決意
「さてと、伝達鳥の話では、明日にも姉さんが戻って来るらしいから準備をしないと」
「ああ、そうだったな」
なんだか憂鬱そうな二人の会話。
そうだ。確か二人にはお姉さんがいたんだよね。
「お姉さんはお出掛けしてたの?」
「まあ、お出掛けというか……ジャスミンを捜して、念のためにロウヴォ王国に潜入していたんだ」
「潜入!?」
なんだか危険な響きだけど大丈夫だったのかな?
小鳥さん達が王女様はとっても勇敢だって噂はしてたけど。
それでもわざわざお姫様のために?
どうしよう。ビスケットを我慢するだけじゃダメかも知れない。
だって、そもそもお姫様は人間前提だよね。
「私、上手く人間にはなれないのに……」
ちょっとだけ人間になれるのは私の意思じゃないし、変身の仕方もわからない。
おまけにデブっちょ。
本当に私がお姫様でも、その記憶がないから、みんなをがっかりさせるだけなんじゃないかな。
「ジャスミン、心配するな」
急に不安が込み上げてきた私の背中を、カイドがまたポンポンって叩いてくれた。
「そのままでいいんだ。ジャスミンはジャスミンなんだから」
「……ネズミでも?」
「ああ」
「……ありがとう」
カイドの優しさに涙が出そうになっちゃうよ。
そのままでいいって言葉はすごく嬉しい。
ほっこり心があたたかくなって、頑張ろうって思えてくる。
だけど気になることはまだまだあるんだ。
「やっぱりお城の人達はネズミだと嫌だよね……」
「どうして? みんな気にしないよ。それどころか、ジャスミンはとてもかわいいんだから、堂々とすればいいよ。それに見ていて面白いから僕は大好きだな」
リオトの明るい否定に私の気分は更に上昇。
そんな、かわいいなんて、大好きだなんて、照れちゃうよ。えへへ。
って、あれ? うむむ? うーん。
「でも、ネズミの姿では外に出ちゃダメなんだよね……」
「ああ、それは……その姿だと攫われやすいだろ? 聖国の姫がネズミの変化を得意としていることは知られているから、ちょっと身体能力の高い者がジャスミンを捕まえて袋にでも詰め込んでしまえば、簡単に城から連れ出せてしまう」
「そ、そっか。人間より運びやすいもんね」
それって、すごく怖い。
狭い所は好きだけど、袋に詰められるなんて嫌だもん。
カイドもリオトもそれで危険だからダメだって言ってたんだね。
それなのに私は何にもわかってなくて、本当にバカだよ。
うむむむ。また落ち込んでる場合じゃない。
これ以上みんなに迷惑かけないようにしなくちゃ。
そのためにも、変身を頑張らないと。
「ねえ、カイド。どうやったら人間に変身できるようになる?」
「うん? そうだな、どう説明すればいいか……普段はあまり意識していないんだ。だが、ジャスミンに関して言えば、おそらく自己暗示にかかっているのではないかと思っている」
「自己暗示?」
どういうこと?
なんだかさっそく壁に突き当たっちゃった。
難しい言葉はちょっと苦手。もちろん、ちょっとだけね。
その気持ちが伝わったのか、カイドはゆっくり説明してくれた。
「普通はジャスミンのように、一日の大半を変化したまま過ごすなど無理なんだ。だが以前にも言ったが、ジャスミンは森で聖なる力を十分に取り込んでいたから変化したままだったのではないかな。だから、この城に来てからしばらくして人間に戻っただろう?」
「うん。でもすぐネズミに戻ったよ?」
「それはきっと花の香りのせいだ」
「花の香り? ジャスミンの花のこと?」
「ああ。あの花は聖域では常に咲いている特別な花だからな。自分がネズミだと思い込んで森で暮らしていたジャスミンは、花の香りに反応して再び変化したんだろう」
そうか。そう言われれば、ネズミに戻る時はいつもお花のいい匂いがしてた気がする。
前世でもお母さんに、茉莉花は思い込みが激しいから気を付けなさいって注意されたんだよね。
それにしても、ジャスミンって特別なお花なんだ。ちょっと嬉しいな。
って、あれ?
「今は? ここにはジャスミンの花はないよね?」
キョロキョロと部屋の中を探す私を見て、リオトが小さく笑った。
「今回はたぶん、ジャスミンがネズミに戻りたいって強く思ったからじゃないかな」
「そうだな。時間的にも、もうすぐ夜が明けるから、条件反射でもあるだろうな」
「要するに、ジャスミンは単じゅ――」
「素直なんだな、ジャスミンは」
「え?……そう、かな」
急にカイドが大きな声を出すから、リオトの言葉が最後まで聞き取れなかったよ。
何を言いたかったのかな?
気になって聞き返そうとしたら、まだ薄暗いのに鳥さんが窓辺にとまって大きく鳴いた。
なんと、王女様がお昼前にはお城に戻って来るんだって。
「うわー。どれだけ飛ばしてるんだよ、あの人は」
「まあ、予想通りではあるな」
あれ? 嬉しいお知らせじゃないのかな?
なんで二人とも溜息を吐いているんだろう。
まさか王女様に何かあったんじゃ……。
「あの、お姉さんは大丈夫なの? ケガとかしてない?」
「うん、姉さんに限って心配はないよ。なにしろ、七星の騎士の一人だからね」
「七星の騎士!?」
リオトがさらりと口にした言葉にビックリ仰天。
王女様なのに騎士なの?
ううん、それよりも七星の騎士って実在するの?
「ああ、そうか。まだ言ってなかったね。僕も七星の騎士の一人なんだ。そして兄さんもね。この国には珍しくも三人の騎士がいるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
もうダメ。何がなんだかさっぱりわからないよ。
頭の中でお星様がキラキラしてる。
そんな私の背中を、またまたカイドが軽く叩いてくれた。
これ、落ち着くんだ。
「焦らなくても、ゆっくり思い出せばいい。それに思い出せなくても、新しく知っていけばいいんだ」
「……うん。わかった」
そうだ、そうだよね。
この世界のこと、みんなのこと、お姫様のこと、これからしっかり勉強しよう。
もちろんダイエットも頑張って、華麗に変身するんだ。
よし、決めた。
目指せ! 素敵なお姫様!!