婚約
たいへん! たいへん! 大事件!!
スカートの裾を持って廊下を走り抜ける。
長いスカートは走りにくいけど、でも平気。慣れてるから。
「ジャスミン!」
後ろからヴィーが呼び止める声がするけど、大丈夫だよ。
逃げ出してるわけじゃないから。
ただ、確認したいことがあるだけ。
匂いをたどれば、こっちだってわかる。
思った通り、勢いよく飛び込んだ部屋でカイドを見つけた。
「カイド! 私と結婚するの!?」
「それは――」
「いや、姫は俺と結婚するんだよ」
「……ファドと?」
あれ? さっき着替えを手伝ってくれた女官さん達から聞いたことと違うよ。
エナを思い出して硬くなってた私に、女官さん達は色々と明るいお話をしてくれた。
それは、女官さん達の言う“私”の武勇伝。
ずっと側にいてくれたヴィーはクスクス笑ってるし、ちょっと恥ずかしかったな。
その時に、パントレ王国の第一王子と婚約したって聞いてビックリ。
思わず走り出しちゃってた。
「ないよ。ないない。ファドとはないから」
ニカって笑うファドを驚いて見てたら、リオトが呆れた声で否定した。
なんだ、そっか。ファドはないんだ。
うん、良かった。
「姫……なんで安心してるんだよ。俺のどこが駄目なんだ?」
「え、だって……ファドはネズミの天敵だもん。夜寝てる時に、小腹減ったって食べられちゃったら嫌だし」
真夜中って、なんだか急にお腹減っちゃうよね。
それで無性にラーメンが食べたくなったり、ポテトチップスが食べたくなったりするんだよ。
家にいる時はまだいいけど、入院中なんて朝まで眠れなくなったりして大変。
「いやだなー、姫は何か勘違いしてるって。舐めたりはしても、マジで食べた――イッ!!」
いぃぃやぁぁ!!
舐めたりするって!! マジで食べたいって!!
最近はファドって本当はいい人かもって思ってたのに!!
やっぱり猛禽類は天敵だ!
「お前ら前後から蹴りを入れるんじゃねえ! 避けられねえだろうが!!」
「いいえ、むしろカイドとリオトは甘いわ。さっさと締め上げて、焼き鳥にしてしまうべきよ」
「え? でもファドなんて、絶対おいしくないよ」
「メラク! お前まで失礼なこと言うんじゃねえ! 俺は絶対うまいに決まってるだろ!!」
「おえー」
「リオト!」
ミザールの後ろに慌てて隠れたけど、いつものやり取りが始まって、ちょっと安心。
たぶん、さっきのファドの言葉は冗談だったんだよね。
それにしても、本当にみんな仲良しだなあ。
って、あれ?
「ねえ、ミザール。おに……お兄様は?」
「……メグレズ殿は用事が出来て、先ほど聖城に帰られたの」
「そうなんだ……」
今なら、お兄さんもみんなと仲良くできたのに残念だね。
それにしても、なんだかお腹がすいてきたなあ。
と思ったら、大きくお腹が鳴った。
「あら、ジャスミン。そうね、もう晩餐の時間ね。今日はみんなで食べるのよ」
「それはすごい楽しみだね!」
「ですが、姫様はその前に靴を履いて下さらねばなりませんね」
「え? あ……」
靴を持って現れたアマリの言葉で気が付いた。
本当だ。靴を履くの忘れてた。
ドアの外では女官さん達が心配そうに見てる。
まだ着替えが終わってないのに飛び出しちゃったから、迷惑かけちゃったみたい。
うむむむ。またまた大失敗だ。
「……ごめんなさい」
「皆もその言葉は聞き飽きております」
うう。厳しい。アマリってば、すごく厳しいよ。
もちろん自業自得だけど。
「あら、みんな実は楽しんでるのよ。次は何をしてくれるのかと。ただ、ジャスミンが女官長にきつく怒られないのか心配しているんですわ。みんな、ジャスミンのことが大好きなんですって」
落ち込む私に、ヴィーがこっそり教えてくれた。
それで気分も急上昇。
大好きだなんて、そんな照れちゃうよ。テヘヘ。
「それでは、皆様は先に正餐の間へお移り下さい」
アマリは私の側に椅子を一脚持ってきてから、みんなに向かって言った。
カイド達はすぐに出て行ったけど、ミザールとヴィーは残ってる。
どうせなら、みんなで一緒に行ったらいいのにね。
「姫様、お掛けになって下さいませ」
「うん……」
やっぱりこれから叱られちゃうのかなって、緊張して椅子に座る。
すると急にアマリが膝をついて、私の足に靴を履かせてくれたからビックリ仰天。
「アマリ! いいよ! 自分で履くから!!」
「姫様、それはなりません。姫様のお世話をさせて頂くことが私共の喜びなのですから」
「でも……」
「何度も申し上げておりますが、「でも」は受け付けません。それに姫様、本来なら殿方とお話なさる時には私や他の女官達を通して下さらなければなりません。あの方達は騎士ですから仕方ありませんが、他の殿方に直接お声を掛けることはなりませんよ」
「ええ……」
何それ。ビックリ。
そんな決まりがあるなんて、お姫様ってすごく大変。
側に立ってるミザールを見上げたら、呆れてるような顔で肩をすくめた。
その隣のヴィーは笑いを堪えてる。
なんだ、これが普通って訳じゃないんだ。良かった。
それにしても、アマリはすごく過保護だよね。
これじゃ、私が逃げ出しちゃうのもしょうがないよ。
素敵なお姫様になろう計画はどうやら前途多難だ。




