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EGRIGORII  作者: もてぬ男
7/10

運命の輪~The second generation is SUKEBAN

前回までのあらすじ

 民間軍事企業J・セイバー社に勤める傭兵ジョーカーは、エスプリと呼ばれる米軍兵器によって怪物化した人間を狩る任務を遂行する。それと同一線上で連日の爆破事件が起こり、その首謀者が人生の恩人・一条だったと一条を追うCIAのアルゴから告げられる。しかし、一条は自殺を試み、死体も発見されていたのだが、彼がリーダの組織は彼が生きていた時と同じように動き続けていたのだ。もしかしたら一条が生きているかもしれない、と示唆するアルゴ。そしてアルゴはジョーカーに一条が接触するかもしれないと告げる。その時ジョーカーは一条を殺害できるのか、そうアルゴが尋ねるがジョーカーはそれを否定する。その裏でエスプリを極秘で狩ろうとする米軍と一条がリーダを務めていたCIAが暗躍する……。

<登場人物>

・ジョーカー 民間軍事企業J・セイバー社に雇われる傭兵。荒々しい戦い方をする。

・デカート J・セイバーのベテラン兵士。気さくな男

・カール J・セイバーの情報部。

・アルゴ 敵対するCIAの内部グループの監視をするCIA内の組織「ハウンド」の隊員

・幸司 人魚事件に関わった少年。気弱な高校生

・沙希 人魚事件の犯人。人魚型に変形したエスプリを使用しジョーカーと対峙、下水道で殺される。

・一条 ジョーカーの恩人であり唯一の友人。テロ事件の首謀者である。アルゴ率いるハウンドと対立するCIAと結託している。

<用語>

・環境的騒乱事件 21世紀に起きた騒乱事件。それがきっかけとなり、自然管理社会が誕生した。

・J・セイバー社 米軍が行えない裏仕事を行うPMC。米軍の依頼でエスプリを殺害している

・エスプリ 人間に寄生し、その欲求や意識を具現化させる兵器。米軍が開発したが、実用には至らなかった。意識を具現化と言っても、物質を生み出すことはできない。エスプリのもととなる寄生機械がその人間の外部の物質を取り込んで、それを利用して具現化する。ジョーカーと一条もその旧実験に関わった記録がある。

・闇 ジョーカーたちを追う、凶悪な生命体。正体は不明。

・ハウンド アルゴが所属するCIAの一グループ。ボスの名前からそう呼ばれているのだという。


 私立西高校は偏差値の高い頭の良い高校だ。坂道の上にあるという地形上、校舎から下の住宅街の風景が美しい。また環境的騒乱からも逃れ、味のある校舎がさん然と輝いている。しかも県一番の大学進学率を誇っており、風紀もしっかりしている歴史ある学校だ。だからこそ生徒指導部長である西山も久しぶりの平和を謳歌できると思っていた。しかし、平和は一年で破壊された。西山のつるつるの頭を悩ませる問題が噴出したのだ。うちは進学率が県で一番高い、エリートの高校。風紀もしっかりしていて皆が良い子だ。そんな学校にまさか金髪の不良が紛れ込むはずはない、と誰もが口をそろえて言う。しかし、

「ねぇ教頭脅したかと思ったら今度は集団自殺だってさ、怖~い」

「しってるか、あいつって校長と週に一回SMプレイしてるんだってよ。当たり前だろ、あいつが攻める側だよ」

「あいつと篠崎だけには関わりたくないよな。あいつらまた抗争したんだってよ。怖いよな」

そんなまがまがしい噂を流されるほどの不良生徒が西学校には在籍している。西山は大きくため息をついて、生徒指導部の教室の前に来た。前まで持っていた威厳はもうその背中には宿っていなかった。

「先生!お姉さまは何もしてません」

生徒指導教室の前に集まっている数人の女子生徒は、これから事情聴取をする生徒の熱烈なファン。今では見られなくなったいわゆる「取り巻き」と言うやつだ。

「後でな」

西山はため息をついて女子生徒を振り払う。俺の青春時代のアニメじゃないんだからさ「お姉さま」はないだろ……。西山はため息を再びついて教室に入った。

「お前……今度は何をやったんだ」

西山は疲れ切った目で教師が座るはずのソファーに深く座っている女子生徒に声をかける。

彫の深い中性的な顔。凛とした瞳は恐ろしいほどの自信に満ち溢れ、カリスマ性さえただよわせている。そんな瞳が印象的な金髪から覗いている。金髪は驚くほど種所の体の一部としてなじんでいた。顔に施された自然なメイクは印象の強い目鼻をより印象強くしている。椅子に座る少女は、そこらのギャルとは一線を画していた。しかしそれは何処か危うさやもろさを感じさせた。しっかりし過ぎているのだ。

