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ネズミの姫と七星の騎士  作者: もり
第一章
12/51

正体


「たぶん、ジャスミンには肝心なことが全く伝わってないんじゃないかな」


 足音も立てずに部屋に戻って来たリオトに驚いて、私は反射的にカイドの背中に隠れた。

 って、バレバレなんだけど。ただ、どうすればいいのかわからない。

 もう一度はじめましてからはじめるの?

 うろたえる私にリオトは苦笑しながら近づいて、そっと右手を差し出した。


「ジャスミン、心配しなくても僕は噛みついたりしないよ。ただこれを返そうと思っただけ」


 そう言ってリオトが右手を開くと、コロンと小さな石が手のひらの上で転がった。


「それ、私のなの!!」


「うん。ジャスミンは気絶していてもこれを強く握り締めたまま、なかなか放さなかったんだよ。失くさなくてよかったね」


 思わず飛びついた私に、リオトは優しい言葉と一緒に石を返してくれた。

 カイドの瞳のような深く蒼いラピスラズリ。

 なんだか命がけになっちゃって、二人にも迷惑をかけちゃったけど、また手にできてとっても嬉しい。

 そうだ。リオトにもちゃんと謝らないと。


「リオト、部屋から勝手に抜け出して、ごめんなさい。それから石を返してくれてありがとう。とても大切なものなの」


「まあ、ちょっとヒヤリとしたけど、幸い無事だったからね。いいよ」


 リオトは柔らかく頷いてすぐに許してくれた。

 それがまた申し訳なくて、落ち込んでしまう。

 本当に私ってダメネズミだ。


 しょんぼりした私を慰めるように、カイドがいつものようにポンポンって背中を叩いてくれた。

 二人とも優しすぎるよ。

 ふむむむ。今度こそ、絶対良い子のネズミになろう!


 ラピスラズリを握り締めて固く誓った私は、そこで現状を思い出した。

 そういえば、ここってどこだろう? それに私、服着てるよ。


 フワリと揺れた服に気付いて下を向く。

 それから足首近くまであるピンク色のワンピース風のパジャマの裾をちょっと持ち上げた。


 かわいいな、これ。パジャマじゃなくて、ネグリジェって言うんだっけ?

 肌触りもいいな。あ、でもまたパンツはいてないみたい。スースーする。

 というか、いつの間にこれ着たんだろう?


「ねえ、カイド」


「なんだ?」


「ここはどこ? この服はどうしたの?」


「ああ、ここは城の翼棟にある客間の一室だ。それと、気絶していたジャスミンを介抱したのは侍女達だ」


「あ、そうなんだ」


 よかった。

 さすがにカイドやリオトにスッポンポンを見られるのは恥ずかしいもんね。

 って、あれ? 人間になったのはいつ?


「私……ネズミなのに、侍女さん達は嫌じゃなかったかな?」


 ネズミなんて触るのも嫌だって人いるよね。

 例え人間の姿だったとしても元はネズミだし。

 でもちゃんと毛づくろいもして、夜にはこっそり体も拭いて、不潔にはならないように気を付けてるもん。

 そりゃ、砂浴びはしばらくしてないけど。

 ああ、久しぶりにしたいなあ。

 おひさまが当たって、ポッカポカに温まった砂が気持ちいいんだよね。


 森の砂場を思い出してウットリしていた私は、リオトの抑えた笑い声で我に返った。

 いけない、いけない。

 考え事がコロコロ変わるのは私の悪い癖。

 で、なんだっけ?


「ほら、兄さん。やっぱりジャスミンには伝わってないよ」


 頑張ってリオトの言葉に集中しようとしたけど、ちょっとストップ。

 今、リオトはカイドのことを……。


「兄さんって……」


 カイドがリオトのお兄さん?

 だけどリオトはこの国の二番目の王子様だから、お兄さんは一番目の王子様になるはずで。

 この前、小鳥さん達が噂してたのは……あれ?

