襲来
「主が、『名は何か』とお尋ねになると、それは答えた。『俺の名はレギオン。なぜなら俺は、大勢だからだ』と」
暗闇の中で男の顔がぼんやりと緑に照らされる。男の顔はげっそりしていたが、その眼だけは狂気と思えるほど意思に満ち溢れている。男は静かに懐からカードのような物を取り出して、何かにかざすと光がともる。光が溢れ現れたのは神経質とも思えるほど白で満たされた研究室だった。神経質な白は神経質に並べられた研究用の用品や薬で構成されている。男はさっと周囲―広い研究室―を見渡して笑う。そして顔に笑みを張り付けたまま、男は研究室を出ると隣の部屋に入る。その部屋は穏やかな音楽と規則正しい音で満たされていた。男は愛しげに周囲を見る。男の視線の先には真っ白な豚たちが規則正しい寝息を立てて寝ていた。時々鼻や耳が揺れ、とてもかわいらしい。
「お前たちは物じゃないだろう?」
男の瞳はまるで自分の子供を見つめるかのように穏やかで安らかだった。
「さぁ行こうか優香」
男は愛撫するように自分の腹をなでた。男は静かに目をつむると勢いよく目を開け、静かにポケットから注射液を取り出した。それを一匹の豚に差し込み、中の液体を注入する。針はとても細く、豚は注射をされたことに気が付かない。
「さぁ……光あれ」
男は狂気的な笑みを浮かべ、腕を握りしめる。そして笑みを顔に張り付けたまま部屋から出て行った。再び部屋が真っ黒に塗りつぶされる。豚に異変が起きたのはそれから数分後だった。注射をされた豚はもがき苦しむかのように震えながらぶくぶくと以上に膨らんでいった。
黒い蔓がジョーカーの体に絡みついてくる。それは恐ろしいほどに冷たく生気を欠いていた。辺りを見回すと永遠のような闇が広がっている。影と闇だけがジョーカーの周りで蠢いている。
「僕たちはずっと一緒だ」
蔓は口を開けるように裂けていき、それは蛇を形作っていく。蛇はあの男の声でジョーカーに話しかける。ジョーカーは身体を動かそうとするが体が動かない。自分の意思をまるで寄せ付けず、自分の体ではない気さえする。蛇はジョーカーの体を蝕み、融合していく。ジョーカーの体にぐるぐると絡みつき、ジョーカーの皮膚と融合していく。ジョーカーは焼けつくような激痛を感じた。蛇は再び口をあんぐりと開け、何かを吐き出す。それは数日前にジョーカーが喉を食いちぎった少女の顔を作る。
「いたい……やめて…ころす。ころす。いたい」
少女は感情の抜けた声でうつろに話す。違う、俺は楽しんでなんかいない。俺は生きたいだけだ。ジョーカーの視界が真っ黒になる。闇が輝き、蛇の顔が形を変える。
「あんたなんかいらないわよ!」
蛇の顔は激しく歪み、崩れてジョーカーの母親の顔を形作る。母親はヒステリックに叫びながら、顔を歪める。瞳が両方ともそっぽを向き、口からはあぶくが出てくる。
「あんたなんかぁあああ」
母親の顔は崩れ、先日殺した少女の顔がえぐりだされる。歯と目と鱗が混ざり合い、カオスを描く。そしてジョーカーと一体化していく。ジョーカーが食われていく。
「僕たちは一人だ」
あの男が現れ、静かにほほ笑む。その表情は和やかで顔は天使のようだった。
「やめろぉおおおお」
ジョーカーは叫び声をあげて飛び起きた。そのまま洗面上に走り、ジョーカーは腹の中の物をすべて吐き出す。鏡を見ると自分ではない男が映っている気がする。もう一度吐くと感覚がはっきりとして、映っているのが自分だと思えるようになる。芋虫の時はそうでもなかったのだが人魚戦から恐ろしい吐き気に襲われるようになった。体調管理は万全のはずだ、ジョーカーは口を拭う。悪い夢のせいだろう、ジョーカーは納得し部屋に戻る。部屋は恐ろしく暗かったが、カーテンの隙間から光が差し込んできた。ぼんやりとカーテンを開け、目を細める。眼下に広がる平和な日常。しかし、何も俺にとっては変わらなかった。あの戦場と。ジョーカーは清潔なビル群を睥睨する。その形相はまさに鬼そのものだった。ここだって何も変わらないじゃないか。ここでも俺は笑い続けなければならないのか、笑い倒して笑い死ななければならないのか。
『いけません!啓二さんの心理傾向が―』
ジョーカーは騒ぎ出すSAPを黙らせると、ふと召集のマークが携帯端末から浮かんでいることに気が付いた。端末を取ると低い男の声が聞こえた。
「9時に端末にロードしておいた地図の場所に来い。新たな作戦の計画を立てる。遅れるな」
新たな作戦。ジョーカーはその響きに喜びを感じずにはいられなかった。俺の生かす者が現れるかもしれん。ジョーカーは一人微笑むと、地図の場所に向かった。
