芋虫
2話です。どうぞよろしくお願いします。劇中で出てくる「ソードオフショットガン」とは銃身を切り詰めたショットガンのことで殺傷力が増しています。
機内でアナウンスがあり、もうすぐ着陸するという。軍用機の何倍も居心地の良い旅客機の旅もこれまでか、とジョーカーは腰を上げた。数々の地獄を潜り抜け、ジョーカーは男の影を探し続けた。そして、その終着点が始まりの場所とは笑ってしまう。ジョーカーは一人、旅客機の中で笑った。日本、俺たちの始まりの場所。そして終着点になるであろう場所。アジア系の顔が役立つ、とはこういうことだったのか。ジョーカーはトムの顔を思い出し笑った。第一ここは俺の出身地ではないか。ジョーカーの近くを通ったキャビンアテンダントが歪な笑顔を向けてくる。お前には俺がイカレているように見えるだろうが、俺はお前の思っている以上にイカレてる。ジョーカーは歪んだ笑みをキャビンアテンダントに返して、座席を離れた。小柄な日本人を押しのけてジョーカーは数年ぶりに日本の土を踏んだ。真黒に焼けた体に向けられた好奇の眼を払いながらジョーカーは空港を出た。街に出て、安全な雰囲気を肌で味わう。ここ数年は殺気のない場所に居たことはなかったので、肌をくすぐる様な安心感にジョーカーは震えた。街を少し歩くと、目に張り付けている拡張現実を読み取るコンタクトに恐ろしいほどの情報が載せられていく。
「なぁ忠司。コーラ飲まないか?」
「やぁ忠司、今の話題はね」
「ねぇ忠司。今おすすめのコーデは」
「今日であの城嶋議員殺害事件から5年が経ちました」
「忠司さん!あなたの健康指数は規定値を大きく超えています。そんなあなたには―」
「近日発生した女子高生殺害事件の犯人に特定が―」
「ついに新型AIを搭載したアンドロイドが誕生しました。これを医療に使用する―」
「僕たちの討論会に登録しないかい忠司。本当の正しさを導き出そう」
「私たちの『本音で語る会』に参加しない?」
「ねぇ土曜日の午後に行われるゴミ拾いボランティアに参加しない?みんなやっているわよ」
偽名で呼ばれることで忘れていた本名を思い出し、ジョーカーは吐き気を覚えた。そして奴の声が蘇る。
「僕たち、同じ名前だね。明るい人か……」
拡張現実に映し出される映像はうるさすぎる。視覚情報がうるさいというのは異常だが、なら今の日本は異常なのだ。ジョーカーはコンタクトを外すべく、ホテルに急いだ。ホテルの看板を見るとホテルの評価とそれに繋がるホテルのありかたとホテルの歴史についてのリンクが張り出された。ジョーカーはそれを振り払ってホテルに入った。チェックインをすると届いていた品を部屋に入れておいたと言われた。ホテルの従業員の胸にも様々な経歴が映し出され、ジョーカーは吐き気を催した。それを見た従業員は心配そうな顔をして駆け寄ってきた。ジョーカーはそれを乱暴に払い、その行動に関しての「正しさ」を討論する会が開かれるのが視界に入ったところでホテルマンを見るのをやめた。部屋につくとジョーカーはまず便器で吐いた。ジョーカーは異様な吐き気に襲われていた。久しぶりの日本の雰囲気が自分と会わなかったのだろうか、ジョーカーは口を拭いて溜息をついた。ホテルマンから届けられた荷物の一つを開けると何やら使えそうもない雑貨が押し込められていた。しかし、ジョーカーにはそれが何を意味するのかわかった。ジョーカーは素早く中の荷物を外にだし、鞄の中に隠されている部品を探し出すとそれを組み立て始めた。それは小型の拳銃と他の銃器の部品になった。もう一つの大きな荷物を探るとジョーカーがトムに頼んだ装備が雑貨に隠されて入れられていた。今の時代、民間軍事企業でさえスパイの真似事をするのだからCIAもたまったものではない、とジョーカーは笑った。ジョーカーは組み立てた自分の愛用のライフルを触り感覚を確かめた。単純で無骨で信頼のおける年代物のライフルは吸いつくようにジョーカーの手にフィットした。その銃のデータを読み取って、拡張現実がコンタクトに映し出した。
