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はじまり1

 終章 はじまり




 遠い遠い空の上。

大樹の根が地上を支え、その枝先が伸びている神々の世界。

天上にある湖の水鏡越しに、二人の神様が地上の様子を眺めていました。

「二人とも、可哀想」

大地の女神は悲しげにつぶやきます。

 木の根本にもたれかかっていた風の神は、不思議そうに尋ねます。

「何が可哀想なんだ? 火の神も、水の女神も、十分元気にやっているじゃないか」

 大地の女神は涙のたまった目で、風の神を振り返ります。

「だって、二人ともとっても辛い目や、苦しい目に何度も合っているのよ? そしてこれからも、何度も大変な目に合わなきゃいけないのよ?」

「まあ、そうだな」

風の神は湖面に目を落としました。

「こんなの可哀想過ぎるよ。せっかく、二人が出会うことが出来たのに、火の神の記憶が戻らないなんて。彼の記憶が戻らないと、天上に返って来れないなんて」

 ――たとえ天上に戻ってきても、おれ達神々が滅ぶ道しか待ってないけどな。

 風の神はため息をつきます。

大地の女神の落とした涙は湖の水面に波紋を作り、春の訪れを待つ草木の慈雨にとなって地上に降り注ぎます。

「わたし達で出来ることなら。二人の助けになってあげたい」

 ――だから、おれ達神々を助けてくれってか? 神々も二人を地上に落としておいて、都合のいいことだ。

 風の神は草の上から立ち上がり、湖の畔でうずくまる大地の女神に歩み寄ります。

「大丈夫だって」

風の神は大地の女神の頭に手を置きます。

「おれ達が心配しなくても、二人は大丈夫だ。地上で元気にやっていくさ」

 そう言って、大地の女神の茶色の髪をくしゃくしゃと撫でます。

「それにな、可哀想、可哀想、と言うのは、精一杯地上で生きてる二人にとって、失礼じゃないのか?」

 そこで初めて大地の女神は泣くのをやめて、上を見上げます。

「そうなの?」

大樹の枝の間から、優しい木漏れ日が降り注いできます。

「そうだ。だから、もうこれ以上泣くな」

 大地の女神は風の神の深緑の瞳を見つめ、うなずきます。

「うん、そうだね。じゃあこれからは、二人が嬉しいとき、一緒に喜んであげることにする」

 大地の女神は目尻の涙をぬぐい、輝くような笑顔を浮かべました。



 同じ頃、大樹の頂上の広間では、天上の主立った神々を集めて会議が行われていました。

神々の滅びの時をどう回避するか。

そのためには具体的にどういう手段を講じればいいのか、太陽の女神を中心に話し合われていました。

しかし何一つ建設的な意見が出ない中、太陽の女神は議論を中断し、結論を後日に持ち越すことにしました。

神々が広間を去ったのを見届けて、忘れ去られたようにある部屋の隅にある階段を太陽の女神は登っていきます。

階段を上りきると、そこは宮殿の頂上でした。

白い石の屋根が緩やかな円形を築き、その中央から大樹の太い幹が伸びています。

春先のためか、枝には葉がほとんど無く、緑の新芽が随所に見られるだけでした。

太陽の女神は丸い屋根の上を歩き、大樹の幹の前にたどり着きました。

大樹の幹は近づけば端が見えないばかりに太く、見上げれば空に霞むくらい高く枝を張り巡らせています。

その枝先の一つに、緑の葉を付けた宿り木が生えていました。

「滅びは突然訪れるものではない。目に見えない場所で、しかし着実と枝葉を伸ばし、進行してくるものだ。何者にも止めることは出来ない。何者にも等しく滅びは訪れる」

 春先の冷たい風に混じり、その声は太陽の女神の耳に重く響きます。

辺りに声を発したと思われる人影はなく、巨大な木が風に枝を振るわせているだけでした。

「あなたは、滅びを受け入れろとおっしゃるのですか? 原初の大樹よ」

 太陽の女神は片手で大樹の太い幹に触れ、枝先を見上げます。

「受け入れるも、受け入れないも、無いであろう。なあ、太陽の女神よ。わたしの枝にこの宿り木が宿った時から、いつかこのような事態が起こることは、あらかじめ予見していた」

 太陽の女神は膝を折り、幹にしがみつきます。

「どうして、わたし達に教えてくださらなかったのですか? どうしてお命じにならないのですか? この宿り木を刈り取れと、どうして?」

 太陽の女神はざらざらとした幹に両手を叩きつけ、頭を垂れます。

「お前達こそ、どうして滅びを避けようとする? 何故受け入れようとしない? いつかはわたしも枯れ、倒れるときが来る。それが早いか、遅いかの違いだけというのに」

「それでも! それでも、わたし達は滅びの時を少しでも遅らせようと」

 絞り出すように太陽の女神は声を張り上げます。

「この世のあらゆるものの命に限りがあるように、わたし達とて永遠ではないのだ」

 凛とした声が青空に木霊し、やがて消えました。

太陽の女神は力なく屋根の上にうずくまりました。

「ふふっ、滑稽だな。進むべき道を示すわたしが、こうして道を見誤るとは」

 拳を握りしめ、太陽の女神は地面を叩きます。

何度も叩くうちに、細い指からは血がにじみ、白い石の屋根にしたたり落ちます。

「太陽の女神様!」

白い丸屋根の上を、陽光を背に二つの人影が近づいてきます。

 走り寄ってきたのは、大地の女神と風の神でした。

「太陽の女神様。どうか、そんなにご自分を責めないでください」

 大地の女神は血がにじむ太陽の女神の手をそっと包みます。

「太陽の女神様がこんなことなさるなんて。一体どうなさったのです?」

「どうせ、神々の会議で行き詰まって、自暴自棄になっているだけさ。折角神々を集めて、滅びの時の危機を知らせても、会議で良い案が出ないんじゃあ、意味が無いしね」

「風の神!」

大地の女神が風の神を怒鳴りつけます。

「いや、かまわない。本当のことだ」

 太陽の女神は頭を振り、ゆっくりと立ち上がります。

太陽の女神は血のにじんだ指にふっと息を吹きかけます。

すると傷はみるみるふさがって、傷跡一つ無い白くしなやかな肌に戻りました。

「それで、お前は結局何が言いたいんだ? わたしに言いたいことがあるのだろう?」

 太陽の女神の力強い視線に、風の神は揺るぎない深緑の目を向けます。

「太陽の女神様は、おれ達にまだ何か隠していることがあるんじゃないのか? 例えば、あの宿り木のこととか」

 風の神は大樹の枝先にある、緑の宿り木を指さした。

「そうだな」

太陽の女神は明るい春の日差しを振り仰ぎ、目を細めました。

「そろそろ、すべてを話してもいい時なのかもしれんな」

 太陽の女神は大樹の太い幹を見上げ、赤い裾でその幹をそっと撫でます。

冷たい風が大樹の枝を揺らし、ぎしぎしときしんだ音を立てました。


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