「何って?何もやってませんが」

口から吐き出されるアルトの声にははっきりとした意思がこもっていた。前の校長は古き良きスケバンの再臨などと言って喜んだものだが、こいつはそんなんじゃない。ただ向う見ずに大人には向かっている普通の不良とは一線を画す、高校生の皮を被った野心に満ち溢れた革命家。刑事というより反逆同盟。そんな高校生の規範から外れた女子生徒、草薙日和。

日和は強面の西山ににらまれても、最初に出会った時と同様全く物怖じしなかった。

「自殺を試みたっていうタレこみがあったんだよ」

「どうせ、篠崎でしょ。あの女……」

やはり似た者同士いがみ合っているのだろう。日和(ひより)はこの学校にいるもう一人の不良女子生徒の名を口にした。

「よくわかったな……じゃないや。お前、本当に自殺未遂してないんだろうな。佐藤先生の件はまだ終わっちゃいないんだぞ」

佐藤先生と言うのは西高校の教頭である。テニス部の顧問である彼が痴漢まがいをしたという噂が流れていたが、それは日和(ひより)が佐藤先生を締め上げて吐かせたからだ。本当だったとは……西山はため息をついて床を見た。そして今度は集団自殺とはどれだけ俺を困らせれば気が済むのだろうか。

「あの野郎は変態でしたよ。あたしの誘惑にもすぐにのってきやがった。まったく酷い野郎です」

「それはそれだ。今は自殺の件だ。お前、やってないんだろうな」

西山は日和(ひより)の瞳をぼんやり眺めた。日和(ひより)は自分の前髪を弄りながらそっぽを向いている。西山はこの生徒が嫌いではなかった。昔の自分のような体制に対して叛逆しようとする態度やエネルギーや自分にはなかったカリスマ性が。今現在、社会に溶け込んだ大人になってしまった自分。妻子を得て職にも就いた自分にはなつかしい過去の自分を思い出せるこの少女が。

「じゃあなんなんだ。その腕の切り傷は」

西山は昔に喧嘩をよくした。だからこそ腕の傷の不自然さがわかる。日和(ひより)の腕に刻まれた傷は明らかに喧嘩でつけられたものではない。

「別に」

日和(ひより)は大きなあくびをして席を立った。いつも付けている似合わない腕時計に隠れているが、手首にはもっとたくさんの傷が刻まれていることだろう。西山には子の少女の持つ闇がわからないでもなかった。しかし、自分のはどうにもできない事を知っている。だからこそ、何も言わなかった。

「おい」

教室を出て行こうとする日和(ひより)に西山はふと声を開けた。

「なんですか?」

「次の期末試験も一ケタ狙えよ」

「はい」

ぶっきらぼうに言うと日和(ひより)は去って行った。最高に頭のいい最高の問題児。それが彼女を形容するのに一番の言葉だと西山は思った。ふと外を見ると、雨を予感させる黒雲が夕焼けを侵食していた。


