルトの少年の喉から発せられる声だ。日和はびっくりして時計を鞄にうずめた。もし声が漏れていたら、私の場所が悟られてしまう。日和の額を汗が伝う。
「大丈夫さ。これは指向性だから、君にしか聞こえないよ」
日和はハッとして時計を見た。
「本当?」
日和はか細い声で時計に尋ねた。
「ああ、本当さ。それより時間がない。武装の使い方を教えるよ」
日和の顔はぱっと明るくなった。これであの男を撃退できる。
「君が望んだ能力は、この時計の能力は君の身体についている連道具から発せられる微弱な電気で君の体を意図しなくとも動かせる能力さ」
日和は一瞬、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「え?」
「だから、君のエスプリは―」
「そうじゃなくて……武器なんでしょ?銃とかそういうのかと……」
日和は悲鳴に近い喘ぎ声を上げた。武器だと思ってふたを開けたら、なんと何に使えばよいかわからないおかしな道具でした。
「シャレにもなってないじゃん……も、もっと他の能力はないの?」
日和はパニックに陥り、時計に早口で話しかけた。はたから見れば狂人だ。
「3発しか弾がないけど。電気を利用したショックガンが―」
「それを早く言ってよ。で、どうやってつかうわけ」
時計と漫才している間にも男の足音は近くなる。
「鞄の内ポケットに入っている装備を時計に装着するんだ」
日和は言われたとおりに鞄を漁った。すると入れた覚えのない機械部品が出てきた。それは簡単にユニット化され、説明書なしで組み立てられた。これで奴と対等だ。私の全身に毒が回るのが早いか、警官が勇気売り絞り連絡するのが早いか、それだけだ。警察が来るまであがけば良い。
「できた……」
日和は自分の拳にすっぽり収まる漆黒の銃を見て感心した。感触を確かめるように握りしめる。
「弾は君のスカートに入っているよ」
日和は自分のスカート―あんまりかわいくない制服-のポケットを探った。
「しかし、君は外見にしてはかわいいパンツ―」
「これどう使うの?」
時計の言葉を遮って日和が訊く。
「簡単さ、銃の先端に音がするまではめ込むだけだ」
日和は言われたとおりに機械部品を装着した。
「できた!」
「それはスタンガンとして利用できる。引き金を引けばワイヤーが伸び、敵をしびれさせることが出来る。しかし、これは君の意思とは違う―」
「こういう時くらいはいいよね」
日和はいつも規定通りの長さにしているスカートを折った。そして日和はブラウスの派手切り裂き、傷を縛り止血した。学校の保険で習った止血法である。治療を終えると日和はカッターを腰にさし、髪を持っていたゴムでまとめて、素早く動いた。足が痺れているのを痛いほど実感した。
「ふっそこにいたのか」
男は素早く小型のナイフを飛ばしてきた。ナイフが日和のブラウスの肩を引きちぎって壁に突き刺さる。血が頬にかかり、背骨が震えた。しかし日和はひるまずに、
「堪忍しやがれ」
スタンガンを発射した。ワイヤーはピンと伸びて男をかすった。しかし当たることはなく、男は無傷だった。
「う……うそ」
「そんなおもちゃを使うのか最近の女子高生は」
男は疾風のように日和に距離を詰めてきた。日和は振りかざされるナイフを銃で受け止めた物の衝撃で弾が外れてしまった。鋭く冷たい金属音が廃墟にこだまする。
「くっ!」
日和は尻もちをつきながら、男から距離を取った。すぐに次の弾を込め、発射する。照準を見て撃ったが弾は男のナイフを絡め取っただけだった。ナイフは火花を散らして吹きとんだ。男はワイヤーを見切って小型のナイフでワイヤーを切断してしまう。男はすぐにスーツを脱ぎ捨て日和に距離を詰める。黒いスーツの下にもまた黒いシャツを着ていた。その隙に日和はさっきとは別の個室に飛び込む。茶色くなったコピー用紙を散らして日和は転んだ。もうしびれが全身を覆っていた。ぱらぱらと黄ばんだコピー用紙が空を舞う。日和は歯ぎしりをした。弾はあと一発っていうのに身体は痺れているし、もうだめだ、と日和は自分の運命を悟った。