 訳がわからなくなってカイドを見上げると、ちょっと気まずそうな蒼い瞳にぶつかった。


「ジャスミン、私の正式な名はカイド・パントレ。私はこの国の第一王子だ」


「でも……リオトのお兄さんはベネトさんって言う人じゃないの? 小鳥さん達はそう呼んでたよ?」


「ああ、今は皆が私をベネトと呼んでいる。この国の守護獣であるヒョウの祖がベネトと言う名だったんだ。それで代々、ヒョウの姿に変化(へんげ)できる者をベネトと呼ぶ」


 そっか、そうだったんだ。

 前にリオトの部屋で読んだ本にあった、女神様と大地と七星の騎士の物語。

 そこに、この世界の国それぞれの守護獣の祖も登場していて、ベネトさんは大活躍でとってもかっこ良かったから覚えてる。

 あれってお伽噺じゃなかったのかな?


「えっと……じゃあ、リオトは?」


「残念ながら僕は変化できないんだ。王家の者やそれに近しい者達はそれぞれ守護獣の身体能力を強く受け継いでいるけれど、それでも守護獣の姿そのものに変化できる者はほとんどいない。今は世界でも数名かな」


「そうなんだ。すごいんだねえ」


 リオトの説明にとっても納得。

 きっとアルフさん達も身体能力が高いんじゃないかな。

 その中でもカイドってすごいんだ。


「ジャスミンもそのうちの一人なんだけどね?」


「なんの?」


「変化できる人間の一人ってこと。しかもジャスミンは特別。守護獣の縛りを受けずに、どんな動物にも自由に変化できるはずだよ? ネズミだけじゃなくてね」


「……でも、私はネズミだよ?」


 またリオトが変なことを言うから、胸が苦しくなっちゃうよ。

 そんな私の様子を見て、カイドはいたわるようにベッドに座らせてくれたけど、リオトの言葉を否定してはくれなかった。


「記憶を失ってしまうほどの何があったのかはわからないけど、間違いなくジャスミンは人間なんだよ」


「記憶を……失う?」


 言いにくそうに続けたリオトの真剣な顔が冗談じゃないって告げている。

 なんだか、よくわからない。

 私は前世が人間だったネズミだもん。


 お父さんとお母さんとお兄ちゃんとお姉ちゃん、それに友達がいて幸せだった。

 病気が重くなってずっと入院するようになってからは退屈で、たまに抜け出して神殿の森で動物さん達と遊んだりして、あとで怒られたりして……あれ? なんだか記憶がごちゃまぜになってる。

 とにかく、リオトもカイドも何か勘違いしてるんだ。


「森のみんなは私を仲間だと認めてくれたの。甘い蜜の花が咲く、とっておきの場所を教えてくれたり、おいしい木の実をわけてくれたり……」


 みんな優しかった。

 このまま森で暮らせばいいって言ってくれたんだから。


「――私達はジャスミンが行方不明になってすぐ、色々な動物達に尋ねて回った。もちろん、聖なる森にも捜索に行った。だが、皆が知らないと言う。匂いで追うこともできない。そんなある日、森に雷が落ちた。神の怒りだと誰もが畏れたが、幸い火事にはならなかった」


「……うん」


 あの時は怖かった。

 でもまだ火が小さかったから、急いで水を浴びて体を押し付けて消したんだ。

 自慢の毛がちょっとだけ焦げちゃったけど、名誉の負傷だから気にしなかった。

 カイドはまるでそのことを知っているように、優しく私の髪の毛を梳く。

 この感覚、いつかの夢みたい。


「私は確信した。森にジャスミンがいると。それで私達は再び森へ捜しに行ったんだ。その結果、ようやく見つけることが出来た」


「私を……捜してたの?」


 カイドの低くて柔らかな声は心に響く。

 だけどちょっと待って。

 なんでカイド達が私を捜してたの? 行方不明って何?

 それって、小鳥さん達が噂してた……。


「みんなが君のことを心配しているよ、ジャスミン。正式にはジャスミン・ディオサ。君はディオサ聖国の姫君だよ」


 やっぱり、リオトの言うことはわからない。

 頭の中がグチャグチャで上手く考えられないよ。





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