 日和(ひより)は生徒指導室から帰ると、すぐに篠崎のもとへ向かった。篠崎光莉(ひかり)。自分と似て非なるこの学校を仕切る不良女子生徒の一人。

「やぁ」

体育館裏の古い用具室に篠崎はいた。いつ見てもバットマンのジョーカーみたな濃いメイクだな、と日和は思った。

「やぁじゃねえだろ。てめえ……西山に何をうそぶいたか知らねえが、何のつもりだよ」

「知らないな。そんなことは」

篠崎は優雅に紫煙を噴き出す。夕焼けが毎月変わる髪―今は茶色―を照らした。

「私は自殺なんかしてねぇし、あんたともかかわる気がねぇ。頼むから放っておいてくれ」

「嫌だ」

篠崎は小さく笑って言った。扱いなれているのだろう笑ってもタバコの灰は落ちることがない。

「……あたしに何かあるなら言えばいいのに」

日和は歯ぎしりしながら照れ臭そうに言った。しかし篠崎はそれを無視して、

「怒った顔もかわいいね。あんた」

「知るかそんなこと。あんた違って鏡を何時間も眺めているわけじゃないからわからんな。せいぜい20分ってところさ」

ふぅ、とため息のように紫煙を吐き出す。その仕草はどこかエロテックだった。『斜陽』のお母様を日和は連想していた。

「そう言えば、てめぇまた男変えたんだってな」

「あ」

その事実に今気が付いたかのように篠崎は幽かな声をあげた。

「そうだった、そうだった。てか何であんたんそんなこと言われなきゃならないわけ」

あなたなんかに、と篠崎は怪しげにほほ笑む。日和はその言葉に動揺を隠せなかった。篠崎は顔に笑みを張り付けたまま、素早く日和の弁慶の泣き所に蹴りを入れてきた。日和は激痛で座り込む。絞り出すような声が漏れる。

「高校生になってもイチゴのパンツとぁ、笑えるな」

篠崎がさっと日和に接近する。やわらかい唇が頬をなでる。大きく空いた胸から金色に輝く十字架が見える。

「何しようがあたしの勝手だろうが」

痛みで物言えぬ日和に篠崎は紫煙を吹きかけた。

「待ちやが……」

日和が言うより早く篠崎は去って行った。

「ちくしょ……」

日和は立ち上がり、ふと空を見た。黒くなっていく夕焼けがなぜか日和に悪寒を与えた。


「あなたはひとりじゃないわ」

穏やかな声が降ってくる。泣いてばかりいた頃の自分を助けてくれた少女の声。

「この時計があなたの命を刻みますように」

ふわふわの金髪のお人形みたいな女の子。たった一人のあたしの友達。哀しげな瞳。彼女から貰った時計。孤児院の記憶。ベルの呼び出し音。


目が覚めると時計を握りしめていた。日和(ひより)はぼんやりとソファーから起きると周りを見渡した。夢の少女の感触がまだ残っていた。あの温かみが柔らかく手を包み込んでいる。ふと自分が起きた理由を思い出して自分のスマホをいじる。すると数秒前に知らない電話番号から電話が来ていたことを記録が物語っている。篠崎の嫌がらせか、と日和は眉をひそめた。少し間を置くとまたスマホがなり始めた。日和は疑心暗鬼にさいなまれながらも電話に出た。

「やっと電話に出たね」

聴こえてきたのは見知らぬ性別がわからないようにカムフラージュされた音声。しかも画像表示が設定されていない。サウンドオンリーの文字。日和は思わず口をつぐむ。

「まぁ驚くのも無理はないね」

「……何かようですか?間違い電話では?」

すかさず言うが、性別不明の音声は明快に、

「君は草薙日和さんでしょ」

「違います」

「いいや。君は日和さんだよ。我々の調査はついている」

やはり篠崎の布石か、と日和は電話を切ろうとする。しかしすぐに切れないように制御されていることに気が付く。一瞬誰かに見られている気がしてぞっとした。

「日和さん。私は貴方に危害を加えようとは考えていない。貴方に重要な連絡をしたいのだ」

日和は舌打ちをして、電話に耳を向けた。

「重要な連絡って?」

性別不明の音声は息を吸って、

「これから何らかの重大事件が起こる可能性がある。またそれに付随した事件が起こる可能性がある」

「事件?」

「何かはわからない。だが、何か起こる。だからこそ、今日は内を出るんじゃない。危険だ」

それは無理だった。今日はちょうど惣菜が切れているのだ。これからスーパに行かなくてはならない。

「無理ね」

日和は立ち上がり、スーパーに行く支度を整え始めた。

「なら外にいる時間はできるだけ短くするんだ。頼んだぞ」

「わかったわよ」

まさか家に私を固定することで誘拐を円滑に行わせようとする犯罪者か、などと考えたが妙に紳士的な態度に日和はおかしさを感じる。

「後、君がいつも身に着けている物が当局によって武装に改造されている。もし危険がせまったらそれを使うんだ」

「武装?」

一気に日和の頭がこんがらがった。誘拐犯化と思えば武器を渡して身を守れと言ってくる。全くおかしな犯罪者だ。いやもしかしてプレデター的な武器を渡すことで狩りを楽しむ的な輩の犯行なのか、日和は自分が泥まみれで松明を振りかざしている姿を想像して笑いし出しそうになった。しかし、それでは家から動くなと言うのはおかしい。日和の家は狭いアパートだ。ここでは全くプレデター的な狩りは楽しめない。性別不明音声の目的がいまいちつかめないまま電話は切れてしまった。