「FN FAL 世界中で使用されているライフルのひと―」
データを黙らせて銃の情報を見ると、それはジョーカーだけが使える物だと指紋認証が表していた。ジョーカーは素早くライフルを隠して、腰に拳銃をさして洗面所に向かった。コンタクトを外していると、部屋のドアが開く音がした。ジョーカーは咄嗟に拳銃を手にし、洗面所に体をおしこめた。
「ジェリコ941-」
ジョーカーは視線でコンタクトが読んでいるデータを黙らせ、自室の予約者のデータをフロントから引き出した。この音声は指向性なので他には聞こえない。
「○○ホテル、607号室-」
自分の偽名ともう一人の予約者の名前を確認してジョーカーは部屋に入ってくる男を拘束することに決めた。極秘任務とは聞いていたし参加人数も聞いていたので、ここにもう一人来てもおかしくはなかったが敵の刺客という可能性も捨てきれなかった。傭兵が口封じの理由のために殺された例は多く存在する。ここは民間軍事企業のオフィスではないし信用できない。米軍の刺客ならまず逃げきれないが、ジョーカーはそれでも悪あがきするつもりだ。侵入者が部屋に入ったことを確認してジョーカーは静かに今に躍り出た。しかし、今には誰にもいない。それを確かめると同時に洗面所に隠れる。一瞬だがジョーカーは侵入者の姿を確認していた。奴はベッドの後ろに隠れていやがる、ジョーカーは自分の運のなさを痛感した。しかしそんなことをぼんやり考えている暇はない。ジョーカーは素早く洗面所で使えるものを探す。小さな手鏡と剃刀、服をかけるためのハンガー、タオル。これだけでジョーカーは人一人殺せる訓練を受けていた。ジョーカーは武器の多さに笑みを浮かべた。ジョーカーはタオルを静かに水で濡らして適度に絞った。侵入者が入ってきたと同時に記録をしていたコンタクトの映像を見て、ジョーカーは敵の周りには武器になるものがないことを確認した。ベッドの下のライフルは指紋認証を突破できなければただの鉄くずだ。ジョーカーは拡張現実の情報を元に敵の位置を割り出した。そして、行動に出た。ジョーカーは素早く動き、敵がいるだろう場所の上のガラスを撃ち、隠れる。ガラスは派手な音を立てて割れた。ガラスが割れた情報はすぐさまフロントに届く。ジョーカーは洗面所の狭い空間に体を隠し、待った。すぐさま清掃員がノックしてきた。
「大丈夫ですか?」
「窓ガラスを不注意で割ってしまいまして、けがをしてしまいました。その傷で動けません。窓際に来てください」
ジョーカーは早口で清掃員に指示した。清掃員は素早く部屋に入ってきて、そのからだと清掃用の籠で居間と洗面所の間の遮蔽物となった。
「お客様!」
清掃員が驚き、窓に駆け寄る。ジョーカーは素早く洗面所から躍り出て、籠に隠れて銃口をベッドに向けた。するとばつが悪そうに一人の男がガラスの破片にまみれて現れた。
「大丈夫です」
アジア系の若い男は清掃員に体中を怪我がないか調べられ、うなだれていた。彼はジョーカーが銃口を向けていることに気づいているのだろう。男はわざとらしく両腕をあげた。
「至急掃除をいたします。フロントにてお待ちください。お怪我があれば、フロント脇の医務室で治療を受けてください」
清掃員は微笑んで言い、男はゆっくりとジョーカーに近づいてきた。そして籠の脇を通って部屋を出るころには脇を拳銃で小突かれていた。
「貴様は何者だ」
ジョーカーは低い声で尋ねた。