地図の場所につくと、そこは地味な空き倉庫だった。都市から少し離れた場所でひっそりと佇んでいる。こんな物がまだあるのかと思いながらジョーカーは空き倉庫には入った。倉庫中には大きな机を挟んで数人の男がモニターを眺めていた。その中にマイクの姿も見える。ジョーカーは本能的に男たちが同族であることを悟った。日本にいることがおかしい輩。
「やぁ君がジョーカーだね」
一人が英語で尋ねてくる。ジョーカーは頷きモニターのすぐ近くにいる男を見た。そこには余分な脂肪など一グラムもないほど痩せた精悍な男がいた。
「こちらは今回の仕事の依頼主のカール氏だ」
マイクが紹介する。ジョーカーは軽く会釈をしてテーブルに座った。
「やぁ君がジョーカー君か。J・セイバー社での活躍は聞いているよ」
カールと言う男は軍人らしからぬ柔らかな微笑みをした。ジョーカーは席に座り、他の面々と同じようにモニターを眺めた。すると倉庫の扉が開き、ひとりの女性が入ってきた。ジョーカーと同じく日系だ。
「集まったようですね」
女性は業務的に笑い、机に座った。小奇麗に整えた髪の毛が揺れる。
「あんたは?」
ジョーカーと一番離れた席に座っていた男が尋ねる。基本的に軍属しか信用しないタイプだ。しかし、そのようなタイプが緊急時に一番頼りとなる。
「私はJ・セイバー社企画部のセブリンと申します」
セブリンは皆に微笑みかけた。セブリンが席に付くと、カールが咳払いをして、
「ジョーカーはもう邂逅したが他の面々は初めてだろう。今回のターゲットはある組織が造り出した生物兵器だ」
生物兵器という言葉に男たちは眉ひとつ動かさない。ジョーカーは訓練された連中だ、と一瞬で感じ取った。セブリンはカールに促されて静かに立ち上がり、
「これがジョーカー氏によって記録された生物の記録です」
モニターに排水を泳ぐ人魚の姿が映し出された。ジョーカーが殺した少女。グロテスクに体をくねらせる人魚を見ても男たちは何も言わなかった。セブリンはそれを見て安心し、
「今回の殺害対象はこれです」
セブリンはモニターを操作しておかしな動画を挿入した。それは何十匹と言う豚が清潔な檻に入れられている映像だった。
「これが今回の敵か?」
あの男が再び眉をひそめる。セブリンは微笑んで、
「いいえ。これと同種の生物です、4時間前に義臓器メーカーの大手、ハダリ社の養豚場で依頼主が生物兵器の反応を察知しました。そして我々、J・セイバーがその駆除を委託されたのです」
「なぜ、依頼主は自身で駆除しないのだ」
さっきの男がいかつい顔面をセブリンに向けて言う。セブリンはそれを笑みで返し、
「それは極秘事項となっております」
そんなセブリンの態度を見て男はため息をついた。J・セイバーは米軍御用達のPMC(民間軍事企業)だ。しかも生物兵器と言うワード。これさえそろえばこれがやばい任務だということが簡単にわかる。
「それで奴の情報は?」
男はため息交じりにセブリンに訊く。
「これをご覧ください」
セブリンはモニターを操作してぼやけた生物の写真を貼る。その生物は一目で豚とは比べ物にならない大きさだった」
「ハダリ社の養殖豚との関係は?」
別の兵士が尋ねる。セブリンは同様一つせず、
「生物兵器によって汚染され、変異した養殖豚が今回のターゲットです」
「おい、ジョーカーさん。あんた芋虫と人魚と戦ってどうだったんだ?」
よく質問していた男がジョーカーに話しかけてきた。セブリンの時とは比べ物にならないほど和やかな表情だった。
「厄介な敵ではあったが、人数で攻めれば敵ではない」
ジョーカーはにやりと微笑んだ。男はそれを見て笑い、
「俺はデカートだ」
手を差し出してきた。ジョーカーはそれを握りしめた。固くて粗野で暖かい戦士の手だった。
「それで、なんで俺たちがわざわざ集まらなければならんのだ」
一番奥に座っていた男が静かに目を開けた。彼はこの会議の間、ターゲットを見るとき以外はずっと目を閉じていたのだ。4人の兵士は一瞬にしてカールとセブリンを見る。デカートとマイクは目に疑いの色を浮かべていた。ジョーカーは全く気にしていなかった点を指摘され驚いた。よく考えれば今までの作戦は作戦の内容や資料がすべて視覚と携帯端末に送られていたのに今回は違う。確かにこれはおかしい。ジョーカーは静かにセブリンを見る。どこかミステリアスな雰囲気をたたえる東洋系の美女は無表情を崩さない。
「簡単さ。私たちの情報を傍受する連中がいるからだ」
静けさを破ってカールが話し出した。軍属でありながら奇妙に体の細い男は低い声で話し出した。あの電話の声だ。
