噂話
私の髪の毛を、あたたかくて大きな手が優しく梳く。
だれ? リオト?
もうすぐネズミに戻りそう。でも、まだ眠い。
ジャスミンの花の香りがとても甘くて、酔ったみたい。
だからもう少しだけ、目を閉じたまま。
* * *
なんだか、素敵な夢を見た気がする。
昨晩はカイドといっぱい話ができて、ご機嫌で眠れたからかな。
私は今にも鼻歌を歌いだしてしまいそうな気分で、リオトの居間に向かった。
上手くドアを開けて、誰もいないことを最終確認。
リオトはまだ奥の部屋で寝ている。
よし、大丈夫。
私はちょっとした荷物を持って、窓際に置かれたチェストに飛び乗る。
すると、それを見た早起きの小鳥さん達が近づいて来た。
窓を開けた私は、取っておいた晩御飯のパンをおすそ分け。
それから、持っていたカボチャパンツと肌着を渡した。
「それでは、小鳥さん。今日もお願いします」
小鳥さん達は「任せてね!」と鳴いて、器用にパンツや肌着を咥えて飛び立った。
見送った私は窓を閉めると、リオトの執務室に戻る。
実は、小鳥さん達にはパンツと肌着を洗濯場のカゴの中にさり気なく入れてもらうようにお願いしてるんだ。
やっぱり毎日同じパンツをはく気にはなれなくて、でもカイドにはさすがに頼めないから。
リオトのシャツを借りていた頃は、脱ぎ散らかした服と一緒に居間に置いておけば、召使いさんが片付けてくれたからよかったんだけど。
さすがに女物のパンツをリオトの居間に置いておくのは誤解を招くかもしれないし、戻ってこないこと確実。
洗濯物は乾いたころを見計らって小鳥さん達が取り込んで、夜行性の鳥さんにバトンタッチしてくれる。
もちろんパンツと肌着には印を付けて、小鳥さん達が間違えないように工夫もした。
昔から大好きな星の形が私の印。
ふふふ。
これぞ元人間の知恵だよね。
動物さん達はここでもみんな優しくしてくれる。
でも、どうやらカイドのことは怖いみたいで、噂好きの小鳥さん達も話題にしない。
カイドも本当はとても優しいのにね。
耳を澄ませば、人間のみんなが動き始めた気配がする。
もう少ししたらリオトも起きて、一緒に朝御飯だ。
リオトは王子様なのに、とっても早起きで仕事熱心だからすごい。……変人だけど。
それなのに私は仕事しているリオトを眺めながら、ソファで寝てるだけでごめんなさい。
朝御飯が終わると、楽しそうに綺麗な鳴き声で噂する小鳥さん達の話を聞きながらウトウト。
ああ、今日の話題はリオトのお兄さんか。
そう言えば、どんな人なんだろう。昨日は会議室にいたのかな?
それから、小鳥さん達はすごく気になる話を始めたのに、どうも集中できない。
もっと詳しく知りたい。でも、眠い。あとでちゃんと聞こう……。
そう決意した私が起きたのは夕方。
リオトの執務室は綺麗なオレンジ色に染まっていた。
誰もいない部屋はすごく寂しくて、耳を澄ませて必死に気配を探る。
良かった。廊下やお庭にはまだたくさんの人達がいた。
小鳥さん達はもう巣に帰っているけど。
よし、走ろう。
リオトがいない今のうちに、思いっきり走ってストレス解消しよう。
黄昏時の寂しさを紛らわすために部屋の中を駆け回る。
走ることに夢中になって、執務机からソファへジャンプ! した瞬間、帰ってきたリオトにしっかり目撃されて笑われてしまった。
恥ずかしいな、もう。
なのに、リオトはそれからも思い出したように何度も笑う。
ネズミが走るのなんて当たり前なのに、失礼しちゃうよね。
ちょっと拗ねた私は、リオトがよく使うペンを後でこっそり棚に隠した。
これくらいのいたずらは大目に見てくれないとね。
* * *
「あ、そうだ! 今日ね、小鳥さん達が大変なこと噂してたよ!」
カイドが遊びに来てくれた深夜、私はふと昼間の小鳥さん達の噂話を思い出した。
大事件なのに、何で忘れてたんだろう。
「なんだ?」
「あのね、ディオサ聖国のお姫様が行方不明なんだって! 知ってた!?」
「……ああ」
意気込んだ私の問いかけに、カイドは冷静に頷いた。
そうか、確かに知っていて当たり前だ。
昨日だって、カイドは偉い人達の会議の場にいたんだから。
そう思い至ると、私も少し落ち着いた。
「ひょっとして……あの時、カイド達は森にお姫様を捜しに来てたの?」
「……まあな」
「見つかったの?」
「それは……」
「見つかってないんだよねえ。見つかっていたら小鳥さん達が噂してないもんねえ」
「……」
心配の溜息を吐きながら、私はカイドの大きな体にもたれて話し続けた。
「年長の小鳥さんは、ロウヴォ王国の人が攫ったんじゃないかって言ってた。そうしたら若い小鳥さんが、お姫様は自分で逃げたんじゃないかって」
「自分で……逃げた?」
「うん。なんかね、結婚相手が決まったんだって。そのことを知らされた直後にいなくなっちゃったからって」
「……ジャスミンはそう思うのか?」
「私? んー、確かに私なら、いきなり決められた相手と結婚するのは嫌だな」
「なぜだ?」
力のこもった問いかけに私はびっくりして振り向いた。
カイドの蒼い瞳は真剣で、本当にわからないみたい。
「なぜって……やっぱり結婚は好きになった相手としたいよ。私は愛し愛されて結婚して、ネズミ算式に子供いっぱい産んで、家族仲良く幸せに暮らすんだ」
「そんなに……たくさん子供が欲しいのか?」
「うん! 家族は多い方が楽しいよ」
だって、私にはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいて、家族みんな仲良くて幸せだったから。……あ、私、甘えてばっかりの末っ子だったんだ。うん、けっこう思い出した。
「それでね、若い小鳥さんが、お姫様はとってもお転婆だったから、逃げ出すくらいはするはずだって。そんな風に言われるなんて、どんなお姫様なんだろうね?」
「ジャスミン……」
「なに?」
「いや、なんでもない」
カイドは何か言いかけたけど、すぐに自分で打ち消した。
変なの。
もしかしたら、私には言えない機密情報を知ってるのかな。
でもまあ、とにかく……。
「私は、お姫様がどんなにお転婆だったとしても、行方不明になってみんなに心配かけるようなことはしないと思うんだ。だからきっと、何か大変なことがあったんだよ」
大切な家族や友達を悲しませるようなことは、もう二度としたくない。
お姫様だって、きっと家族や友達が大切なはずだから。
どうか無事でいて欲しい。
「早く見つかるといいねえ」
「……そうだな」
呟いた私の願いにカイドは優しく頷いてくれた。
それから何度も大きな前足で私を撫でるから、自慢の毛があちこちに飛びはねちゃったよ。
もう、しょうがないなあ。
カイドだから許してあげるけどね。




