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ネズミの姫と七星の騎士  作者: もり
第一章
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露見


 あまり細かいことを気にしても仕方ないので、私は掃除を続けることにした。

 もちろん、部屋から忍び出ては花を摘む。

 だって、気分転換って必要だし。

 掃除を始めてから五日目には部屋の腐臭もかなり消え、私は更に張り切っていた。


 ジャスミンの花って、確か香油が抽出できるんだっけ?

 やり方はわからないけど。

 せめてポプリの作り方でも知ってれば、今までのお花で作れたかなあ?

 ホント私ってバカだ……。


 せっかく前世の記憶があるのに、役に立つことは全然覚えていない……というか、知らない。

 もっと勉強しておけば良かったなあと後悔しつつ、次は床に落ちている紙屑をどうにかしようと考える。


 明らかに書き損じて捨てられているやつを別に仕分けて、しばらく様子を見てみるかな?

 それでやっぱりいらないようだったら捨てようか……。でもシュレッダーとかないし、普通に捨てていいものかな? 

 機密文書だったらまずいよね。


 部屋へと戻りながら夢中になって計画していたから、私はすっかり警戒を怠っていた。

 まさか背後に黒い影が迫っていたなんて。

 気付いた時には遅かった。

 バサリとジャスミンの花束が落ちて、廊下に甘い香りが立ち込める。

 何がどうなったのか。


 仰向けに倒れた私は、あの黒いトラさんに圧し掛かられていた。

 力強くしなやかな体躯、精悍な顔立ちに澄んだ蒼い瞳。

 思わず魅入られたようにぼんやりと見つめたけれど、口元からのぞく鋭い牙がふと目に入って我に返る。

 反射的に悲鳴を上げようとして開けた口は、ポフッとトラさんの前足で塞がれた。


 あれ? 私を傷つけないように爪をしまいこんでる?

 食べるつもりではないのかな?


 困惑する私を見て、トラさんはニヤリと笑った。……と思う。


 こ、怖い。

 牙がむき出しになって、怖さ倍増。


 それでも私の動物としての本能は危険がないと告げている。

 私の気持ちが落ち着いたことを悟ったのか、トラさんは口を押さえていた前足をどけてくれた。


「大声を出すと見つかるだろ?」


 うわっ、渋くて良い声だな。

 なんだか背中がゾクゾクする。

 って、あれ?


「……しゃべれるの?」


 トラさんなのに?

 なんて不思議に思っていたら、トラさんは小さく笑った。


「お前も話せるじゃないか」


「え? だって、これは……」


 人間だからって言おうとしたけど、トラさんの発言の意味に気付いた。


「あの時のネズミだろ? 匂いでわかる」


 バレてる!

 どうしよう!? どうしたらいい!?


「あの……」


 上手い言葉が出てこなくて、私は冷や汗をかきながら澄んだ蒼い瞳を見上げた。

 しかも、そろそろネズミの姿に戻ってしまいそうだ。


「とりあえず、この態勢は色々とまずいな」


 低く呟いてどいてくれたトラさんは、よいしょと起き上がった私を見て続ける。


「それに、その格好もまずいな」


「え?」


 四つん這いになって散らばった花を拾っていた私は自分の姿を見下ろした。

 確かに、この姿で部屋の外をうろつくのはまずいと自覚はある。

 見つからなければいいかと思っていたけど、こうして見つかってしまったし。


「でも、他にないから……」


 人間になった私はけっこう背が低くて、リオトのズボンは邪魔にしかならないと思うんだよね。

 シャツ一枚で膝近くまであるし、ミニワンピみたいで大丈夫だと思ったんだけど、やっぱりノーパンはないよねえ。

 でも、それを言うならネズミの時は毛はあれどもスッポンポンで、トラさんだって――。


「あいたっ!」


 なぜかいきなりトラさんにペチンとネコパンチならぬトラパンチをされてしまった。


「そろそろ夜が明ける。部屋に帰った方がいい」


「そうだった! 私、ネズミに戻りそうなんだ」


 そうなるとドアを開けるにも一苦労するからと、立ち上がってリオトの執務室に急いで駆け込んだ。

 ふう、やれやれ。


「って、なんでついて来るの!?」


「だから大きな声を出すな。リオトが起きて来るぞ」


 だって、まさか一緒に部屋に来るとは思ってなかったから。

 それにしても、トラさんはリオトに見つかっても大丈夫なのかと心配になった。

 当のトラさんは部屋を見回しておひげをピクピクさせている。


「相変わらず、この部屋は臭いな。だが、ずいぶんマシになった」


 私を見て言うトラさんの言葉に、私は心配事も忘れて満面の笑みを浮かべた。

 やっと私の仕事が認められたことがすごく嬉しい。


 トラさんはそんな私からプイッと顔をそむけて一蹴りでソファへと飛び乗ると、ゆったりと寝そべった。

 あ、そこ私の指定席なのに、なんて思っていたら、トラさんはまたニヤリと笑った。


「来ないのか?」


 ちょっ、ちょっと!

 すごく色っぽいんですけど!


 いやいや、トラさん相手に赤くなるのはおかしいんだけどね。

 なんだか熱くなってしまったほっぺたを無視して私はソファに近づいた。

 そして端っこにちょこんと座る。


「あ、戻っちゃう」


 体がムズムズして呟いた一瞬後、私の世界は真っ白になった。

 要するに、リオトのシャツに埋もれてしまったのだ。

 モゾモゾとシャツから這い出ると、トラさんがじっと見ていた。


「なるほどな」


 私の変身シーンを目の当たりにして、トラさんは驚くどころか納得したらしい。

 そのまま何か考えるようにトラさんは黙り込んでしまった。

 薄闇に漂う沈黙が気まずい。

 だから私は勇気を出して、ずっと気になっていたことを口にした。




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