出発
みんな、どうしてるかなあ?
穏やかな風に梢がサワサワ揺れる音と、小鳥さん達の楽しそうな鳴き声か聞こえるのどかな昼下がり。
私はソファに寝転んだまま、森のことを思い出していた。
今頃になってホームシックだ。
またみんなと駆けっこしたいなあ。
カイドと一緒に鬼ごっこするのも楽しそうだなあ。……ううん、本気で狩られそうだから、やっぱりやめとこう。
ソファの上をゴロゴロと転がりながら、カイドのことを考えた。
カイドはとても優しくて面白いけど、根はまじめだと思う。
それに、すごく心配性。
本当は私がリオトの部屋を初めて抜け出した時から気付いていたのに、驚かせないようにずっと隠れながら、危険な目に合わないように見守っていてくれたんだって。
結局、驚かされたんだから、意味なかったけど。
早く夜にならないかなあ。
あーあ……。
「退屈?」
突然聞こえたリオトの声に、私は驚いてピンッと耳を立てた。
まるで私の考えを読んだような言葉。
ソファから起き上がってヒョコッと顔をのぞかせると、リオトは仕事の手を止めて、こちらに柔らかな眼差しを向けていた。
慌てて私はクッションに埋もれて隠れる。
すると、リオトの小さな笑い声が聞こえた。
やっぱり、リオトは鋭いと思う。
それなのに、時々そうでないふりをしてる気がする。
うむむむ。なんだか、わからないことばかり。
でも何がわからないのかがわからない。
珍しく思い悩んでいた私は、結局そのままお昼寝へと突入してしまった。
* * *
深夜、人間の姿でいられるわずかな時間は掃除と城内探検に専念して、リオトの部屋に戻ってからはカイドと色々な話をした。
カイドはすごく物知りだ。
「ねえ、カイド」
「なんだ?」
「どうして私は人間に変身できるんだと思う?」
ずっと不思議に思っていたこと。
カイドは少しだけ黙り込んでから口を開いた。
「ジャスミンは……人間になるのは嫌か?」
「ううん。嫌じゃないよ。楽しいし、ワクワクする。ただ、どうしてかなって思っただけ」
どこか悲しげにカイドが訊き返すから、私は慌てて否定した。
それが正直な気持ちだし。
カイドは小さく息を吐くと、ポンポンと私の頭を撫でるように叩いた。
「おそらく……ジャスミンはずっと聖なる森にいたからだろう」
「森に?」
「ああ。あそこは聖域から発せられる『聖なる力』に満ちている。その力をジャスミンはしっかり取り込んだんだろうな」
「じゃあ、他のみんなも人間に変身できるの?」
「さあ、それはどうだろうな。ただ間違いないのは、ジャスミンは聖なる力と相性が良いということだ」
カイドの答えには、なんだか妙に納得してしまった。
あそこにはパワースポットのように肉食動物さん達も元気をもらいに来てたぐらいだから。
でもでも、じゃあじゃあ……。
「カイドも、あの森にいたら人間に変身できるかも知れない?」
「……そうだな」
うわー。それってすごくいいかも!
カイドは人間になっても絶対かっこいいと思う。
またまた期待に満ちた目をカイドに向けたけど、今度は勝てなかった。
「私はそう簡単に城から離れることは出来ない」
だから森へ行くことは出来ないと、カイドは暗に告げた。
とても残念だ。でも、この国の守護獣としては仕方ないのかな。
って、あれ?
「あの時はなんで森にいたの?」
「あれは……隣国からの帰りだ」
「隣国ってディオサ聖国?」
「……ああ」
「ええ? ディオサ聖国って、これから戦争になるかも知れないんでしょ? ロウヴォ王国が聖なる森を狙ってるって」
聖なる森は、ディオサ聖国の領土内にあって、今まで何千年も大切に守られてきたらしい。
それなのに奪おうとするなんて、酷いよね。
「……よく知っているな」
「うん。小鳥さん達が噂しているのを聞いたから」
「そうか」
「悪い国だよね? でも、この国はディオサ聖国を助けてあげるんでしょ? これも噂で聞いたよ」
ディオサ聖国は領土の大部分を森が占めてるから耕作地は小さいけど、森の恵みによってとても豊かなんだって。
だけど、人間も動物もみんな穏やかな気質で戦いには向いてないらしい。
ちょっと興奮した私の言葉に応えることなく、カイドはいきなり立ち上がった。
「カイド?」
「もう行かなければ」
カイドは小さく呟いてあっという間にドアまで移動すると、音も立てずに静かに出て行った。
突然のことにビックリした私は、閉まってしまったドアをただ呆然と見つめた。
夜明けまでにはまだ時間があるのに、どうしたのかな?
カイド、怒ってる?
なぜだか分からないけどそんな気がして、胸が騒いだ。
翌日から、カイドは深夜になってもリオトの部屋に来ることはなかった。
一人で部屋から忍び出てお花を摘んでも楽しくない。
だから四日目の朝、私は決意した。
カイドに会いに行こうって。
いつものように仕事を始めたリオトの隙をうかがう。
もうすぐ偉い人達と会議するために部屋を留守にするはずだから、その時がチャンスだ。
そして部下の人が呼びに来て、リオトは出て行った。
チャンス到来!! さあ、出発だ!!