「連日、爆破テロ事件が起きているのは皆も知っているな」
ジョーカーはニュースもSAPのお勧めも見ないので全く情報には疎かった。ジョーカーは初耳であることを悟られぬように表情を作る。
「彼ら、もしくはそれを援護する公式団体が我々の行動を監視し、電子システムの情報を傍受し工作を仕掛けてきている」
「他のPMC(民間軍事企業)か?」
デカートが眉を細めて訊く。
「このPMC激戦時代だ。確かにありえてもおかしくはない」
カールはふっと不敵に笑い。
「CIA(中央情報局)の残党だ」
一瞬皆におかしな雰囲気が流れる。CIAと言えば半世紀前までは諜報組織、つまりスパイ集団の中で頂点に君臨していた組織だ。しかし、今ではすっかり落ち目の組織になってしまった。NSAや米軍情報部の発展やPMCの爆発的増加がその仕事を奪ったのだ。今はPMC内に諜報部が存在する時代なのだ。冷戦の遺産のごときCIAが諜報畑を独り占めできる時代は過ぎ去ってしまったのだ。
「何を言うかと思えばCIAとは……でその冷戦の遺産がどうしたんだ」
会議中に目を閉じていた男が笑う。
「ルーシャス、だったかな。君はCIAを過小評価しているようだね」
カールは男を咎めると目を細め、
「彼らは再び諜報の世界で頂点に立とうと考えている。その実力も伴っているよ」
「それと連日爆破事件に何か関連が?」
ルーシャスと呼ばれた男が核心に迫る。カールは一瞬、眉をひそめ、
「我々はCIAとテロを起こしている組織が繋がっているとみている」
つまりカールらJ・セイバーの面々はCIAへ情報漏えい懸念してデジタルではなくアナログのやり方で作戦会議を開いたというのだ。アナログの情報なら漏れる心配がぐっと少なくなる。J・セイバーは米軍と密接なかかわりがあることを考えれば、カールはJ・セイバーの諜報部か米軍情報部なのだろう。米軍情報部が極秘作戦をCIAに握られないため現場に現れたのだとすれば一触即発の事態というわけだ。もしかしたらCIAの差し金と作戦時に邂逅する可能性もあるな。ジョーカーは拳を握りしめた。俺は生き残ってやる。
ジョーカーは作戦領域の地図を睨みつけて気難しい顔をしていた。今回のターゲットが現れるのはハダリ社の周囲の広大な森林だ。森林では基本的に遭遇戦となる。遭遇戦は恐ろしいほどの集中力と技量や判断力が必要となる。対象Lが見つかるまで続けるというのは流石に酷だった。ジョーカーたちは衛星からの記録から考えだした詮索ルートを確認し、装備の準備に取り掛かる。作戦は今夜に決行される。ジョーカーたちは会議を終えるとすぐ車で目的地を目指した。
「しかしまぁあれだな。なんでこんなことになるかな。養殖豚が」
デカートが自身の銃を点検しながらぼやく。ジョーカーは養殖豚と言う言葉の意味がわからず、デカートに訊いた。
「養殖豚ってのはあれだよ、臓器移植に使う臓器を体内で生成することのできる豚だよ」
養殖豚のおかげで世界中のドナーは助かったんだ、とデカートは笑う。妙にばかにしたような笑い方だった。知ってるかよ、一昔前までは臓器がなくて死ぬ人もいたんだぜ。
「しかし、人工筋肉の発達は軍用に進化してると聞くしな。俺たちにとってすれば迷惑だぜ」
ばかにしたのは、この理由のせいだったのか、とジョーカーは納得した。
「第一、この作戦で養殖豚の軍事的な価値がわかるんだぜ。それにハダリ社は養殖豚暴走の原因を探りたいから死体が欲しい。しかし、我々は死体をハダリ社には渡せんらしいしな」
もし死体がハダリ社に渡れば米軍の極秘情報が漏えいする可能性がある、ということだ。
「現在、対象Lは巨大化を続けているそうだ。共食いをして巨大化しているらしい。ひでぇ話だ」
資料で見た対象Lは少し大きなイノシシのような姿をしていた。デカートの言葉にジョーカーの心が疑問を投げかける。俺たちは、人間は、戦争と言って大義名分を掲げて共食いをしているじゃないか。互いの正義の正しさを主張して無益な殺し合いをしているじゃないか。その方が十分酷い。ジョーカーはあの芋虫の事を思い出す。自分の正義を押し通すために未来の詰まった女子高生を数人惨殺したあの男を。正義が人を殺すんだよ。ふとジョーカーの心の中であの男の声がする。孤児院でいつも自分を正しさに導いてくれたあの男の声。
「もうすぐ着くらしいが、何で標的のコードネームがLなのか理解できんな」
デカートは、お前わかるか、と訊いてくる。しかしジョーカーは全く分からず首を振った。ジョーカーは学がないのだ。しかし、これから始まる祭りに学は要らない。