もう空は青い闇に包まれていた。まだ警察は来ない。多分、警察が来たころには私は黒い袋が必要になっているか行方不明のリンクがネットに張られる状態になっているのだろう。しかし、私は諦めない。日和は時計を強く握りしめた。私は生きて私自身の時を刻んでやる。
「もう私の手を煩わせるな」
男は怒鳴って個室に入ってきた。しかし、日和の姿はない。どこに行ったのだ、男がそう思った瞬間、何かが男を襲った。
「こんなところに隠れていたのか」
日和は個室のドアの隙間に隠れていたのだ。日和のか細い腕に握られたカッターが男の腕に突き立つ。
「くくく……待ち伏せとはいい度胸だ。しかし……」
男の恐ろしい力にねじ伏せられ、日和はカッターを落として吹き飛んだ。
「こんなもんかすり傷に過ぎんよ」
男は切られた腕をさすりながら、日和に近づいてきた。
「カッターなんて持っていちゃ危ないでしょう?全くいけない子だ」
男は顔をゆがめて落ちているカッターを拾った。真っ黒いネクタイが揺れる。男は弄ぶようにカッターを左右の手に持ちかえた。まるでサーカスの曲芸だ。ピエロのように笑う男の顔が月光で不気味に照らされる。
「俺、ピエロになれるかなぁ。なぁどう思う?」
男は荒い息を日和にかけた。
「おじさん……」
日和は色っぽい声をあげて自分のブラウスの胸をはだけさせた。指が痺れで震えている。まるで幼児の着替えを見ているようだった。もう痺れは全身に回っていた。地味な色のブラジャーと白い肌が露わになる。
「何だ……」
弄ばれるカッターの速度が遅くなる。
「お願い、死ぬ前に一回ヤりたいの……」
男は荒い息を上げ、カッターを握った。
「バカな娘だねぇ」
荒い息が日和にかかる。
「バカはてめぇだよ」
男は一瞬、日和を凝視して微笑んだかと思うと奇妙にその場で踊りだした。
「がががが……ぐうぁ」
男は奇妙な踊りを披露すると男はぐったりと倒れた。
「なっ何をしたんだ……」
男は口からよだれを出しながら叫んだ。
「あんたのカッターナイフを見てみな。それにワイヤーを巻き付けたのよ」
「なっ何だと……てか不良女子高生がワイヤー系の武器ってちょさく―」
うるせえ、と牙を剥いて日和は男の顔を蹴る。
「あんた最初にスーツからナイフを出したでしょ。だからスーツを脱いだということはナイフがスーツにしか入ってないということだとわかったのよ」
「くっくそ……」
「それであたしの持ってたカッターナイフにワイヤーも巻きつけてわざと落としたわけ。そしたら本当に拾っちゃうんだもん。笑っちゃうわ。でも曲芸なんかされたらばれるでしょ。だから誘惑して視線を逸らしたわけ」
「ぎぎぎ……貴様ぁ」
「そして、あたしの思った通りにカッターが伝導体になってあんたは痺れた。どう痺れるでしょ?」
そう言ってもう一度日和は男を悶絶させた。
「だよねぇ」
日和は、泡を噴いて体をけいれんさせる男を歯をむき出しにして笑った。
「もう警察には連絡したから。あんたは終わりよ!」
日和は男の顔を蹴り潰すべく足を振り上げた。
「おっお前、うさちゃんのぱん―」
男は悶絶しながら日和に踏まれた。
「確かにあんたにピエロは天職かもね」
もう一度日和は電撃の引き金を引いた。男は道化のごとく、奇妙に踊り狂った。日和はふぅ、とため息を漏らして髪を解いた。髪が優しく肌をなででいった。穏やかな月の光が彼女を美しく照らしていた。
大規模な爆破テロ事件、送り込まれてきた刺客、生体ユニットを使った武装。およそ日常とは呼べない単語の羅列の事を考えるせいで全く日和の耳には友人の声が届かない。
