引越
真っ白だ。
意識を取り戻した私は、今までの事は全て夢だったのかと目を開けて思った。
だって、ここは全てが真っ白な空間だから。
やっぱり今までのことは死ぬ間際の夢で、ここは天国かなって考えていた私の視界に入ったのはフニフニ揺れるおひげ。
あ、これ、私のおひげだ。
ということは? と手を上げてみたらラピスラズリを握ったままの前足。
なんだ、そうだよね。私はネズミだ。
よいしょ、と体を起して辺りを見回す。
真っ白な空間だと思ったけど、どうやらここは……あれ、あれだ。
えっと、そうそう! お姫様ベッド!!
ベッドの周りにレースのカーテンがかかってるの。
ちょっとウキウキしちゃうね。
で、ここどこだろう?
見たことないお部屋だし、すごく広いのに誰もいないよ。
ベッドを下りて、窓の側にあるチェストにえいっ! と、飛び乗って外を見る。
あ、ここはたぶん、リオトの部屋の近くだ。
フロアも同じ。
うむむむ。勝手にお部屋から出ちゃダメなんだよね。
どうしよう。ここは広くて寂しいよ。
窓辺でしょんぼりしていると、小鳥さん達がやって来た。
「みんな、今日はパンはないの。ごめんね」
リオトの部屋に置きっぱなしだから。
だけど小鳥さん達は陽気な声で鳴いた。
「大丈夫だよ。リオト様がくれたから」
「姫さまは寝てるからって」
「そうなの?」
小鳥さん達の言葉にびっくり。
パンのことはリオトにばれてたのか……。ということは、パンツのことも?
それはちょっと恥ずかしいなあ。
飛び立つ小鳥さん達に前足を振って別れ、気分転換に毛づくろいを始めたら、少しずつ思い出してきた。
そうだ。あれからアルフさんが現れて、リオトが新しい部屋の用意が出来たよって言ったんだ。
カイドが抱っこしてくれて、新しいお部屋に向かってる間に寝ちゃったみたい。
本当はリオトの部屋のままが良かったけど、ダメだって。
お城のみんなに私のこと知られちゃったからって。
こんな広いお部屋に一人なんてすごく心細いのに。
森では他のネズミさん達と木の根っこの穴で引っ付き合って寝てたから、本当はリオトの部屋でも初めは寂しかったんだよね。
前世でもお家ではお母さんと寝てたし、病院ではいつも四人部屋だったから。
眠れない時はみんなで“しりとり”したりして、楽しかったなあ。
って、ダメダメ。
もうワガママは言わないって決めたんだ。
後で隠したままの宝物は回収させてもらうとして。
よし、頑張るぞ!
元気が出てきた私は、寝室から居間に移ってソファに上った。
ひとまずラピスラズリはここに隠して、磨くのはあと。
この部屋の探検もあとにして……。
うん、決めた。もう一眠りしよう。
* * *
うーん、なんだろう。コンコン音がする。
キツツキさん、元気だね。
それから誰かの話し声もする。
『いないじゃない』
『まだ寝ているんじゃないかな?』
『寝室にもいないわよ。まさかリオト、あなた私から隠しているんじゃないでしょうね』
『何のためにだよ。姉さん、たぶんジャスミンはここだよ』
『……そこ?』
「ジャスミン、ごめんね。ちょっといいかな?」
リオトの声が頭上から聞こえる。
頑張って起きなきゃ。
ふむむむ。目がなかなか開けられない。
「……うん」
一生懸命まばたきして、もぞもぞと起き上がる。
ふあぁぁ。と大あくび一回。
クッションを動かして顔をのぞかせた。
途端、女の人の悲鳴が聞こえてビックリ仰天。
「きゃああっ! なんてかわいいの!!」
なに、なに!? なんなのー!?
こういう時は、とにかく逃げろー!!
急いでソファから飛び出して部屋中を駆け回る。
よいしょ、こらしょ、どっこら、ひゃっほう!
ああ、走るって楽しい。
って、あれ? 私、なんで走ってるんだろう?
スピードを落として考えてたら、リオトにひょいっと捕まってしまった。
どうやら私、寝ぼけてたみたい。
「リオト、おはよう」
「うん。おはよう、ジャスミン。姉さんが驚かせてしまったみたいで、ごめんね?」
ん? お姉さん?
リオトの腕の中で回れ右したら、とっても綺麗な女の人が両手で口を押さえて涙ぐんでいた。
大丈夫なのかな? 何か泣いてるみたいだけど……。
心配になってリオトを見上げたら、呆れたような、困ったような顔をしていた。
「姉さん、いい加減に落ち着いて。ジャスミンが困惑しているから」
リオトは言いながら、私を背の高い一本足のテーブルの上に下ろした。
ちょっとお行儀悪いね。ごめんなさい。
「ジャスミン、改めて紹介するよ。この感動にうち震えている少し変わった女性が僕の姉さんでミザール。姉さん、こちらが紹介するまでもないだろうけど、ジャスミン姫」
「は、はじめまして、ミザールさん。私、ネズミだけどジャスミンです。えっと、たまに人間になります」
ぺこって頭を下げたけど、ちょっと不安になった。
ここでの自己紹介って、握手だったかな。
リオトの時もそうだったし、よし。
「よろしくお願いします」
右前足を挨拶と一緒に出してみる。
全然届かない短い前足は愛嬌だから許してね。
ミザールさんは私に近づいて、そっと前足を握ってくれた。
と思ったら、いきなりギュって抱きしめられた。
「ふぇむっ!」
「姉さん! ジャスミンが潰れてしまうよ!」
変な声を出した私に慌てて、リオトが止めに入ってくれる。
するとミザールさんは力を緩めてくれたけど、放してはくれなかった。
でも助かった。ふう、やれやれだよ。
安心した私の耳にミザールさんの声が直接響く。
「だって、二十四年も待ったのよ!? こんなに可愛いのよ!? 抱き締めずして、どうするの!?」
「うん、普通に挨拶しよう」
リオトの冷静な突っ込みに賛成。
私もできたら、普通に挨拶してほしいよ。
これはちょっと苦しいもん。
ミザールさんはすごく美人だけど、リオトの言うとおりちょっと変わった人みたいだね。
卯堂成隆さまからイラストを頂きました!!
http://1402.mitemin.net/i51384/
イメージは前世の茉莉花です♪