車から降り、森林に侵入する。空が少しずつ黒くなっていく。4人も森林戦の戦化粧を素早く染ませる。化粧を終えると4人は颯爽と森を進んでいく。土の臭いが兵士たちの鼻をくすぐる。ルーシャスは進みながら探知機を地面に埋めていった。今回の任務は盗聴、傍受の可能性から光学コンタクトレンズ等の使用が許可されていなかった。4人は古い暗視装置を装着して周囲を見る。また現在位置などの情報の発信も禁じられており、ジョーカーたちは野生の本能に頼るしかない。次回の任務までには傍受や盗聴などの破壊工作への対策を取ってもらいたいものだ。前世紀までの戦闘方式に苦しむ兵士たちを見て喜ぶように風で木々が揺れる。頭上からの無人機による支援も期待できない今回の任務はまさに過酷だ。昔ながらのコンパスと地図とのにらめっこである。ジョーカーは旧式装備に違和感が付きまとう中、森林を進んでいた。しかし妙に任務に力が入らない。誰かに見られている気がするのだ。妙な気配が全身を駆けずり回る。しかも人魚と戦った時同様に吐き気がする。前日の体調管理は行っていたはずだがな。ジョーカーは吐き気をこらえ進む。1時間程度進むと皆で休憩を取った。ぼんやりとハダリ社の養殖場が輝いているのが見えるなか、兵士たちはあるものを見つけて戦慄した。それは足跡だった。異常なほど巨大な足跡。地面が押し潰され、えぐり取られているさまは、まさに恐怖が具現化されようであった。
「こいつは……」
デカートが思わず声をあげた。巨大な二本の蹄。それは人間を嘲笑するような自然の猛威を表していた。しかも、足跡は一つのみで明らかに兵士への警告を表していた。やろうと思えば対象Lは足跡を付けずに行動できるのだ。だが人間との戦闘を避けるべく足跡を付けた。地面に穿たれた一つの足跡は明らかに対象Lの高い知能を表していた。足とはその生物の体重を支えるため、逆算すればその生物の体長を出せるのだが、Lの足跡は明らかに異常だった。そんな生物に激突されれば無事では済まされないだろう。兵士たちは普通とは違う恐怖を体感していた。皆が顔を合わせた。しかし、やるしかないのは皆がわかっていた。兵士たちは無言で動き始めた。
正仁はふとハダリ社の寮で目を覚ます。あの時と同じように。若干の後悔と喜び。
「大丈夫だってさ、まだまだ生きられるってお母さん安心しちゃった」
正仁の脳裏に少年時代の思い出が鮮烈に蘇る。真っ白な病室でただ死ぬのを待つ生活。母の下手くそな優しい嘘。僕はあと2か月も持たないだろう。
「なーに暗い顔してんのよ!」
しかし正仁は哀しくないし絶望もない。いつも幼馴染の優香が来て、元気づけてくれるからだ。優香は暗い正仁を何時も元気づけてくれるのだ。だからこそ正仁は生きていれた。ドナーがいなければ死ぬという自分の運命を受け入れるかもしれない、と思えた。
「あたしさぁ、看護師になりたいなぁ」
何時ものようにふと優香が呟く。なんで、と正仁が訊くと、
「誰かを助けられる仕事って素晴らしいと思わない?」
優香は太陽みたいな笑顔を見せる。正仁はそんな笑顔を見られない。正仁は優香が好きだった。恥ずかしくて目も合わせられない。彼女のようになりたいと思った。しかし、ある日突然、優香は死んだ。前世紀にほぼ駆逐されたはずの交通事故だった。優香は死んだ。その暖かい肉体と正仁を残して。優香の両親や正仁は「脳死」という言葉を受け入れなかった。優香は生きている。機器さえあれば暖かい。しかし「優香」という意識は消えていた。看護婦になるんじゃなかったのかよ、ナース服で僕を悩殺するんじゃなかったのかよ。正仁は絶望した。生きる希望をすべて失った。そんなある日、優香の両親が優香を臓器提供のためのドナーになれることを正仁に明かした。正仁は困惑した。優香を殺して自分が生きるなどエゴも良いところだった。しかし、生きたかった。そして正仁は生きた。
「あの子は正仁君の中で生き続けるんだよ」
ドナーになるのを決める前、優香の母親が泣き崩れるのを見て優香の父が放った言葉だ。母親も腕の中で必死にそれを受け入れる。正仁は寮で当然目を覚ます。あの手術後と同じように。優香の両親の決意を無駄にはしないと強く決意する。環境的騒乱事件後に『自然を管理』というキャッチで有名になった環境管理団体支援企業体のひとつであるハダリ社。正仁がそのハダリ社に入社したのは優香の思いを受け継ぐためだった。しかし、正仁は優香の思いを受け継げなかった。自分で内臓を薬物や酒で壊しては内臓を取り換えようとするセレブや豚の命を何とも思わないレピシエントたちへの憎悪だけが膨らんでいった。俺はあの時の優香の両親の選択を、人間が臓器移植を始めて以来のドナー親族の決意を守らなければならない。豚たちへの感謝の気持ちを、命への感謝を忘れさせてはならない。