「俺は作戦コード○○××……の担当員だ。お前と同じな」
男は憔悴しきって言った。
「ジョーカーは素早く男の網膜データと指紋データを読み込み、トムから渡されたデータに照合した。するとこの男、ロバートはJ・セイバー社の社員だと判明した。網膜認証のデータや指紋データは簡単に偽造できるものではない。しかも、民間軍事企業は情報が厚い防壁に守られており、簡単に回覧などできない代物だ。ジョーカーはやっと目の前の小柄な男を信頼する気になった。
「悪かったな」
ジョーカーは素早く銃のセーフティーをオンにして、腰にさした。
「こっちも悪かった」
ガラスで傷ついた男はどうやらアジア系の米国人らしかった。若々しさに溢れ、輝いているロバートはジョーカーにとって眩しかった。ふたりはフロントに向かった。
フロントに向かうとジョーカーをじっと見つめる一人の男がいた。彼の情報を読み取ると情報の開示が規制されていた。奴は敵か?それとも味方のなのか。ジョーカーは分かりかね銃を握りしめた。
「ロバート。すぐ近くの男、見覚えあるか」
ごにょごにょと囁くように発した言葉と頬の筋肉の動きが装備機器に読み取られ、ジョーカーの言葉がロバートの耳元に伝えられる。
「わからん……だが見たところ堅気じゃないな」
ロバートも素早くつぶやきジョーカーに伝える。
「どうする。作戦概要だと作戦要員は4人だから作戦要員の可能性もあるが」
「第一、ホテルだから違和感がないが金髪の外人がこんなところにいるか?」
ロバートはふと呟く。ジョーカーは自分がおかしく思わなかったことで自分の集中力に危機感を抱いた。ジョーカーは、つい数日前まで古今東西様々な人種乱れる戦場にいたので全くおかしさを感じることが出来なかった。
「どうする、近づいてきたぞ」
ロバートがふとジョーカーを肘で小突く。ジョーカーはすかさず銃をズボンのポケットに押し込む。来い、お前とは同じ臭いを感じるぜ。堅気にしては不自然に盛り上がった筋肉をジョーカーは見つめる。
「すいません、今日って月曜日ですよね。いやぁ……これで違ったらきついですよ」
金髪碧眼の男はへらへらと笑う。
「夏服ですね」
ジョーカーが呟く。金髪碧眼の男が微笑むのをやめ、ジョーカーに手を差し出した。
「よろしく。マイク―レッドだ」
「俺はジョーカーだ」
男はジョーカーの手を握り微笑む。ロバートを続いて手を差し出した。するとマイクの後ろからひげを生やした大男が現れた。マイクはそれを何事もなく受け入れた。
「俺はマイクの友人のカイルだ。よろしく」
大男は髭の中から声を発した。ジョーカーはマイクとカイルを見て、安心してため息をついた。マイクとの最初のやり取りは作戦要員が会うときの合言葉だったのだ。一見、話がかみ合っていないが、それが重要なのだ。この任務では初めに作戦会議が行われることがなく、普通では考えられない。しかし、それほどの極秘性をこの任務は持っているのだろう。数年前のあの事件を解くカギを握るほどの。ジョーカーは静かに震えた。
ガラスが割れたことを考えてか、ホテル側は空き部屋を用意してくれた。ジョーカーは隠していたライフルを組み立てながらロバートに、
「それで、なぜこんな任務に?」
ややこしい身体検査を受けなければ作戦の概要も領域も伝えられない任務などに参加するなんてよっぽどの変わり者だ。
「金のためさ。こんな高給な任務で作戦領域が日本だなんて俺もラッキーだ」
ロバートは傷をさすりながら微笑んだ。
「あんたはなぜ?」
ロバートの問いにジョーカーは一瞬ギョッとして。
「俺も金のためさ」
そう言ってジョーカーはベッドにもぐりこんだ。時差ボケでジョーカーは眠かった。少し、眠るとロバートが起こしてきた。