「ありゃ……」

日和は表示を消して買い物に出かけた。


 重大事件、か。お腹すいたなぁとぼんやりと空を眺めながら、日和(ひより)はさっきの電話について考え始める。夕方の臭いがする。家の明かりが付く。ここはカレーか。ここは魚か。ここは……日和は他人のうちの臭いを嗅ぐのが好きだった。自分にはない「うち」のにおい。カラスがゆっくりとそれを横切る。カラスも家に帰るのかな。今日は揚げものが安かったのでから揚げを買ってきた。日和の住んでいる場所は都心から少し離れた住宅地で夕方は人が少ない。ぼんやりとすぐ行く人を眺めながら日和は歩く。重大事件なんて言っても全く思いつかないのは想像力がないからなのか。日和は何を思いつかないままアパートに戻り、何時もの通りにテレビをつけて食事の準備を始めた。適当にニュースを見始める。

『17日にアフリカの○○で起きた民間軍事企業J・セイバー社による行為は内政干渉とみなされ―』

ぼんやり興味のないニュース見ていると、いきなり表示が変わる。いきなり何かのニュース映像が始まる。日和は度肝を抜かれて画面に釘つけになった。何かの事件らしい。ニュースキャスターが強張った顔でニュースを読んでいる。

『番組の途中ですが緊急のニュースをお送りします。今日、午後6時47分に東京都○○地区のビルが爆発した事故が起きました』

日和は思わず持っていたリモコンを落としそうになった。

『現場は黒い煙がもくもくと立ち昇っており……』

電話の重大事件ってまさかこの事じゃ……日和の背中を冷たい物が這う。

『政府は大規模なテロ事件とみており……』

日和は驚き、さっきの電話番号に電話をかける。電話をかけながら、日和はめまぐるしくチャンネルを変えた。番組はすべからく爆破のニュースが上書きされていた。

「おかけになった電話番号は現在使われておりません。電話番号が―」

「嘘でしょ……」

日和は電話を切り、テレビ画面を見つめた。

『大きな爆発が起きました。現場付近は煙で覆われており、警察と消防が―』

『いまだに犯行声明は出ていませんが、政府はテロ事件と―』

泣きじゃくる子供。煙にまみれた人。行方不明者などのテロップがテレビで流れている。嘘でしょ……。重大事件が起こる可能性がある。日和はぼんやりとから揚げを見つめた。から揚げはすっかり冷たくなっていた。


 学校に着くとやはりあの話題で持ちきりだった。地下鉄サリンや9.11を連想させるテロが平和ボケしていた日本で起きた。それが話題にならないわけがない。

「テロなんでしょ。怖いよね」

「でも犯行声明はないらしいじゃん」

いつも行動しているトリオで話をしていたのだが、日和はいつもと同じく二人の話を聴いていた。

「ねぇひよはどう思う!」

二人が一気に話しかけてきて、言葉がはもる。

「どうって……別に」

さっきのセリフの通りに爆破後に何かの犯行声明が行われることはなく。しかし、何かの自然的な現象や事故が爆発の原因ではない事は現場検証から解明されたのだという。ならばなぜ爆破など行ったのか。それが朝のニュースの議論でもちきりだった。退屈で退屈で仕方のない日常をぶち壊してくれる現象としてテロに妙な期待がないと言えばウソだった。クラスの皆が浮立っているように日和もどこかテロに期待していた。

「ねぇひよ!」

「ああ、ごめん……私としては―」

日和が言いかけると同時に担任の教師が教室に入ってきて、話は中断された。


 妙にあのテロ事件の事が頭から離れなかった。もちろんそれはあの性別不明音声の電話のせいだった。もしかしたら私はテロ事件の犯人と話をしたのかもしれない。あの電話の主はこれから起こる爆破事件を予測して見せたのだ。ふと日和はそんなことを考えてぞっとした。