「俺ならできる」
正仁はこっそり持ち込んだショックガンをタンスの裏から取り出し、研究室に向かった。研究室に入る前に警備員にボディチェックを受ける。腕時計型のショックガンは小さいのでばれないが威力と弾数が少ない。警備員の切り抜け、研究室に入り時計を見る。今頃は養殖豚の一匹が暴れて皆の注意をひいてくれていることだろう。正仁は昼間、大量の猟犬ロボットが森に放たれるのを見ていた。研究室につくと計画通りに隙間に仕込んでおいたウイルスのカプセルを取り出す。カプセルを取ると、素早く研究室から出る。カプセルは素早く専用の機械で脇腹に刺す。
「ぐっ……」
正仁は痛みに耐えながら歩く。怪しまれない程度の最高速度だ。もうすぐだ。もうすぐ寮だ。
「ちょっといいですか」
待ち構えていた警備員が正仁を止める。正仁はいつも通り両手を上げ、警備員の手に体を任せる。警備員の手が形式通りに正仁の体をポンポンと叩く。いつも通り……いつも通り。正仁は警備員の手が脇腹を叩くのを見て、歯を食いしばる。いつまで続くんだ……。脇腹を激痛が襲う。脇腹の肉を裂いて無理やり押し込まれた異物が周りの肉に当たる。焼けるような激痛が正仁を襲う。しかし正仁は耐えた。
「もういいですよ」
警備員が愛想笑いをした。正仁も頭を下げ、寮に戻った。やったよ優香……表情を緩めぬように部屋に入ると、月光に照らされた後姿が目に入った。正仁は一瞬、息を吸うのも忘れてしまう。なぜ、なぜばれたのだ……。正仁は精一杯、平静を装う。
「僕に何か用か?」
正仁は後姿に問う。
「そうですね……」
後姿はゆっくりと振り向いた。それは天使のような顔の男だった。しかし、正仁には悪魔に見えた。男は静かに笑った。男にしては長い髪が揺れる。
「一条……なぜここに」
正仁は、天使のような一条に目を奪われる。
「君に伝えなくてはならないことがある」
低く滑らかな声が正仁に届く。正仁は一条を見据える。
ジョーカーたちは対象Lを追っていた。しかし、小さな兆候すら対象Lは残さない。兵士たちの集中力が切れ始めた頃、森の奥で大きな音が聞こえた。何かが倒れる音だ。ジョーカーたちは全速力で走り、音源を探す。大きく開けた森の中心部、そこでジョーカーたちは恐ろしい物を見た。ジョーカーも一瞬、我を忘れて見入る。その獣は、芋虫のように醜悪で人魚のようにグロテスクで、そして恐ろしいほど美しかった。自然の造形美と言うべき獣がそこにいた。ハダリ社からの光が獣の毛を輝かせる。すべてを見通すかの瞳で獣はジョーカーたちを見る。ただぶくぶくと太り巨大化したイノシシならここまで美しくないだろう。その身体は厳しい自然に鍛えられた強靭な骨格と美しい筋肉で構成されていた。
『去れ』
低く落ち着いた声で獣が男たちを諭す。声はそのまま脳天に突き刺さるような真っ直ぐに響く。一声で威厳が感じられた。そこには正仁はいなかった。
「あ……」
デカートはふと自分の持つ銃に気が付き、構える。
「動くな!」
4人の銃が一斉に獣に向けられる。獣は静かに左足を兵士に向ける。獣の左足からは血が流れていた。罠にかかったのだろう。
『私は動けぬ。殺すなら好きにするがいい』
天空の神が人間に見せるかの余裕がそこにはあった。高みから見下ろす者の嘲笑があった。
「なめやがって!」
マイクは鬼のような形相で引き金を絞った。サイレンサーで抑えられた銃声が森に響く。カイルという入隊以来共に戦ってきた仲間の恨みがそこにはあった。絶叫しながらマイクは撃った。肉が血切れ、獣の体が朱に染まる。獣はこれが定めだというように倒れた。そこには死すら恐れぬ自然の威厳があった。森が揺れ、鳥がはばたく。ずたずたになった獣の亡骸を兵士たちはぼんやりと眺めていた。まるで古代の狩人たちのようであった。兵士たちは取りあえず、作戦通りに獣の亡骸の上に煙をたいた。獣の亡骸はバラバラにされ回収されるのだろう。人は傲慢に生きることを商品にするだけでなく、死さえも傲慢に扱うようになってしまったのだろうか。ふとジョーカーの中の男が呟く。その瞬間、ジョーカーは敵の気配を感じて振り向く。しかし、時はもう遅かった。敵は銃をジョーカーたちに向けていた。何者かはわからない。しかし彼らが敵であることだけは確かだった。
「銃を棄てろ。それを渡してもらおう」