「もう……日和ったら」
友人の一人が静かにため息をついた。もしかしたら二人目の刺客が送り込まれているかもしれない。日和はそんなことを考えぞっとした。どうすれば良いか日和にはわからなかった。
ただ友人の前では弱いところは見せられなかった。
「もう厄介ごとはよしてくれよ」
ふと西山の声がよみがえる。そうだ私は厄介事。親族にたらいまわしにされて孤児院に行く厄介事。日和はふと空を見上げて思った、誰かが助けてくれないかなぁ、と。まぁそんなヒーロみたいなやついないか。日和の突然の笑いに友人はおかしな顔をした。
「どうしたの?」
「別に」
日和はニッコリ笑い、
「次の授業始まるよ」
友人はため息をついて去って行った。日和も静かにため息をついて空を見た。ヒーロか……。
『そう言えば、自称ヒーロを名乗った奴らが―』
そうだ。日和は一人震えた。そうだ実際に<高校生暴行事件>と関わったヒーロを名乗る高校生がいるはずだ。日和はその存在を信じながら、ふと自分は彼らなら自分を助けてくれるかも知れない、と思った。ミハエルマンか……変な名前。
夕方五時。日和は動きやすい服装をして、ポケットに剃刀とショックガンを仕込んでアパートを出た。青い空にうっすらと赤が混じっていた。自分の胸の鼓動が自分でも聞こえるほど日和は緊張していた。それをSAPが咎める。日和が考えた作戦、それは狂気とも取れる大胆な作戦だった。それはかつてミハエルマンが「約束の地」と呼んだ公園にミハエルマンに会いたいということを掲示板に書いて、自らもそこに向かうというものだった。「約束の地」の場所がわかる人はミハエルマンだけだろうし、情報に食いついたミハエルマンがやってくる可能性があるのだ。日和は電車を乗り継いで「約束の地」へ向かった。なぜ日和が「約束の地」の場所を知っているのかと言えば、その理由は今日家に帰ってすぐまでさかのぼる。
学校から帰宅した日和は取り巻きを払い、調べ物を始めた。と言ってもアルバムの写真を調べることしかできなかったのだが。その写真の一枚―母の友人の集合写真―に「約束の地でミハルマン」という記述があったのだ。まさかとは思ったがネットで情報が変化した可能性もあるし、もしかしたら母親とその友人がそのヒーロだったのかもしれないのだ。
「まさかね」
日和は電車の中で一人つぶやいた。だいいちミハルマンよりミハエルマンの方がかっこいいし、写真を見る限りヒーロになれそうなものは一人もいなかった。いいとこのお嬢様と言う感じがオーラで感じられる日和の嫌いなタイプの女、なんだか気の抜けたようなふにゃけた男、真面目が服を着たような真面目そうな男。それにヒーロと言うより幽霊のようなオーラを感じさせる母親。そして何より弱そうで、見るからに自分に自信のなさそうな猫背の少女。こんな逆に守られてしまいそうなものまで居るメンバーがヒーロだなんて信じられなかった。しかし時間はぴったり合っているし、彼らだって成長しただろう。一番頼りになりそうなのは真面目君だろうか。もちろん一番頼れなさそうなのは、弱そうな女の子。彼女なら逆に守ってあげてしまうかもしれない。日和はもう一度ため息をつき、電車の電子公告を眺めた。
寂れた道路を抜けて「約束の場所」らしき場所につくと写真で見たと通りで古ぼけた寂れた公園だった。第一、こんな公園と言うより森と言った方がいい場所が約束の場所ってのはおかしいだろう、と日和は笑った。まだ篠原の体育倉庫の方がましだ。都心から離れているせいか静かで寂れてはいるがとても良いところだった。日和は大きく深呼吸した。甘い草の臭いを肺いっぱいに吸い込んで日和は少しすっきりした。
「おい、てめぇか。ミハルマンを待つものってのはよ」
錆びた用具を眺めているとあからさまに堅気ではない男が話しかけてきた。サングラスから覗く鋭い眼光が日和を貫く。
