表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネズミの姫と七星の騎士  作者: もり
第一章
8/51

失敗


「ダメだよ、部屋から出るなんて」


 こっそり廊下に出た途端、頭上からリオトの声が聞こえて、私はあっという間に捕まってしまった。


 え? なんで? 

 リオトは会議に向かったんじゃなかったの?

 なんで、なんで?


 焦ってジタバタする私を、リオトは両手で支えて目線を合わせた。

 その顔は穏やかなのに、蒼い瞳はとても真剣でちょっと怖い。


「外は危ないから出てはダメだと言っただろう?」


 でもでも。

 もしカイドが病気だったら……。


 そう思うとやっぱり諦められなくて、私はリオトの左手にガブリと噛みついた。

 リオトは驚いて手を放し、床に着地した私はすかさず駆け出す。


 ごめんなさい。ごめんなさい。

 加減はしたけど、大丈夫かな?


 すぐに後悔したけど、それでもカイドの匂いを辿って走る。

 たぶんこっちだ。

 カイドに教えてもらった秘密の通路に入れば……。


「アルフ!」


 リオトが誰かに呼びかけた。

 すると、いきなり男の人が目に前に現れて、私は再び捕まってしまった。

 森でもリオトの側にいた部下さんの一人だ。

 私、素早い動きには自信があったのに。


 しょんぼりした私をアルフさんはリオトへと引き渡す。

 リオトは私を胸に抱いて優しく撫でてくれたけど、やだ。

 き、気持ち良くなんてないんだからね。

 夜になったら絶対、カイドを捜しに行くんだから。


 改めて強く決意した私だったけど、ふとリオトの左手についた歯形に気付いた。

 ごめんね、痛かったよね。

 一気に申し訳ない気持ちでいっぱいになって、思わず傷を舐めたけど、リオトが小さく息を呑んだから慌ててやめた。


 気持ち悪かったかな?

 変な菌は持ってないから、病気にはならないよ?

 心配ないよと伝えたくて見上げると、リオトはいつものように柔らかく目を細めて笑ってくれた。


「ありがとう、ジャスミン。それにしても困ったお姫様だね? 昼間にも散歩したくなった?」


 あれ? どういうこと?

 また意味深発言?

 リオトはアルフさんに何かを耳打ちしてから、首を傾げる私に視線を戻した。

 アルフさんはいつの間にかいなくなっている。きっと忍者だ。


「ごめんね、ジャスミン。一人で自由に出歩くことは危ないから許可は出来ないんだ。だから僕についておいで。まあ、退屈な話し合いだけど、気分転換にはなるかも知れないからね」


 え? 大切な会議に私を連れて行っていいの?

 リオトが怒られない?

 不安に思う私の頭を、リオトは大丈夫とでも言うようにポンポンと軽く叩いた。

 この感じ、カイドに似てる。


 それからリオトは私を抱っこしたまま廊下を進んだ。

 だんだんカイドの匂いが近くなってくる。

 これはひょっとして、夜を待たなくてもカイドに会える?


 リオトが入った部屋には厳めしい顔をしたおじさんや、優しそうなお爺さん、十人くらいの人がいた。

 どうやらリオトを待っていたみたい。

 で、当然ながら、みんなが私に注目したけど、そんなことはどうでもいい。

 だって、カイドがいたから。


 カイド!!


 私は嬉しくてリオトの腕から飛び出した。

 でも、すぐに急ブレーキ。

 窓際の大きな長椅子に寝そべったカイドはすごく怒っている。

 やっぱり私、カイドに何かしたんだ。


 カイドはうろたえる私をじっと見ると、重い溜息を吐いて長椅子から静かに降り立った。

 そして入口とは別のドアを器用に開けて、私に来るように顎でクイッと合図する。

 えっと、いいのかな?

 うかがうように私が振り向くと、リオトは微笑んで頷いてくれた。


 よし、女は度胸。

 何かをして怒らせてしまったのなら謝ろう。


 そう勇ましく決意すると、カイドについて隣の部屋に入った。

 だけど、待っていたのは気まずい沈黙。

 控室のような部屋には、カイドと私だけなのに何だか息苦しい。


「――なぜリオトの部屋を抜け出したんだ?」


 ようやく口を開いたカイドの声はとても鋭くて、私はビクリとして身を縮ませた。


「だって……カイドが……」


「なんだ?」


「会いに、来てくれないから、病気なのかなって……」


「……」


 何を言い訳してるんだろう。

 カイドに怒っている理由を聞いて、ちゃんと謝ろうと思っていたのに。

 ダメダメの大失敗だ。かっこ悪い。


 あまりにも情けなくて黙り込んでしまった私の頭を、カイドはいつものようにポンポンと軽く叩いた。


「きつい言い方をして悪かったな。それに心配もかけたようで悪かった。ただ少し……別の用事があって、部屋には行けなかったんだ」


 さっきとはまるで違う柔らかい声。

 落ち込んだ私をカイドは気遣ってくれてる。


 カイドは優しい。リオトも優しい。

 なのに私はワガママだ。

 約束してた訳じゃないのに、カイドにはカイドの都合があって当たり前なのに。

 一人で不安になって、部屋から抜け出してリオトに噛みついて、カイドにも迷惑かけて。

 ちゃんと謝らなくちゃ。


「……ごめんなさい、カイド」


「何を謝っているんだ?」


「勝手に色々と勘違いして、早とちりしちゃって……」


「ああ……それは私も悪かった。だが、昼間にその姿で部屋から抜け出たことの言い訳にはならない。それはわかるな?」


「……はい」


 カイドは私の小さな謝罪を受け入れてくれたけど、後に続いた言葉はとても厳しかった。

 そうか、カイドが怒っているのは私が部屋から出たからだ。

 ということは、これって本末転倒?

 ちょっと……ううん、かなり反省。

 それにしても、なんでカイドもリオトもそこまで神経質になるんだろう?


 やっぱり、お城のみんなはネズミが嫌いなのかな。

 ネズミがウロウロしていたら、不衛生に思えるから?

 まあ、リオトの部屋はその通りだけど。


 とにかく、カイドが病気じゃなくて良かった。

 安心すると眠くなって、思わず大あくび。

 そんな私にカイドは優しく声をかけてくれた。


「リオトの部屋に戻るか?」


 できたらカイドともっと一緒にいたい。

 うむむむ。でもワガママはもう言えない。

 返事もせずに一人悶々としていたら、カイドは小さく笑った。


「では、私は隣の部屋に戻るが、ジャスミンも一緒に来るか?」


「うん!」


 嬉しいお誘いに、私は元気良く頷いた。

 それから隣の部屋に戻ると、長椅子に寝そべったカイドの傍にちょこんと座る。

 みんなは私とカイドにちょっとだけ視線を向けたけど、すぐに会議に集中した。

 だから邪魔にならないように静かにしていたら、触れるカイドの体温が気持ち良くて、いつの間にかウトウトしていた。


 夢の中でカイドが誰かと話している。

 『……に、ずいぶん懐いていらっしゃる。上手くやりましたなあ』

 『何をおっしゃっているのです。私には……』


 しわがれた声に応えるカイドの声はとても冷たい。

 誰だかわからないけど、カイドに意地悪したら許さないからね。

 だって、カイドは私の大切な友達なんだから……。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