『私はね、今回のテロ事件は20年前の<高校生暴行事件>に類似していると思うんだよね。犯行声明がないのとか同じだし。それに前に女子高生の連続失踪が起きてるわけだから、今年は厄年かなと思っちゃうわ』

日和はふとニュースから聞こえてきた音声に耳をそば立てる。

『確かに似てますよね。あの事件不気味だったなぁ。私、あの事件のころ高校生でしたけれど、犯人の動機とかわからなかったでしょ、でも淡々と事件は起きていて怖かったです』

女子アナウンサーが震える動作をして話をしていた。日和は女子アナウンサーの年齢を表示させ、さばを読んでいることに気が付いて失笑した。

日和は興味本位で<高校生暴行事件>のリンクを手繰り寄せることにした。確かに最近起きた女子高生と政府の高官の失踪事件は耳にタコができるほど報道されていた。娘の死を受け入れられず、カメラの前で慟哭する母親が印象的であった。もしも私が死んだら母親は泣いてくれたのだろうか。日和が無意識に指を動かすと、テレビの音声はそのままでリンク画面が表示される

『高校生暴行事件とは日本の未解決事件の一つであり、犯行当時、犯人の動機などが一切不明確であり犯人像などを警察が予想できなかったことでも有名である』

日和はそんな事件が自分の生まれる前に起きていたのだということが不思議だった。

『犯人像を予想するなどの類似性からメディアが事件を盛り上げたため、日本のゾディアック事件とも言われている』

日和はゾディアック事件についてぼんやりとだが知っていた。ゾディアック事件とは1970年代に起きた連続殺人事件であり、未解決事件であると共にメディアが謎解きゲームのように事件を展開させたことや犯人が新聞社に犯行声明を送ってくるなどという奇行が大きく印象的な事件だ。

『また高校生暴行事件ではインターネットの掲示板で犯行予告や犯行後の写真が張り出されたことから大きく話題となった』

日和はおかしな事件もあったんだなぁ、程度の認識であまり今回の事件との共通性がないことに気が付き、ウインドウを閉じた。しかし、もしかしたら自分が話をしたのは<高校生暴行事件>の犯人なのでは、という考えが再び事件を日和に調べさせていた。今度はネットの掲示板を見てみようと日和は考え、事件に関する掲示板の量に圧倒された。そこには知らない情報を多数あったが、信憑性にかけていて日和はぼんやりとしか見ていなかった。しかし、ひとつの文章が日和の眼を釘つけにした。

『あの当時、ミハエルマンとか言う自称ヒーロが現れたりしたよな』

『ああ、知ってる。俺、写真で見たことある』

『あいつらの正体って高校生らしいよね』

『約束の地で待つ、だっけ』

『あの時期の日本はいかれてたよな。「第三高校殺害事件」だろ「沖縄少年銃撃事件」後この「高校生連続暴行事件」高校生の事件起こりすぎ』

『第三高校殺人事件と高校生暴行事件だけかなり大きく取り上げられたよね』

『あれだろ、銃撃事件はヤクザの銃だったって話らしいし、主犯も捕まったよな』

日和は夢中で文章を読み漁った。しかし、すぐになぜ自分がこんなものに夢中になっているのか分からなくなりウインドウを閉じた。日和は深呼吸をして、瞼を閉じた。何か自分は忘れている。何か重要なことを。母親の笑顔。古っぽい制服。写真なんて言うアナログな紙媒体。そうだ、母の写真。日和は椅子から飛び起き、タンスを漁った。叔母のがらくたばかりがごちゃごちゃと位置を占めている。

「あった!」

日和は古いアルバムを取りだした。埃で咳が出た。写真と言う代物がまだ立体加工やズーム機能、時期記録機能等を備えていない時代の紙でできた写真。日和はそのもろさにびっくりしながらアルバムをめくる。するとすぐに写真は見つかった。日和を置いて行方不明になった母親の高校生時代の写真。母親と思われる地味な女子を中心として4人の男女が微笑んでいる。

「あれ、これって映像じゃないのか」

日和は思わずそのアナログさに驚きながら、写真に目を凝らした。写真の中央で恥ずかしそうに笑っている女性、短髪で地味な中性的な顔をした女の子。周りにいる女の子の方が全然かわいらしくて日和は苦笑いした。その日は久しぶりに母親の夢を見た気がした。