「え、なんですかそのなんとかマンと言うのは」
日和は笑って去ろうとしたが、
「バカだろネェちゃん。ここの人の出はいりの記録を見ればここに何年人が入ってないかわかるぜ」
気が付くと日和は囲まれていた。男の部下なのだろう、全員人相が悪い。ズボンからはみ出たチェーンが冷たい金属音を響かせている。
「ほんとに違いますよ。偶然ですって」
「まだしらを切るか。まぁいいさ。十年前の恨み晴らしてくれる」
男は拳にナックルを付けて、日和にゆっくり近づいてきた。ナイフを持った殺し屋の次はナックルをはめたヤクザかよ、ついてないな。まさかミハエルマンが十年前に恨みを買っていたとは。部下たちも静かに木刀やナイフや金属バットを背中から取り出す。日和は素早く男から逃げようとした。追っては来るが広大な森は行く手を阻んでくれる。しかし逃れられたのはいいものの森はあまりにも広く、日和は迷ってしまった。男たちの草をかき分ける音は確実に近づいてくる。どうするか、日和はひとまず髪をまとめ、ショックガンを取り出した。勉強時間を削ってまでこれを扱う練習をしたんだ、大丈夫だ。日和は自分に言い聞かせた。しかもこのワイヤーは遠隔操作できるのだ。汎用性が高いから大丈夫。日和は必死に自分に言い聞かせ、その場に伏せた。敵は大群、さてどうするか。念のため警察に連絡をいつでも取れるようにする。ショックガンの呼び弾倉はなぜか増えていたが、この大群相手では足りなかった。ショバの全員を集めやがったな、あの男。それでもミハエルマンが来る可能性がある。彼らが来れば助かるかもしれない。だが、本当に母の写真は正しかったのか。それにミハエルマンがいたとしても、ここに来るのがあのか弱そうな少女だったらどうするのだ。フライパンを持ってここに来てもどうしようもない。日和はヒーロが来ることを願いながら、あの少女が来ない事も願った。日和はその少女に見覚えがあった。それは毎日鏡に映る弱い自分の姿だった。
男たちの攻撃を避けながら、きりがないと日和は思い始めていた。どれだけいるんだ。日和は少しずつ体力を消耗し、息を切らしていた。持ってきた剃刀も欠け、ショックガンの残り弾倉も少なかった。しかし日和には秘策があった。
「おネェちゃん、いつまで逃げるつもりだよ」
金属バットが木に振り下ろされ破片が日和の頬を裂く。あぶねぇ、日和は冷たい汗を流しながら思った。膝まで伸びている草は容赦なく日和の足を痛めつけ、まだ癒えていない傷が痛んだ。
「そらそらそらぁ!」
モヒカンの男が素早くナイフで日和の体の周りの空気を裂く。
「くっ……」
流れる血も気にせず日和は走った。
「俺とやろうぜ。姉さん!」
目の前に現れた男の木刀が日和の頭をかすり、髪の毛を数本削いでいく。
木刀が木にめり込んでいる隙に日和は男に蹴りを決めようとするが、何かが飛んできてい咄嗟に避ける。
「何だこりゃ……」
日和の足元にあったのはボーリングのボールだった。ボールはやわらかい土にめり込んでいた。あんなものが当たったらひとたまりもない。日和はすぐさま走り出したが、すぐに足が動かなくなる。もう体力の限界だった。流れ落ちる血と汗が土に穴を穿っていく。もうそろそろか、日和は襲い掛かってくる男たちに一瞥をくれると、
「痺れな!」
その瞬間、数人の男が奇妙なダンスを始める。それを見て日和は不敵に笑った。ワイヤーは遠隔操作できるのだ。それを木と木に結び付けて結界を作り、そこに不良を狩りたて、電流を浴びせたのだ。
「やった!」
日和は叫び、走り出した。そして力尽きてしまった。しかし敵はたくさん残っている。もうだめだ。今度こそ日和はぐったりとした。予備弾倉はゼロ。剃刀はどこかに落としていた。日和は静かに息を吸った。男たちの草をかき分ける音が少しずつ近づいていた。