ジョーカーたちをぐるりと取り囲んだ兵士の一人が言う。兵士たちは光学迷彩に身を包み、闇と同化していた。ジョーカーたちは銃を棄てる。彼らがCIAなのか。俺たちはずっとつけられていたのか……。ジョーカーは怒りで歯噛みした。敵の兵士たちはジョーカーに銃を向けたまま、獣を分解し始める。血が迷彩に染みを付ける。ここで死ぬわけにはいかない。ジョーカーが強く思った時だった。獣の亡骸がびくりと動き、血をふき出しながら動いた。
「なっなんだ!」
敵兵士がおののき銃撃する。闇で銃火が光る。それでも獣は倒れず、血を吐きながら立ち上がった。血と臓物が地面を汚していく。体から血が飛び散り、肉が削げ落ちる。それでも獣は立ち上がった。ぼとり、と臓物が腹から滑り落ち、地面を体液で濡らす。獣は絶叫して、内部からはちきれた。肉と血が兵士たちに降り注ぐ。光学迷彩が血で効果。じじじ、と焼けるような電子音を出して光学迷彩が壊れる。血の雨が兵士たちを赤く彩っていく。静かな森の中、異様な光景が起こっていた。
「何が起きたんだ?」
敵兵士が粉砕した亡骸に近づく。すると肉片の山で何かが蠢くのが見える。ミミズのような物体が肉と肉の間を這いずり回っている。しかも何十匹と言う量だった。もぞもぞと絡まりあい蠢いている。びゅるびゅるとこすれる音が森に響く。
『ぐあああああああ』
人間とも獣ともつかぬ絶叫。肉のこすれる音かと錯覚するほど声とは思えない声が森に響く。それと同時に肉片から肉の触手のような物体が大量に飛び出す。真っ赤な触手が兵士たちを無差別に襲う。触手に覆われた兵士は吸収されるかのごとく存在が消えて行く。吸収されなかった肉は地面に落ち、地面に血を吸わせた。そこは地獄だった。虫の羽音のような音が森に轟き、触手が兵士を貪り、兵士は絶叫しながら死んでいく。血や肉が木々に降りかかり、森自体を朱に染めていく。ジョーカーはあまりの光景に絶句してただ突っ立っていた。これは俺の夢だ……。ジョーカーはぼんやりと思う。違うのは、あの男がいないだけだ。肉の触手がジョーカーに向かってくる。俺はこれに喰われるのだ、ジョーカーは一瞬で自分の運命を悟る。夢の通りじゃないか。俺はまだ死にたくない。ジョーカーは体の奥底から這い上がるものを感じた。体の奥底から絶望が這い出てくる。真っ黒い絶望が牙を生やして。一瞬にしてジョーカーの肉体はずたずたに引き裂かれる。真っ黒い影は真っ赤な触手とぶつかり、多量の血をまき散らした。ジョーカーは血だらけで地面を這いまわった。これは現実なのか。ジョーカーは這いながら考えるが思考が追い付かない。それほど想像を絶する光景が広がっている。ジョーカーはやっと立ち上がり走った。肩に力を入れようとして肩の筋肉がごっそりとそげていることに気が付く。ジョーカーはあまりの光景に絶句する。よく見ると身体のほとんどの肉が少しずつ削げ落ちていた。頬を触るとぬるりとした感触と激痛がした。ジョーカーは血を吐いて絶句した。目から血が流れおちる。視界が真っ赤に歪む。それでもジョーカーは走った。ちぎれた腕のついたショットガンを持ち、走り続ける。ショットガンは血にぬれ、元の持ち主の腕を揺らしながらジョーカーは走る。草が容赦なくジョーカーの皮膚を裂く。ジョーカーはぜいぜいと息を吐く。自分が今どこにいるのかが全くわからない。機械が自分の居場所を教えてくれるこの世界では機会がなければ自分の居場所さえ分からない。走っていると何かにつまづいて、ジョーカーは銃を構える。
「ウッ撃たないで……」
そこには若い兵士が腰を抜かして倒れていた。ジョーカーは容赦なく引き金を絞るが指紋認証がそれを許さない。
「ちくしょう!」
ジョーカーが飛び掛かると、
「頼む!俺はあんたらを襲った奴らじゃない!頼む、信じてくれ!」
ジョーカーはボロボロの拳で男を殴った。男は泣きながら懇願する。その姿があまりにも悲惨だったのでジョーカーは手を止める。気が付くと男の顔は血まみれになっていた。主にジョーカーから流れた血である。
「あっありがとう……」
普段のジョーカーならスパイを疑い殺すはずだが、今はこの地獄と化した森で一人と言うのが耐えられなかった。男はジョーカーから逃れると、
「俺はアルゴだ。工作員―」
ジョーカーは聞かずに追ってくる触手から逃げた。
「まっ待って!」
アルゴと名乗った男はふらふらとジョーカーを追った。
「何だありゃ……」
ジョーカーが訊くと、
「分からん俺たちも正体を掴みかけているんだ」
「お前は……」
ジョーカーは足から力が抜けるのを感じた。どさり、と草の上に転がる。触手はもうすぐ後ろに迫っている。
