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ネズミの姫と七星の騎士  作者: もり
第一章
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変身


 ふあぁぁ。退屈。


 大あくびした私を見て、リオトは優しく笑う。

 昼下がりのこの時間、夜行性の私はどうしても眠いんだよね。

 って、ソファに丸くなって寝てるんだけど。


 リオトは腐界の執務机の前に座り仕事してる。

 そう、この部屋ってゴミ溜めではなく、リオトの執務室だった。

 びっくりだよ。


 どうやらここは、聖なる森がある国の東に隣接するパントレ王国のお城らしい。

 やばいよ、パントレ王国。

 第二王子は片付けられない子だよ。


 なんでも執務室には召使いさん達の入室を制限していて、片付ける人がいないから腐界と化してしまったみたい。

 隣のリオトの私室になるらしい居間や、奥の寝室などはそれなりに綺麗だった。

 ちょっと覗いただけだけど。


 リオトの私室からは出てはダメって注意されている。

 あまり人に姿を見られたらダメだって。

 この世界でもやっぱりネズミは歓迎されないのかな?

 腐界に出入りするリオトの部下さん達――信頼できるらしい彼らは私のことを見て見ぬふり。

 普通に話しかけてくるリオトがちょっと変わってるみたい。

 というか、部下さん達ってすごい器用。

 音もあまり立てずに腐界をスタスタ歩くんだから。忍者か。


 さてと、もう一眠りして夜になったら私の活動開始。

 ふふふ。

 私はこの三日間、寝ていながらもちゃんと観察してたんだ。

 リオトの行動をね。

 そして結論。リオトはズボラな変人。


 まあ、私に自己紹介して握手しようとする時点でわかるよね。

 何をどこに置いたか分からなくなるから、他人に触られたくないらしい。

 だけど、自分では片付けないから腐界化が進む。

 せめてご飯の食べ残しくらいはどうにかすればいいのに。

 もしくは専属の秘書さんでも雇うとか。


 という訳で、私が片付けることにしました。

 この便利な前足でね。

 ううん、決してこの臭いに耐えられなくなったからじゃない。

 慣れって怖いよ。

 だって、最初の時より臭いと思わなくなってきたから。それは女子としてやばい。

 なので夜までお休みなさい。



   * * *



 さて、私の感覚では草木の眠る丑三つ時。

 神経を研ぎ澄ませば、リオトが寝ている気配が伝わって来る。

 よし、ひとまず食器類を廊下に出そう。

 そうすれば、誰かが片付けてくれるはず。

 結局は人任せでごめんなさい。でもそれが一番効率いいと思うから。

 ただ問題は、あのドアをどうやって開けるかなんだよね。

 まずジャンプして、ドアノブに飛びついて体重をかけてグルッと……上手くいくことを願おう。


 なんだか体がムズムズする。

 最近、運動不足だからかな?

 前は森の中を自由に走り回ってたのに、今はリオトが寝てるから遠慮してこっそり執務室の壁にある本棚を駆け上がるだけだしね。


 助走をつけるためにドアからちょっと後ろに下がる。

 邪魔は多いけど、なんとかなる。

 息を吸って……よーい、どん!


 失敗。

 ドアノブには届かなかった。

 踏み込みが甘かった。というか、ホコリすごい。


「ケホケホ……。ハ、ハックチュウ!」


 咳とくしゃみの同時発射。

 って、あれ?


「……ケホケホ」


 おかしい。

 視界に映る景色が微妙に変わった。

 それに声も違う。


 不思議に思って自分を見下ろすと……。


「すっ――!!」


 ぽんぽんだ!!

 いつも裸のネズミじゃなくて、人間。

 間違いなく、人間がすっぽんぽんになって座ってる。

 しかもこの体、私の意思で動く。


 よろよろと立ち上がった私は、窓へと近づいた。

 そしてガラスに映った自分の姿を見て驚いた。

 色白の肌にぱっちりとした大きな黒い瞳。

 黒に近いネズミ色の艶やかに輝く髪の色は私の毛の色。

 どこかで見たことがある気がするのはそのせいかな? 小動物っぽいし。

 前世がこの姿だったらきっと人生変わってたのに。


「でも、これって……」


 思わず呟いた私は慌てて口を押さえた。

 リオトが起きるかもしれない。

 ドキドキしながら必死に考える。


 これって……あれだ。

 うん、そうだ。間違いない。

 鶴の恩返しだ!


 よくわからないけど、きっとリオトはあの黒いトラさんから私を助けてくれたんだ。

 それで、森の神様が恩返しをしなさいと、人間にしてくれたに違いない。

 とすれば、することは一つ。

 掃除だ!


 ホコリもカビも健康によくないからね。

 せめてこの腐った物を片付けないと。


 でもその前に、服が欲しい。

 すっぽんぽんではスースーするから。

 リオトは……まだ寝てる。よし。

 ネズミの時より夜目も気配を探るのも鈍ってるけど、普通の人間よりはかなりいいみたい。

 じゃあ、ちょっとクローゼットからリオトの服を拝借。


 抜き足、差し足、忍び足。

 鶴の恩返し作戦なら、たぶん姿を見られちゃダメなはずだから。

 こっそりと。

 リオトは変人でも鋭い人だと思う。それは私の本能が告げてるから気をつけないと。

 だけど私はネズミ。コソコソするのは得意なんだ。



   * * *



 やっぱり人間って便利だね。

 予想外の出来事で、予想外に早く片付いたよ。

 丸められた紙屑や散乱した本などはリオトにとって必要かもしれないから、そのままの場所に置いているけど、三日間の観察結果で食器類は不要と判断したのだ。

 まさか食べ残して腐った物に重要な機密が隠されていたりしないだろうし。たぶん。


 もし大切な物だったら、知らんぷり作戦でいこう。

 にしても、すぐには臭いって消えないよね。

 けっこう部屋に染み込んでいるようだし、換気したいけど風で書類が飛んだり、配置が変わってもダメだろうから。

 空気清浄機もないし、せめて消臭剤……芳香剤?


「……」


 窓から見えるお庭は月の光に照らされて、とても綺麗な白い花が咲いているのが見える。

 あれって、ひょっとすると香りの強い……。


 しばらく悩んだ私は自分を見下ろした。

 素っ裸にリオトのシャツを一枚はおっただけの私はちょっと色っぽい。

 まあ、人間の姿になってもぽっちゃりなんだけど、お陰さまで胸はある。

 てへへ。

 憧れてたんだよね、大きい胸。……あ、私、貧乳だったんだ。うん、少し思い出した。


 えーっと。

 部屋の外の様子を探れば、夜警らしい男の人達の気配がある。

 でも、これくらいなら見つからないように庭まで行って帰れると思う。


 よし、女は度胸。

 行ってみよう。


 そうして、夜陰に乗じてこっそり庭で花を摘んで戻って来た私はとても得意になっていた。

 だから、そんな私の姿をじっと見ていた気配があったなんて、全く気付いてなかった。




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