人間
ピタン、ピトン、ってしずくが落ちる音がする。
そうか、雨が降ってるから小鳥さん達の声がしないんだ。
まだ重たいまぶたを上げて窓の外を見ると、昨日の夜から続くシトシト雨模様だった。
湿気は苦手なんだよね。
自慢のフワフワした毛がベッタリしちゃって気持ち悪いから。
って、あれ? 何か変じゃない?
異変に気付いて手を上げてみたら、人間の右手。
驚いて起き上がると、やっぱり人間になってる。
夜中に遊んで、早朝に寝る時にはネズミだったのに。
シーツと枕で作ってた巣穴もいつの間にか崩れてる。
この大ニュースをカイド達に知らせようとベッドから飛び出して、はたと気付いた。
スッポンポンだ。
急いでハンカチの小部屋に走り込んで、たくさんある中から大好きなピンク色の服を取って着る。
ふぬぬ! 背中のボタンが上手く留められない!
この世界はチャックがないみたいでちょっと不便。しかも髪の毛がお尻まであるからちょっと邪魔。
悪戦苦闘してボタンを適当に留めてから髪の毛で隠すと、お部屋から駆け出した。
ひとまずリオトの部屋を目指したけど、すぐにカイド達の匂いに気付いて方向転換。
こっちの方だ!
人間になっても普通よりは嗅覚もいいから自信がある。
雨でお城の中の空気は淀んでいるけど、近くだったからすぐにわかった。
みんなの気配がするお部屋のドアを勢いよく開けて飛び込む。
「私、人間なの!!」
「うん、そうだね」
朝でも人間になれてた興奮そのままに叫んだら、リオトが笑って頷いてくれた。
でもお部屋の中を見た私の気分は途端に急降下。
だって、お部屋にはカイドやミザールやファド以外にも人がいたから。
どうやら会議中だったみたい。
大失敗だ。すごくお行儀悪いことしちゃったよ。
「あの……お邪魔しました……」
シンとした会議室からすごすご退散しようとしたところで、カイドが立ち上がって微笑んでくれた。
「ジャスミン、おはよう」
「……おはようございます」
頭を下げて、きちんと挨拶。
せめてそれくらいはしないと。
カイドはそんな私の後ろに向かって声をかけた。
「アルフ、もういい」
え? アルフさん?
驚いて振り向いたけど、開けっぱなしだったはずのドアが閉まっているだけで誰もいない。
忍者だから天井に張り付いているのかもと思って見上げたけど、やっぱりいなかった。
「なるほどね。こりゃ、ベンジャミン王が必死になって隠すわけだ」
ん? ベンジャミン王?
ファドの大きな声に向き直ったら、いきなりカイドに抱き上げられた。
「カイド!?」
「ジャスミン、靴を忘れている」
「え? あ……」
言われてはじめて裸足だったことに気付いて、スカートの裾に慌てて足を隠した。
うう、これまた失敗だ。
それにパンツもはくの忘れてる。
「あら、気にする必要はないのよ。ただ、ジャスミンの可愛い足に傷でも付いたら大変ですものね」
ミザールが立ち上がりながら優しい慰めの言葉をくれて、私の背中のボタンをそっと留め直してくれた。
そして気が付くと、いつの間にかお部屋には四人以外の人達はいなくなってた。みんな忍者?
不思議に思ってキョロキョロしてた私に、カイドが静かに言った。
「ジャスミン、一度部屋に戻って、侍女達に着替えを手伝ってもらうといい」
「でも……」
侍女さん達とはまだお話したことないから緊張するよ。
ネズミだって嫌がられたりしないかも心配。
私の不安に気付いたのか、ミザールが髪の毛を梳かすようにゆっくりと頭を撫でてくれた。
「もちろん、私も側にいるわ。この綺麗な髪を可愛く結ってもらいましょうね?」
「ありがとう、ミザール」
ミザールが側にいてくれたら、すごく心強くて嬉しい。
ホッとした私を見て、カイドがちょっと眉を寄せて呟いた。
「ああ、そうか……」
ん? なにが?
ミザールからカイドに視線を移すと、澄んだ蒼い瞳がすぐ近くにあった。
カイドは子供みたいに私を抱っこしてくれてるから、顔が同じ位置にあるんだよね。
「気が付かなくて、すまなかったな」
「ううん! 大丈夫!」
申し訳なさそうにカイドが謝るから、私はすぐに否定した。
ふむむ。私が怖気づいたから、カイドに余計な気を使わせちゃったよ。
またまた大失敗だ。
カイドはいつも私のことを考えてくれるのに、私は迷惑かけてばっかり。
大きくて温かくて、とっても安心できるカイドには、ついつい甘えちゃうんだよね。
なんて言うか、カイドはまるで……。
あ、そうだ!
「カイドって、お父さんみたいなんだ!」
「……」
自分では納得の答えだったけど、ファドがなぜだか大爆笑。
それにリオトとミザールが残念そうな顔をしてる。
私、なにか変なこと言ったのかな?
そう思って間近にあるカイドの顔を見たら……。
まさかショック受けてる?
ああ、しまった! カイドはまだ若いのに、お父さんなんて失礼だった!
「違うの! カイドはお父さんじゃないの! そうじゃなくて、えっと、大好きってことなの!」
上手く言えないけど、それが一番の気持ちだから。
首に腕を回してギュって抱きついたら、カイドは驚いたみたいだけど、何も言わずに背中をポンポンって軽く叩いてくれた。
えへへ。これも大好き。
「まあ! カイドはずるいわ!」
「そうだ、そうだ! ずるいぞ!」
ミザールとファドの不満そうな声が聞こえる。
リオトはいつものように笑ってる。
この温かい時間も大好き。
だから、まだまだわからないことばかりだけど、大切なみんなの為に精いっぱい頑張るんだ。