「ちっ!」
アルゴは舌打ちして後退する。
「借りだぜ!」
ジョーカーに肩を貸し、走り出した。ジョーカーにはその考えが理解できない。アルゴは見た目より力があるようだ。触手が皮膚を触る。溶けるような激痛でジョーカーは喘いだ。
「やべえぜ」
アルゴがぼやく。
「俺を棄てろ」
そんなジョーカーの声が聞こえないのか、アルゴはジョーカーを離さない。
「離したいのはやまやまだが……手が言う事を聞かなくてな。あっ言っておくがその気はないぞ」
アルゴはこんな状況で笑った。ジョーカーにはわからなかった。こんな状況で笑っていられる彼の気持ちが。しかし次の瞬間、アルゴの肩を触手が襲う。だが触手はアルゴにたどり着かず、血をまき散らして空に飛んだ。血の臭いが充満していた。
「これで借りを返したことになるか?」
ジョーカーが投げナイフを咥えながら笑う。
「バカ野郎!そんなわけないだろうが!」
アルゴは息を切らしながら突っ込む。こんな状況なのにアルゴは諦めようとしない。二人は二人三脚で走り続けた。
「はっ!」
二人の目の前に地獄の底から湧き上がっていたような闇が現れた。さっきジョーカーの体をずたずたにした化け物だ。闇は二人をあざ笑うかのように口を開けた。
「ここまでか……」
アルゴは足から銃を抜き、構えた。闇が2人に降りかかった。と同時に真っ赤な触手も二人を襲った。
正仁は折られた腕を抱えながら走っていた。それを悠々と一条が追いかける。警備員がいるせいで逃げられる場所が限られ、正仁は息を切らして周囲を見渡した。もう逃げ場がないことは明確だった。
「近づくな……近づくと剃刀で刺すぞ……」
振り返り、正仁が怒鳴る。
「無理だね」
正仁の歪んだ顔とは対照的に一条は笑っていた。
「貴様……」
正仁は隠していた剃刀を取り出そうと躍起になる。
「やめるんだ。どのみち僕には勝てない」
天使のように微笑しながら一条は戦闘態勢を作る。
「それに裏切ったのは君じゃないか……」
一条が冷たい視線を正仁に向けた。正仁は歯噛みしてうつむく。
「ぐ……」
「養殖豚を全滅させることのできるウイルスの作成とその譲渡と引き換えに君は『あれ』と共に僕たちのところに来るはずだったんじゃないのかい?」
一条は一歩だけ正仁に近づく。正仁は顔を歪めて剃刀を振るう。
「あの事件のせいでウイルスや病原体等を運ぶのがどれだけ難しくなったのか君は分かっているのか……まったく。君は選ばれし者だったのに……残念だ」
一条は風のように動いて正仁のすぐそばによる。
「あっ!」
滑らかで洗練された一条の手刀が剃刀を叩き落とす。
「ぐっ……」
苦痛に声を絞る正仁を一条は見下ろしていた。素手で一条は正仁を殺せそうだったが、一条は何もしない。ただ苦しむ正仁を見ている。
「まぁいいだろう。君には死より辛い試練を受けてもらう」
白衣を脱ぎ捨てて一条は去って行く。それはまるで羽を棄てた天使のようだった。
「俺は……ただ人間が生のありがたみを失うことを止めようとしただけだ!」
正仁は去って行く一条に叫んだ。
「バカを言うなよ」
一条はゆっくりと振り向き、
「他の命をありがたがる行動が人間に必要だったのは社会が完全でなかった頃の証さ。今では邪魔でしかない」
「どういうことだ……」
正仁がゆっくりと立ち上がり訊く。
「ライオンがシマウマを食べる時にライオンは果たしてシマウマに感謝していると思うか?答えはNOだ。じゃなぜ人間が他の命を大切にするかと言えば社会性がそれを必要とするからだ。人間が個ではなく、社会を築くことで発展するように進化したからね」
一条は艶めかしく笑い、
「残虐で自己中心的人間は、協力が必要な社会では好かれない。だから人間は命や物を大切にするということができるというアピールを行動で示す。それに人間は、社会的行為をしたときに脳の報酬系働くよう進化している。そしてその結果が君の言う命をありがたる、だよ」
残酷に一条は微笑む。長い髪がふわりと揺れる。そのさまはとても美しく、この世のものとは思えない。
「違う。人間は互いを愛しているんだ。動物のことも。だからこそ命を大切にし、ありがたることできる。社会性だけでは命をありがたる行動については語れない」
正仁も口角泡を飛ばして叫ぶ。
「確かにそれはあるよ。しかし、互いを愛するということも生物的、社会的に必要『だった』機能でしかない。盲目的に自分の子を愛せなければ、自分の種を残せないし、愛さなければならぬという社会的倫理がなければ同様に種を残さない。自分の生んだ子供と協力して自分の遺伝子を残すのさ。親は子を育て、子を授かれるまで育てる。子は子を授かり、親の遺伝子を残す。結局のところ社会的、生物的な協力なんだよ」
