魔王の娯楽
不法投棄。人間たちが禁止としながら隠れ隠れ行っているそれは、魔界の住人たちの貴重な情報源だった。特に小笠原海溝と呼ばれるところで手にはいる物は別格な存在感を持っていた。LEDに立場を奪われた電球や蛍光灯、埋立地からこぼれた壊れた娯楽品、透明な膜で包まれた薄い小冊子などは彼らの想像力を掻き立て、生を実感させる貴重な存在だった。
中にはそれらを使えるようにしようと考えた者たちもいた。彼らは双六の文字が滲んだマスに泣き、棒を引けば人形が棒を振る儀式めいた物の、あまりに単純な構造に心を躍らせた。唯一直せなかったのは勇者物語というゲームと呼ばれるものだった。錆を取り、電源を工夫し、汚れた金属板を取り換えても動くことはなかった。
研究家たちの眠らぬ夜は続く。
研究の末、Y-因子には人の想像を起点として働き、具現化させようすることが分かった。臨床試験の事件はこれが偶発的に起こり、火災が発生したことが証明された。しかし、何がどういう経緯で結果を生むのか解明されず、公表は見送りとされ、まず先に法の改正を執り行うことが決定された。何せ、問題は山積みである。
殺人罪を例にとって見てみると、誰かが死ねばいいと殺意を持ったとしても、行動に移さなければ未遂ですらなく、事件も起こりようがない。だが、Y-因子はこれを可能としてしまう。明確な殺意を持って想像すれば、自らの手を汚さず人を殺せるのだ。
経済にも多大な影響を与えるだろう。単純な製品ならコピーすることが出来るのだ。著作権も商標登録も意味をなさない。窃盗は起こらなくなりそうではあるが、これは今考えることではないだろう。
公務員たちの眠れない夜は続く。
「地上はようやく魔法にまでたどり着きましたね、魔王様」
「ああ…… そうだね」
「楽しそうですね魔王様。何をなさっているのですか?」
「一時魔界でも“だんぼーる”という箱を被る遊びが流行ったでしょ? よっ…… それの原作を遊んでいるの」
「あ~ありましたねそんなこと。近所の子供ごと箱を吹き飛ばすのが楽しかったと記憶しています」
「お、鬼だ……」
「ええ、鬼です、正解ですよ魔王様。それと、お気付きですか? それ、相当古いゲームですよ」
額から突き出た角を見せつけながら側近は指摘するとと、魔王の顔がにこやかなものから一転し、驚愕の表情で固まる。
「最新版じゃ……」
「ないですねぇ~」