食事
「ごめんなさいね、取り乱してしまって」
ミザールさんは改めて挨拶した後に、そう謝ってくれた。
だけど私はその間ずっと抱っこされたまま。
えっと、これからどうしたらいいのかな?
うむむと悩んでいたら、リオトが助け船を出してくれた。
「姉さん、いい加減に解放してあげなよ。ジャスミンが困っているだろ?」
「リオトはずるいわ!」
「はいはい。そうだね」
二人はとっても仲良しみたい。
よくわからないミザールさんの言葉にも、リオトは冷静に応えてる。
それにしても、王女様なミザールさんはすごく素敵。
ふわふわフリルのついた上着に、サルエルパンツみたいなズボンにブーツ。
何より、リオト達と同じ日焼けた肌に蒼い瞳でキリリとしたお顔。
それでも女性らしさが滲み出てて、とっても美人。
かっこいいなあ。憧れるなあ。
それに比べて私は……。
自分を見下ろすと溜息が出ちゃうよ。
「まあ、やっぱり私の腕の中はいや?」
「え? ううん、そうじゃないよ。ただ……」
いけない、誤解させちゃった。
お尻のお肉が問題なのとは言えないもん。
なんて誤魔化そうか……。
一生懸命考えてたら、盛大にお腹が鳴った。
うう、恥ずかしい。
まだ始めてもないダイエットにさっそく挫折しそうだよ。
「ああ、ごめんね。もうお昼前なのに、ジャスミンは朝御飯もまだだったよね。お昼には少し早いけど、ご飯にしようか」
リオトの言葉にお耳がピーン! お腹もグー!
そうだよ。朝ご飯もまだなんだから、しょうがないよね。
ウキウキ気分で頷いたら、ミザールさんがまた不満そうな声を出した。
「やっぱりリオトはずるいわ」
「はいはい。僕と兄さんが止めるのも聞かず、ロウヴォ王国に乗り込んでいったのは誰?」
「だって、仕方ないじゃない。私の大切なお姫様が極悪非道のシリウス王に捕まっていたらと思うと、居ても立ってもいられなかったのよ!」
ん? シリウス?
極悪非道ってなんだか怖いけど、どこかで聞いたことのある名前だなあ。どこだっけ?
ちょっと考えてみたけれど、お腹がすいて全然頭が働かない。
ここはひとまず腹ごしらえしないと。
「あの、ミザールさん……」
「まあ、なんて他人行儀な! ミザールって呼んでちょうだい?」
「う、うん、わかった。でね、ミザール」
「なあに?」
「ご飯にしよう?」
「あら」
拍子抜けしたようなミザールと、噴き出したリオト。
もう、すぐにリオトは笑うんだから、失礼しちゃうよ。
腹が減っては戦もできないんだからね。
* * *
ああ、幸せ。
やっぱりチーズサンドは最高においしいよね。
やわらかいパンにしっとりチーズをはさんで食べるなんて、とっても贅沢。
ダイエットは……このあと広いお部屋をいっぱい走って、ビスケットを我慢するから大丈夫。……だと思う。
あれもこれもってミザールが勧めてくれるから、食べすぎちゃった。
あとはもう甘い物しか入らないよ。
デザートはリンゴのハチミツ漬け。
つやつや飴色に光るリンゴがとっても美味しそう。
フォークを突き刺してウットリ眺める。
私ってば、ナイフとフォークも使えるんだよね。エッヘン。
まあ、子供用でも重くてちょっと大変だけど。
プラスチック製だったらいいのになあ。
「……でいいかな? ジャスミン?」
「ふぇ?」
しまった。
リオトが何か言ってたのに、聞いてなかった。
大切なお話だったのかな。
急いで口の中のリンゴを飲み込む。
だけどミザールが私の代りに応えてくれた。
「いやだ、リオトったら。食事中に無粋な話をしないでよ」
「無粋じゃなくて、大切な話だろ」
「ジャスミンはこのまま、ここにいればいいのよ。聖国に帰る必要なんてないわ」
「そういう訳にはいかないよ」
「だけどあそこは――」
「姉さん!」
あれれ? ちょっと待って。
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
仲良し姉弟ゲンカはいいけど、本当のケンカは嫌だよ。
しかも私が原因なんて。
「あ、あの!」
慌てて声を上げたけど、何を言えばいいんだろう。
食べることに夢中になって、ちっとも話を聞いてなかったから、よくわからない。
「なんだい?」
「ジャスミン、なあに?」
「えっと……とにかく私、頑張るから!」
ダイエットも変身も、ちゃんと頑張る。
それしか出来ないけど、とにかくみんなで仲良くしたい。
その気持ちが伝わったのかはわからないけど、リオトもミザールも優しく笑ってくれた。
うん、良かった。
と思った瞬間、ミザールがいきなり私を抱きしめた。
「ふぇむっ!」
「なんて健気な子なの!」
「姉さん!」
胃からリンゴが飛び出しちゃうよ!
ミザールは王女様だけど、騎士さんだからか、力がとっても強い。
リオトがどうにか引き離してくれて助かった。
ふう、やれやれだよ。
ホッとしたところで、カイドが部屋に入って来た。
お仕事お疲れ様でした。だね。
って……。
ああ、どうしよう!?
さっきのでリンゴ最後だった。
私一人でほとんど……ううん、全部食べちゃったよ。
疲れてる時には甘いものが一番なのに。
謝ろうと口を開きかけた私の頭を、カイドはそっと撫でてくれて、それからリオトとミザールに向いた。
「もうすぐ筋肉バカが来るらしい」
「え? もう?」
「あら、いやだ」
カイドの言葉と二人の反応に、何のことだろうと思った瞬間。
私の生存本能が危険を告げた。
ハッと後ろを振り向くと、窓の外に広がる青い空に黒い点が浮かんでた。
それはぐんぐん大きくなって、真っ直ぐこっちに向かって来る。
猛禽類だ!!
ちょっとしたパニックになった私は椅子から飛び降りた。
そして隠れ場所を探して駆け回る。
突然空から襲ってくる猛禽類はとっても怖くて、ネズミにとっては大の天敵。
それでみんなの制止の声も聞こえなかったの。
だから、高そうな壺を割っちゃったこと、許してくれるといいんだけどな。