「おい、ジョーク。任務だとさ」
ジョーカーは飛び起き、
「どこだって」
そう言ってジョーカーも任務の情報を拡張現実に映す。目標は芋虫のような生命体。△△地区のラブホテルに出現する可能性大。ジョーカーは映し出された写真を見て、自分の眼を疑った。
「おいおいマジかよ。悪趣味な造形だぜ」
ロバートが思わずうなる。ジョーカーも同感だった。
「おい、作戦のコマンド見たか?」
別室のマイクとカイルが部屋に入ってくる。
「ああ、とんでもないもんを見ちまったぜ」
ロバートが苦虫を噛み潰したような顔をする。拡張現実の芋虫はジョーカーの体長よりも全長が大きく、異常な造形をしていた。しかし、これは逃せないチャンスだとジョーカーの勘が告げていた。
「急げ、奴の活動時間は8時~13時らしい、ここからギリギリ間に合う」
マイクたちは部屋に居座り、作戦会議が始まった。ジョーカーは急いで装備を整え始める。ロバートは、笑うジョーカーを好奇の目で見ていた。
「しかし……日本人は携帯端末が好きだねぇ」
「あ?」
ジョーカーはロバートを一瞬睨んで、再び笑い始めた。
にぎやかな繁華街の中、正行は人を待っていた。正行の整っていた髪の毛は乱れ、視線は虚空を漂っていた。
「遅くなってごめんね」
一人の女子高生が正行に声をかける。
「ああ……」
正行はぼんやりとした目で少女を見た。俺がこんなに頑張っているのになぜ変わらないんだ。正行は女子高生の肩に腕を回しながら憎悪に身を震わせる。この世界を正しくするためにこんなにも頑張っているのに、なぜこいつらは変わらないのだ。許せん。正行は息を荒くして、
「最近こういう場所で何人も失踪しているらしいけど怖くないのかい?」
「別におじさんダイジョブでしょ?」
少女は屈託のない笑みを正行に返す。それを狂気じみた目で正行は見る。
「ああ」
正行はにやりと笑い、少女をホテルに連れ込んだ。
4人はJ・セイバー社の用意した車で現場についた。空が青から黒に変わり始める9時だった。目標のホテルに着くと二人一組で別れて作戦を開始した。ジョーカーとロバートはロープで対象Hの部屋のベランダに侵入。対象Hは見つけ次第、即射殺。マイクとカイルは部屋のドアから侵入する。作戦会議時に互いの銃撃が互いを避けるように計画されていた。
「対象Hの経歴見たかよ。この国の性を取り締まるお偉いさんだぜ」
ロバートは青白い顔で呟いた。ジョーカーは聞きながら裏路地に入る。
「ああ、皮肉だぜ」
よりによって性の醜悪さをさらすような怪物になるとは皮肉だった。作戦会議では触れられなかったが、ジョーカーは男が怪物化したのは米軍の極秘兵器のせいだと考えていた。米軍の介入できない汚れ仕事を請け負うJ・セイバーの極秘任務というわけだ。
「奴は人間の姿と化け物の姿を切り替えることが出来るらしい。異常だよ」
ロバートが階段を駆け上がりながら呟く。屋上について二人はロープ降下・ラベリングの準備にかかる。
「ジョーカー、ロメオ屋上に到着。ラベリングの用意完了」
『……了解。こちらも部屋の前に到着した』
ジョーカーは戦闘用コンタクトレンズの調子を確かめた。コンタクトに様々な情報が投影されていく。
「視界良好。さて……」
ジョーカーとロバートは息を合わせて降下を始める。二人は真っ黒な空に飛んだ。
「なぁジョーカーお前ってチョココロネはどっちから食べる派だ?」
ロバートが降りながら訊いてくる。
「分からん……あまり食わんからな。しかし……なぜだ?」
標的Hの階につき、二人はロープを外す。
「芋虫と思うよりコロネと思った方が気分いいだろ」
「まぁそうだな」
「ジョーカーお前久しぶりにコロネを喰うことになるぜ、少しでかいがな」
