謝罪
「あの……」
「なんだ?」
「森のみんなは無事?」
唐突な私の質問に、トラさんはちょっと心外だという顔をしたけど、すぐに表情を戻すと頷いた。
「ああ、もちろんだ」
その返事にホッとした私を見て、トラさんはなぜか申し訳なさそうに続けた。
「森では驚かせてしまって悪かったな。あの後、気絶してしまったお前をそのまま城まで連れ帰ってしまったが……森の皆にはその旨を伝えているから、そのことも心配はない」
「そっか……。良かった」
いきなり私がいなくなって、みんなに心配かけてるんじゃないかと気になっていたから、トラさんの言葉にやっと胸のつかえが取れて安心できた。
すると、別の疑問が浮かぶ。
「そう言えば、なんで私を連れて来たの?」
「それは……驚かせてしまった謝罪と責任を取るためだ」
「謝罪と責任?……じゃあ、なんで今まで姿を見せなかったの?」
「……またお前を驚かせないためだ」
トラさんは少し言い淀んでから答えてくれたけど、何かおかしい。
「でも結局、驚いたよ。いきなり飛びかかるから……」
「それは本能だからしょうがない」
「ええ……」
変なの。でもまあ、いっか。
一応は気を使ってくれてたんだし。
あ、そうだ。
「ねえ、私はリオトからジャスミンって素敵な名前をもらったの。だからお前じゃなくて、ジャスミンって呼んで?」
せっかくなんだから名前で呼んで欲しい。
だって、まだリオトしか呼んでくれないから。
そう思ってお願いすると、トラさんはちょっとだけ怖い顔をした。
「――ジャスミン、か。……綺麗な名だな」
だけどすぐにトラさんは柔らかな、それでいて艶っぽい声で私の名前を呼んでくれた。
あれ? 怖いと思ったのは気のせい?
なんだかドキドキしちゃうよ。
「それで、トラさんは何て名前なの?」
当たり前の質問をしたつもりだったのに、今度こそトラさんは怖い顔をして再び私にトラパンチをした。
「あいたっ!」
人間の時よりダメージが大きい。
叩かれた所をさすりながら、涙目でトラさんを見上げたら、呆れたように大きな溜息を吐かれてしまった。
なんで?
「ジャスミン、私はトラではなくてヒョウだ。この国の守護獣であるヒョウをトラと間違えるな」
「ご、ごめんなさい……」
トラさんじゃなくてヒョウさんだったか!
確かにちょっとおかしいなとは思っていたんだけど。
すごく失礼なことしてしまった。
落ち込んでしまった私の頭を、トラさん――ヒョウさんは爪をしまった大きな前足でポンポンと慰めるように軽く叩いた。
トラパンチじゃなくてヒョウパンチだったな、なんて関係ないことをつい考えてしまう。
「私の名は……カイドだ」
「カイド?」
「ああ」
優しい声音でヒョウさん――カイドは答えてくれた。
この声、好きだな。
「じゃあ、これからはカイドって呼んでもいい?」
「ああ、もちろん」
「ありがとう!」
嬉しさのあまり、私はカイドに飛びついた。
カイドは一瞬体をこわばらせたけど、すぐに力を抜いて私の耳の後ろをペロリと舐めた。
くすぐったいよ。
カイドの体は大きくて力強くて頼もしくて、あたたかい。
すっかり安心してしまった私は、いつの間にか眠ってしまっていた。
だから朝になって、目が覚めた時にカイドがいないのはとても寂しかった。
もっといっぱい話したかったな。
その日はずっとカイドのことを考えていたから、深夜になってリオトの部屋にまた来てくれた時には喜びに驚いた。
「カイッ――」
思わず大きな声を出しそうになって、慌てて口を押さえる。
カイドは音を立てることもなく器用に前足でドアを閉めると、口にくわえていた包みを床に置いた。
「何、これ?」
「城で働く娘達が着る服だ。それを着ていれば、ひとまずは城内をうろうろしていても怪しまれない」
確かに、中には女性物の服一式が入っていた。
カボチャパンツまである。
昨日、着る物がないってぼやいたから用意してくれたらしい。
「ありがとう、カイド」
すぐにお礼を言って、そのまま着替えようとしたら、ペチンとまたパンチをされてしまった。
「ここで着替えるな」
「あ、そうだね。ごめん」
プイッと横を向いてしまったカイドに謝って、隣の部屋に向かう。
失敗だ。
裸でいることに慣れてしまったみたい。
人間でいる時には気をつけないダメだね。
「ねえ、変じゃないかな?」
着替えが終わって部屋に戻った私は、自分の姿を見下ろしながらカイドに訊いた。
靴なんてずいぶん久しぶりだから慣れないし、足音にも気をつけないといけない。
それでも私はワクワクしていた。
「ああ、……かわいいな」
「ほんと?」
「ああ」
柔らかく目を細めて頷いてくれたカイドの返事を聞いて、思わず私はその場でクルリと回った。
すごく嬉しい。走り出したいくらい嬉しい。
久しぶりにちゃんとした服を着ることができて、しかも褒めてもらったんだから、喜んで当然だよね。
それも、「かわいい」だなんて。えへへ。
「ねえねえ、カイドはこのお城のこと詳しいの?」
私は浮かれた気分のままカイドの寝そべるソファの端っこに座ると、朝から考えていたことを口にした。
「そうだな。生まれた時から過ごしているから、よく知っている」
「この国の守護獣として?」
「……ああ」
「すごいなあ、生まれた時からなんて」
守護獣としてなんて、きっと大変だと思う。
それなのに、こんなこと頼んでもいいのかなとためらいつつも、カイドの優しさにもう少し甘えてみることにした。
「あのね。これから私、お城の中を探検してみようと思うんだけど、カイドに一緒に来て欲しくて……」
この先、私はどうすればいいのかよくわからないけど、それでもお城の中のことは知っておきたい。
私の本能っていうか、とにかく探検したくてうずうずしている。
今まではリオトに注意されていたから我慢してたけど、本当はずっと部屋の外をいっぱい見たかったから。
「……いいぞ」
私の期待に満ちた目に負けたのか、カイドはちょっとだけ考えてから了承してくれた。
やった!
それからは、深夜になると城内をあちこち案内してもらった。
しかも抜け道や秘密の通路、隠し部屋まで教えてくれて、とても楽しかった。
やっぱり、カイドに付き合ってもらって正解だったね。