 ビル爆破事件から数日後、日和(ひより)は何時もの通り人気の少ない―国土交通省の統計上のデータから知った情報―道を進んでいた。日和には取り巻きがたくさんいて鬱陶しいのでわざと人気の少ない道を進んでいるのだ。いつものように「一緒に帰りませんか……先輩」なんて同学年の子から言われたら日和でも傷ついてしまうのだ。道、というより昔は小さな印刷場だった廃墟に入ると埃の香りがした。泥にまみれた紙が散乱していて、夜には絶対来たくない場所だ、と日和は思った。工場の上にある割れた窓からうっすらと夕焼けの赤い光が工場内を照らしている。茶色くなったカレンダーが風で揺れていた。この雰囲気が日和は嫌いではない。しかし、場所によっては真っ暗の場所もあって少し不気味だな、と日和は思った。思った瞬間、闇が動いた気がした。明らかに自分より大きな生物が闇の中で動いたことがわかった。日和は怯え、外見に似合わない悲鳴を微かにあげた。しかし、すぐに落ち着きを払い、

「なんだてめぇ、正々堂々としやがれ!」

日和の叫び声は廃墟に大きく響いた。廃墟の近くには人気がないので誰も驚かない。

「さすがだね。私に気が付くとは」

影からのっそりと眼鏡をかけた男が出てきた。男の黒いスーツは男に恐ろしいほどなじんでおり、その姿はカラスを連想させた。闇から生まれたといっても不思議には思わないだろう。全身から針のような殺気を放っている。

「なんだてめぇは……」

普段、大人には形式上礼儀正しい日和だったが、この異常な男には礼儀正しくする気にはなれなかった。男は陰に隠れていたには体が大きく、日和はその大きさにぞっとした。ぎょろり、と目だけが別の生物のように動く。

「君が……欲しい」

男はふっと不気味に口をゆがめ、懐から刃渡り30センチはあるナイフを抜いた。闇が一瞬ぬるりと歪んだように見えた。黒いスーツの中で何本ものナイフが光り輝いている。夕日が男のナイフを赤く照らす。ナイフは血を求めているかのように輝いていた。その輝きには恐ろしいほど殺気に満ちていた。

「お……お前」

日和は思わず震えた。まさかこいつが女子高生連続失踪事件の犯人じゃ……。

「抵抗しなければ危害は加えないよ。さぁ私の言う通り―」

亡霊のように微かで低い声。男が言い終える前に日和は逃げ出していた。

「全く、おてんばだね。日和さん」

なぜ私の名を知っているのだ、と日和はぞっとする。男は見かけによらず足が速く、すぐに日和に追いついた。

「くそっ!」

スケバンだから喧嘩が強くて運動神経が良い、というのは日和には当てはまらなかった。日和は少し運動が苦手であった。男は巧妙に日和を廃墟の隅に追い詰めていく。これじゃ袋のネズミじゃないか、日和の額を汗が伝った。男の顔が少しずつ近づいてくる。まさかこいつが女子高生連続失踪事件、もしくは<高校生暴行事件>の犯人ではないか、と思い日和は震えた。もしかしたらあの爆破事件の犯人、もしくはあの電話の声緒の持ち主かもしれない。どちらにしろ最悪だ。

「ちくしょう!」

日和は適当に学生鞄をふるった。犯人はそれを簡単に避け、ナイフを振った。空間ごと切り裂くようにナイフが振るわれた。

「うっ!」

気が付くと日和の手が浅く切り裂かれている。日和は腕をかばうように掴んだ。傷から血がじんわりと滲む。日和は恐怖で震えた。

「このナイフには麻痺毒が塗り込まれている。痺れるだろう?」

男はまた唇をゆがめさせた。日和は初めて男が笑っていることに気が付いた。男はゆっくりと動き、ちょうど背後が夕焼けになるように動いた。顔が真っ黒に塗りつぶされた男はとても不気味で、日和は震えた。

「い……いやぁ」

日和は恐怖で震えた。しかし、その悲鳴も人気の少ないところでは意味をなさなかった。悲鳴は静寂に吸い込まれていった。夕焼けが血のように真っ赤に輝いていた。

読んで頂きありがとうございました。始まりました2部! これとジョーカーの物語がクロスオーバしていく、という予定です。これからもよろしくお願いいたします。

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