そう言ってロバートが笑った。しかし顔は真剣そのものだ。
「じゃあ頭からだな」
ジョーカーが呟き、ベランダに侵入する。カーテンが引かれているが、暗視装置が標的の場所を知らせてくれる。標的Hは相手の女と交わっている最中だ。まだ化け物化していない。
「セックス、ドラッグ。そしてバイオレンスだぜ!」
ジョーカーがにやりと笑って射撃する。
「聖書かよ」
二人の弾丸が、ぼすっ、とガラスに穴が開ける。すると、いきなり暗視装置の視界が真っ赤になった。
「なんだ!?」
ジョーカーたちは素早く死角に隠れた。確認すると真っ赤に見えたのは窓についた何かだった。
「女がいない……」
ロバートが呟いた瞬間、二人は窓に張り付いている物体が元々女だったことに気が付いた。
「内部から爆破……ひでぇ」
「カイル!気を付けろ、敵は化け物化したぞ」
ジョーカーが無線に呼びかける。化け物化した男は部屋をぶるりと見渡した。
『了解。突入する。銃火に気を付けてくれ』
部屋のドアが乱暴に開かれサイレンサーのついた銃声が部屋に響く。マイクたちの位置を確認しジョーカーたちも部屋に入る。血にまみれた芋虫は銃撃を食らって踊るように震えていたが予備動作なしに動いた。
「もっと……もっとたべたぁああああい!」
醜悪な巨体をカイルに向ける。カイルは横に飛んだが、芋虫はそれを逃さない。どす黒い粘液を吐き出しながら芋虫は鋭利な牙をむき出しにする。カイルに芋虫の牙が迫っていた。
「カイル!」
マイクのフルオートが芋虫の体に浴びせられるが対して効果はないようだった。すべての弾が固い甲羅にはじかれる。
「あ」
それがカイルの遺言となった。カイルはつい挙げたナイフを腕ごとバラバラにされ、そのまま体も細切れにされた。部屋に血がまき散らされる。
「てめぇ!」
マイクが肩からソードオフショットガンを取り出し、芋虫を撃つ。芋虫は血と粘液でてかった黄色い肌を震わせる。ジョーカーたちはさっきの弾の跳ね返しを見ていたので撃てない。
「もっト……」
マイクの攻撃に気が付いた芋虫はその巨体をそのままマイクにぶつける。マイクは壁に跳ね飛ばされ、血を吐いて気を失った。
「もっ……もっもっと」
巨体を揺らして芋虫が振り向く。さながら蛇ににらまれた蛙のように二人は動けなくなる。異様な物体と遭遇した時の人間の自然の反応だった。
「うるあっ!」
芋虫が口を開き突進してくる。それを何とか二人はかわす。
「ちくしょっ」
ロバートは頭部に銃を発射するが全く効果がない。弾かれた弾丸が部屋に穴を穿っていく。ジョーカーは手りゅう弾を取り出し投げるか迷う。その瞬間、部屋が真っ暗になる。弾かれた弾丸が部屋の電灯を割ったのだ。一瞬、銃撃が止む。暗視装置のおかげで二人は視界を取り戻す。
「もっと……もっと」
芋虫はふたりを見失ったかのように周囲を見渡した。そしてすぐに狂ったように床に頭を押し当て始めた。そのまま穴を穿つかのように牙で床をかみ砕いていく。
「やばい!」
ロバートが叫んだ頃には床に大穴が空いていた。下の部屋では当たり前のように性行が行われていたが、地響きのような爆音に二人はぎょっとする。瓦礫が下の二人に降り注ぐ。ジョーカーは空いた穴から下に手りゅう弾を放る。放ると同時に視線を裸のカップルに合わせ、手りゅう弾に彼らを爆発の有効範囲内に入れない程度の爆発をするように調節させる。手りゅう弾は芋虫の頭に落下し爆発した。閃光と衝撃で下の二人が吹き飛ぶ。芋虫も衝撃に苦しげに蠢く。ジョーカーはその隙にベッドに飛び乗る。甘い雰囲気を完全にぶち壊され、きょとんとする二人にジョーカーは凄まじい蹴りを入れる。二人は部屋の奥に吹き飛び、裸のままもみくちゃになった。カップルのいたところが一瞬にしてコンクリートの残骸と化す。
