第弐拾漆話/無殺生は常人の証左
宴の後は、静寂が殊更に寂寥を駆り立てる。
夜が深まるに連れて団員の話し声は聞こえなくなり、ついには羽虫のさざめきだけが密やかに鼓膜を揺らすようになった。
寝付けない原因が祭りの余韻でないことはわかっている。
ガルシャは明日が来ることを恐れていた。
なにか不吉なことが起きるのではないか、という予感がしてならなかった。それはもはや予感という域を超えて、見えざる誰かからの忠告の域にまで達していた。
早鐘を打つ心音に耐えかねて、ガルシャは後ろに寝返りを打つ。
暗闇の中でも炯々と輝く青い瞳が彼の意識を絡め取った。
「眠れないかい?」
純白のネグリジェに身を包んだヒカリカが微笑んでいる。
さながら深海の奥底に眠る宝玉のようだった。
夜風を孕み広がる銀髪も、きめ細やかな肌も、しなやかな指先も、そのどれもが美しい。
口にしたら調子に乗って台無しになるのがわかっているから黙っているが、ガルシャは十六年に亘る人生の中で、ヒカリカ以上の美人を知らなかった。
「お、私に見惚れているね。いいよ、好きなだけ見て。お触りも先っちょまでなら許可しよう」
「そういうこと言うからモテないんだよ。黙ってりゃ勝手に男が寄って来るだろうに」
「今のは褒め言葉として受け取っておこう。あとね、私はべつにモテたいとは思っていないよ」
距離を詰めてくる。ふわりとフローラルの香りが広がった。
「というより、私に意中の相手ができて誰より困るのはガルだろう。一緒に寝れなくなるよ?」
「その時はその時だ」
ガルシャは夜にうなされる。それは幼い頃から彼にとっての日常で、しかしヒカリカが側にいる時に限り、ぐっすりと眠ることができた。バッカスやアサナミではダメだった。
だから、気恥ずかしさを覚えつつも、毎晩ヒカリカに添い寝してもらっている。幸いにも、ヒカリカが達者なのは口だけで、直接的な行為を以て獣欲を刺激してくることはなかった。
「なぁ師匠、明日、皇国に出向くのは止さないか?」
「ふふ、嬉しいね、そんなに私を憂えてくれているのかい?」
「あたりまえのこと聞くなよ。……なんだか胸騒ぎがするんだ。師匠やみんながどっかに行っちまうような、そんな気がずっとしてる」
「大丈夫。私は常に君の側にいるよ」
軽い調子だ。けれど、ヒカリカは決して嘘をつかない。いつだって有言実行する。彼女に抱く信頼が、胸にわだかまるえも言われぬ不安を霧散させた。
「それとガル、明日、君にはここでお留守番してもらうよ」
なんでもないことのようにヒカリカは言った。
たっぷり十秒ほど掛けてその言葉を噛み砕き、ガルシャは訊く。
「どうして?」
「私を筆頭に、光の団の誰もが君を愛しているからだよ。私たちはね、君には今のあたたかい心を宿したまま、正常な人間で居てほしいんだ」
「なら師匠たちは狂ってるっていうのか」
「あぁ、私たちは狂っているよ。己の信念が正しいと信じ、立ちふさがる悪を斬り伏せることができる。それが正義と定義されようが悪と定義されようが、人を殺めた時点で等しく悪鬼だ」
「だったら俺も悪鬼だ。光の団に敵対するものなら躊躇わず殺す覚悟がある」
「いいや、嘘だね。君は斬れない」
ヒカリカはひとさし指で心臓をつついてきた。
「本当にその覚悟があるなら、明日からは敵になると宣言したフェザーのここを貫けたはずだ。しかし、君はそうしなかった。そうだろう?」
なにも言い返せない。ヒカリカの指摘はどうしようもないほどに正しかった。
「私が同じ場面に遭遇したら、一も二もなく彼を殺めただろう。私は悲願を遂げるためなら、旧友であろうと殺める覚悟でいる。もしここでガルが皇国側に寝返ると言ったら、私は君の首を撥ねるだろう。仮にバッカスが裏切ったとして、君に彼が斬れるかい?」
「……斬れない。けど、皇国の奴らなら斬れる。だから、俺も連れていってくれ」
「承諾しかねるね」
ヒカリカはかぶりを振る。
「ひとつ質問だ。君は誰がために剣を振るう?」
「それは……師匠のためだ」
「私?」
「あぁ。俺の命を救ってくれたのは師匠だ。師匠なくして俺は生きちゃいない。だから、恩返しの意もかねて俺は皇国の奴らを殺す。師匠の夢を叶えるために」
「そうか。……うん、わかっていたことだけど、君はこの世界にいるべき人間じゃないね」
青い瞳を慈愛に細め、ガルシャの頬を撫でてヒカリカは言った。
「団長命令だ。明朝を以て、君を光の団から追放する」




