魔王の研究
魔界、ソフィア歴二十四年長月二十四日。魔王自ら禁忌を犯したとして、魔界中が大いに荒れた。魔王は、自分の身勝手な権力行使を謝罪し、これ以上の越権行為を行わないと誓った。魔界の老中たちはこの一件が収束するまで次代の魔王輩出を延期とし、全責任をソフィア自身が負うものとした。まさしくそれは、彼女の思惑通りであった。
彼女は謝罪の際、魔界を変えるには人間とコンタクトを行うのが最適だと話した。彼らには魔王や魔界、深淵に住む者たちを想像する力がある。そこに実在する自分たちが介入すれば、新たなる想像と創造、娯楽と快楽、新たなる魔界が形成される。彼女はそう話したのだ。
魔界は娯楽に飢えていた。それは魔王とて同じであった。
Y-因子は今まで使われていた観念、常識を覆す要因だった。Y-因子を注入されたマウスに大きな変化はなかったが、これをサルに与えると一年以上寿命が延びる結果となった。これに政府は長寿の秘薬として、身寄りのない高齢者を中心に臨床試験を行った。
結果、五人中四人が筋力の増大、腰痛や関節痛の解消など改善、回復が見られ、残りの一人は焼死体で発見された。亡くなった一人の周りには火種となるものが無く、他殺と見て調べている。
しかし、被験者たちはその原因に触れていた。季節は秋、日が暮れると少々肌寒くなってきた頃合いである。彼らは遠くに見える山々が赤く染まる景色を楽しみ、ふと呟くのだった。そろそろ夜は暖房が恋しくなってきた、と。文明の利器エアコンを、ファンヒーターを、暖炉をと話し、仕舞いにはほくほくのサツマイモが食べたいと駄々をこねだした。そのうち一人がぽつりと漏らした一言を聞いた者がいた。
やっぱりたき火で温まりながら食べるのがいい。それが彼の最後の一言であった。
「一人亡くなってしまわれましたよ、魔王様」
「魔力の暴走ね。扱いを知らない彼らにとって、悲しい事故よ」
「研究が中止になるかもしれないですよ? 説明をした方が良いのではないでしょうか」
「その必要はないわ。今のところ、長寿の秘薬とされている物よ? それこそ資源大国に対抗できるチャンスじゃない。何が起ころうとも研究を続けるはずよ」
「あちら側の世論は黙ってはいませんよ」
「それは私の干渉範囲外。そもそも越権行為に当たるでしょうね。今できることは彼の冥福を祈るだけよ」
揺れる銀髪に胸の前で組んだ手、その姿はさながら聖女の様であった。