『ここで打ったら同士討ちになるかもしれん。俺は階段で下る。それまで持ちこたえろ』
ロバートは部屋から消えた。ジョーカーは素早く部屋の隅に移動し、銃撃する。しかし銃撃は甲羅に跳ね返される。
「もっと、もっとおおお」
芋虫は再びジョーカーの方を見た。まるで銃撃などダメージになっていない様子だった。ジョーカーは横に飛びながら、攻撃を避ける。
「いっいやー!」
女が絶叫する。男の方は声にならない叫びをあげる。芋虫はさっとそちらを向いた。
「いいいい淫乱がぁあああ」
芋虫の内部からくぐもった声が聞こえる。芋虫が粘液をあたりに吐き散らしながら二人に迫る。ジョーカーはだめもとで手りゅう弾を芋虫の頭付近に投げる。それと同時に声の聞こえた部分にソードオフショットガンを突きつけ、撃つ。芋虫の頭が爆風で吹き飛び、上体がひっくり返る。二人がいるせいで手りゅう弾の威力は本当の半分も出せていない。しかもこれが極秘任務なので二人がいなくとも最大威力では使えなかった。芋虫はひっくり返り、夢中でもがいた。ジョーカーはそれの腹をショットガンで撃つ。弾はべこ、と甲羅にはじかれる。
「ぐあああああ何が悪いというのだ!俺は正しいことをしただけだ!おれはあああ」
獣のような、ろれつの回らない絶叫が部屋にこだまする。巨大な肉塊がぷるぷると震える。
狂ったように体をねじりながら芋虫が頭をジョーカーに向かわせて来る。ジョーカーは住んでのところで避け、ショットガンを放つ。これじゃらちが開かねぇ。ジョーカーは熱い薬莢を取り出し、ショットガンに催眠弾を装填する。部屋は一面ガラスや破片で覆われていた。
「ずばじごい奴だ……」
芋虫が再び迫る。芋虫の攻撃をかわす度、床に大きな跡が残る。ジョーカーは攻撃を避け、体勢を取り戻すとショットガンの照準を絞る。芋虫がこちらを向いた瞬間、催眠弾を口に放る。水色の煙を吐きながら芋虫はもがくが対してダメージはなさそうだ。ジョーカーはそれをまだ息のある運のないカップルに放った。ジョーカーの放った二発の手りゅう弾を食らって生きているのは当たり前として芋虫との戦闘で生きているとは運の良いカップルだ。
「る……み」
「しゅ……修也」
二人はその場で眠りについた。ジョーカーは次弾を装填しながら自分が軽くなっていくことに震えた。もう弾がねぇ、ジョーカーは汗と血を拭いながら歯噛みする。
『ジョーカー今行くぞ』
装備を脱いだロバートが部屋に静かに入ってきた。
『やばいぞ、音でみんな不審がってる。早く終わらせなくては』
ジョーカーはさらなる攻撃を避けながら焦り始める。ロバートは機関銃でなんとか応戦しているがこのままでは警察の介入や更なる死傷者を出してしまう。そうなれば任務は大失敗だ。
「もう諦めろ……いっいやだぁああああ」
芋虫が独り言を言い、ぶつぶつとわめく。こいつは本当にいかれてるな……。ジョーカーはショットガンを撃ちながら思う。芋虫はわめきながらジョーカーを部屋の隅に追い込んでいく。ロバートは素早く装備を装着するが、ジョーカーにはまさに道化に見えた。
「くそっ!」
ジョーカーは体勢を崩してベッドの下にもぐりこんだ。それを芋虫が追撃する。ジョーカーは転がりながら攻撃を避ける。下のガラスや破片が容赦なくジョーカーの体を切り刻む。一瞬前までジョーカーが下にいたベッドがありえない形に粉砕される。粉砕された破片のせいでジョーカーは起き上がれず、そのままもう一つのベッドにもぐりこむ。芋虫はジョーカーの影をしきりに探し、周囲を見渡していた。時折、ロバートの射撃で体が揺れるが芋虫はジョーカーを食らうことを決めたようで動かない。このままでは確実に殺される。ジョーカーは血を流しながら転がった。