「ならば、そこにある愛は本物だし、それが人間らしさじゃないのか……」
ぶつぶつと正仁は反論した。
「人間らしさ……ね。君は人間らしさで世界が滅びても、それでも愛を叫ぶのかい?違うよね。今現在は『愛』という目に見えぬものが必要だと謳われているから皆がそれを大切にしているだけだし、『愛』という物を大切にするように多くの人間が選択し進化したからさ。子を残すのと同じようにね。国家愛が、自己愛が戦争やいざこざを起こし、人間自身を苦しめているのに」
一条は何かを掴むかのように手を伸ばし、目を細めた。正仁は言葉を詰まらせる。優香の両親の起こした行動は人間が生存するために獲得してきた機能の延長線にあり、決意でもなんでもないと一条は言っているように正仁には聞こえた。そしてそれがいずれ世界を滅ぼす危険性があるとも。
「それでも……自分の愛娘の体を裂いてまで他人の命を救おうという選択には価値がある。そうじゃないか?」
「君は『自分』が本当に『自分』の選択で構成されていると思っているのかい?人間は他人がいなければ自分を形作れない。社会がなければ『自分』はないんだよ。つまり君という『自分』は、ほぼ他人や社会に求められて形成されたものと言っても過言ではない。つまり優香さんの両親の選択は事が起こるか起こらないかに関わらず、始めから決まっていたんだよ」
「じゃあエド・ゲインのような殺人鬼も社会が求めたというのか?」
正仁は絶叫していた。まるで駄々をこねる子供のように。
「それがこの人間が生物的本能で構築した社会のバグだ。互いが互いを信じる、という前提を崩さない社会。協力的社会が、愛が造り出したバグ。機械的な制御なしに自分らの野獣的本能を抑えられる、と互いが互いに信じあって形成されている社会。法律や決まりというヤワなもので出来た社会。人類が誕生してすぐの時代は無理だったとしても、中世くらいには様々な物理的な行動の拘束が行えたはずだ。万引きが出来ないように強姦が出来ないように殺しが出来ないように不文律や法ではなく物理的な制約をつけてね。でも人間はそれをしなかった。技術がそろった今でもしていない。「互いを信じる」ということが正しいと信じているから」
悲しげに一条はため息をついた。まるで全人類の未来を本気で考えているかのような表情で。
「それが人間の社会のバグだというのか……」
正仁はうろたえた。
「その通りだ。結局『自分』とは主観的に自分が社会から何を求められているかを判断し構築するものだ。女性の化粧なんかもそうだ。生まれ持った特性以外はね。しかし生まれ持った特性だって社会からの影響で変わるし物理的に抑えることが出来る。でも人類はそれをしなかった。互いの作る『自分』が正しいと信じてやまない社会を正しいと思い続け、愛し続けた。それがバグだ」
「そのバグを表すのがエド・ゲインだって言いたいのかお前は……」
「そうだ」
一条は静かに頷き、
「だからこそ。僕はそのバグを消去しようと考えていた。君に協力を仰いだ。でも君は裏切った」
「俺は選ばれし者……」
一条は、ああと頷いて残酷に笑う。
「だが、もう違う。君の能力は必要ないし、僕はバグを破壊するための切り札を手に入れた」
さらばだ、と一条は再び歩き出した。
「それでも……」
正仁は弱く拳を握った。腕が張り裂けそうだ。しかし、握るのをやめない。
「俺は戦う!貴様と戦うことになっても、例え愛や選択がバグだとしても、俺はそれが美しいと思うし、人間はこのままでいいと思う」
それは男の熱い叫びだった。
「命の大切ささえ再認識すれば、かい?」
ふと一条が歩みを止め、振り向く。
「ああ」
「そうか……『壊れていても、それを愛おしいと思うこともあると思う』か。頑張りたまえ、正しさなんてすぐに変わってしまうからこそ僕は戦わなければならないし、君も戦う。それでいいのさ」
互いに頑張ろう、そう言って一条は笑って去って行く。
「なぁお前の名前を教えてくれ!」
正仁は叫んだ。越えるべき壁の名を。
「僕はアキヒトだ」
ふっと笑い一条は去って行った。
「飽きた人……人類に飽きた者か」
正仁はふと呟く。それは真っ黒な闇に飲み込まれていった。
読んで頂きありがとうございました。「もののけ姫」の祟り神VS「ベルセルク」の蝕をイメージしました。実際戦ったらどっちが勝つんですかね……どっちが勝つか関係なく、どのみち人類は滅ぶでしょうが