宝物
「ジャスミン、僕がいつも使っている黒いペンを知らないかな? どうも見当たらなくて」
仕事中のリオトに訊かれて私は思い出した。
そうだった。昨日、いたずらして棚に隠しちゃったんだ。
たいへん、たいへん。
ソファから起き上がって、机へ飛び移り、助走をつけて棚へジャンプ。
棚を駆け上がって、本の隙間から黒いペンを取り出すとリオトの執務机に、えいっ! と降り立った。
はい、リオト。
隠してごめんね。
その気持ちを込めて差し出すと、リオトは微妙な表情で私を見ていた。
驚いているような、何かを堪えているような……なんで?
そこでハッと気付いた。
しまった!
私、ネズミだ。これっておかしいよね。
どうしよう。どうする?
こうなったら、もう……。
「チュウチュウ?」
首を傾げてネズミっぽく鳴いてみた。
ちょっとだけ頭が良い、かわいいネズミですよ。何か問題でも? って感じを演出。
上手く誤魔化せたかな?
「……ありがとう、ジャスミン」
お礼を言ってペンを受け取ったリオトの声は震えていて、すぐに激しく咳き込み出した。
心配して見上げた私に、ジェスチャーで大丈夫だと示すと、リオトは立ち上がって部屋から出て行った。
廊下でもまだ咳き込んでいる。
本当に大丈夫かな?
私の毛が原因? それともホコリ?
そんなに抜け毛はないはずだけど。
やっぱりもっとしっかり掃除しないといけないなと考えながら、私はソファに戻って毛づくろいを始めた。
結局、鶴の恩返し作戦は上手くいってない。
カイドの指示で、ある程度は捨ててるのに、次から次へと……。
今までどうしてたのか謎だ。
そう言えば、作戦名は変えた方がいいかな?
何か色々ずれてる気がするし。
けどまあ、いいか。
細かいことを気にするのはやめて、今度はお昼寝しようと寝床を整える。
クッションをポンポンと叩いて膨らませ、ソファとの間にスペースを作って入り込む。
今日は暖かいから、顔は出して寝よう。
うん、いい感じ。
それにしても、聖なる力とやらのお陰で人間に変身できてるなら、そろそろ時間切れだよね。
森から離れて何日にもなるし。
でも私はもう人間になれなくても別にいいんだ。人間でいると悲しい……。
って、あれ? 今のなに?
眠りかけていたけど、ふと浮かんだ考えにビックリして目が覚めた。
なんだか急にもやもやしてきて気持ち悪い。
やっぱり、ホームシックかな?
カイドもリオトも優しくて、ここの動物さん達も大好きだけど、やっぱり森で暮らしたいと思うから。
ゴソゴソと起き出して、お水を飲む。
ちょっと一息。
うむむむ。寝損ねちゃったな。
よし、気分を変えよう。
ソファに戻った私は、クッションをよけて背もたれと座席の間の隙間に前足を入れた。
そして目的の物を掴んで引っ張り出す。
ここに隠しているのは私の宝物。
リオトのハンカチを一枚拝借して大事に包んでいるんだ。
そっと包みを開いてコロリと転がる小さな石を眺める。
今あるのは全部で四つ。
そのうちの一つを前足で持って、太陽の光にかざした。
むふふ。キラキラしてて綺麗だなあ。
花を摘みに外に出た時に、月明かりの下で輝いているのを見つけて拾ったもの。
もちろん宝石でもないただの石だけど、とっても綺麗。
昔、星型の石をもらったことがあって、それ以来、綺麗な石を見つけて集めるが大好きになったんだよね。
あれは誰だっけ? んーっと、お兄ちゃんだったかな?
とにかく、すごく綺麗で本当に嬉しくて……。
そうだ!
お世話になったお礼に、カイドに一つプレゼントしようかな。
謝罪と責任についてはよくわからないけど、もう十分だと思うし。
それと、森に帰るにはどうすればいいのか訊いてみよう。
四つを見比べて、どれにしようかと考える。
だけど、どうにもしっくりこない。
そこで前から気になっていた場所を思い出した。
ジャスミンの花が咲くお庭の向こうにある人工湖のほとり。
ちょっと遠くて人間の姿で隠れながら行くのは無理があったし、カイドと出会ってからはお城の中ばかり探検してて、まだ未開の地。
真夜中なら人目もないし、ネズミでならお庭を迂回しなくても通り抜けられるから、人間の姿になる前に帰って来れるはず。
秘密の通路を使えば、更に時間短縮できる。
うん、大丈夫。
窓から光り輝く湖面を見つめて決意した私は、ワクワクしながらも夜に備えて眠ることにした。
* * *
真夜中になって、こっそりリオトの部屋から抜け出した私は、目的の場所に着いて大興奮だった。
だって前からの予想通り、湖のほとりはお庭の土とは全然違ったから。
どこからか運ばれて来たのかな?
珍しい土質だからこれは期待できるかも。
風で波立つ湖面に反射する月の光と一緒に私の心も躍って、ウサギさんのように飛び跳ねて辺りを見て回った。
今日はとりあえず下見だし、ちょっとウロウロしたら帰ろう。
そう考えた途端、少し先にキラリと光るものを発見。
ラピスラズリだ!
まるで星の輝く夜空を封じ込めたような、カイドの蒼く澄んだ瞳のような石。
とってもとっても小さいけど、すごく綺麗。
嬉しい。カイドにピッタリだ。
小さな前足にすっぽり収まる石を眺めて、ウットリしていた私はちっとも気付いていなかった。
私を狙う影が気配を消して茂みに隠れていたなんて。
大きな灰色のイヌさんが飛びかかって来た時には、石を失くさないようにギュッと握り締めるだけで精いっぱいだった。
逃げるどころか動くことさえ出来ない。
言い付けを守らなかった罰が当たったんだ。
カイド、リオト、ごめんなさい。