しかしベッドを転がって逃げられる方向はベランダだけだった。ベッドの反対側はおぞましい肉塊がふせぎ始めていた。これではやばい。ジョーカーは何かないか必死に考える。ベッドが粉砕されると同時に手りゅう弾を投げることしか浮かばなかった。それではジョーカーは圧死するだろう。血が抜けると集中力が切れ、理性が失われ、冷静さが欠かれる。何か考えろ……。そうだ奴の習性……何かないか何か……。ジョーカーは目に染みる血に耐えながら上の部屋での戦闘を思い出した。ジョーカーはベランダに転がりながら、叫んだ。
「ロバート、電灯を撃て!」
芋虫はドリルのように頭を回転させてベッドを粉砕した。ベランダに転がり、ジョーカーは喘いだ。ロバートは言われたとおりに電灯を破壊した。部屋を闇が包む。手りゅう弾の炸裂で割れた窓ガラスの残骸がジョーカーの腹の中で動く。ジョーカーは血を吐いた。闇の中、芋虫は狂ったように周囲を見回していた。奴の視界を封じることができれば俺は勝てる。ジョーカーは血を吐きながら笑った。
「勝つのは俺だ……最後に笑うのは俺だぁあああ!」
芋虫の内部からくぐもった声が聞こえる。ジョーカーは口の血を拭いながら、
「最後に笑うのは俺だよ」
芋虫は闇の中でさっと蠢き。
「そこかぁっ!」
大口を開けてジョーカーに突進してくる。目が見えないせいか芋虫はジョーカーのいるベランダに突っ込んでくる。ジョーカーはその口に手りゅう弾を放り込んで今できる精一杯のジャンプをする。体中から血が噴き出し、激痛が走る。芋虫は手りゅう弾を咥えてベランダを吹き飛ばし、そのまま空に飛び出していった。そして単純な物理法則が芋虫を支配する。
「うぉ」
芋虫は醜悪な体をくねらせながら落ちて行った。そして空中で最大威力の手りゅう弾がさく裂した。芋虫は道路の自動車も踏みつぶして横たわった。ジョーカーはロバートに助けられながら下の階に降りた。時間が時間だったおかげかやじ馬は少ないが芋虫を早めに殺さなくてはならないのは変わらない。全身から血をふき出したおぞましい肉塊が二人を迎えた。芋虫の体には様々な破片が突き刺さり、肉が削げていた。ロバートは牙をショットガンで吹き飛ばして、腰のナイフで顎ごと切断する。ジョーカーはゆらゆらと幽霊のように動きながら、芋虫の腹に近づいていく。ふと近くでサイレンの音が響き始めた。早めに終わらせなくては。ジョーカーは腰から鉈を引き抜き、それを芋虫の腹に突きさす。甲羅が砕けたせいでやわらかい肉が丸見えだった。凄まじい悪臭を放ちながら肉が蠢く。それを鉈でこじ開けて行く。温かい血がジョーカーを真っ赤に彩るがジョーカーはそんなことは気にしていられない。肉をえぐり、中の男を探りだす。血がジョーカーの顔に噴水のように飛び散る。
「やっやめぇてぇ……俺は正しいことをしようとしただけじゃないか……」
男が血でどろどろした内部から懇願する。ジョーカーはそれに思い切り鉈をつきたてる。鉈は男の脳天を叩き割り、さらなる鮮血を溢れさせた。真っ赤な血の雨を浴びて、ジョーカーは鉈を引き抜いた。やかましいサイレンが近づいてくる。それはやがて大きくなり、ジョーカーたちを赤い光で照らしだす。ジョーカーは光に目を細めた。それは赤いランプのついた護送車だった。警察のマークが付いているが明らかに警察のものではない。護送車から黒い装備の男たちが現れ、芋虫の肉塊を回収していく。何人かはマイクやカイルを探しにホテルに行き、その動かぬ体を運びだしてきた。ジョーカーはそれをぼんやり見つめていた。
「任務完了だ、ジョーカー。車に乗れ」
一人の男がジョーカーに言った。ジョーカーは言われるがまま、護送車に乗った。そこからの事はよく覚えていない。