経歴書類
午後のおやつのアップルパイをリヒト様の執務室に届けに歩く。
もう道順はわかるので私の手を引いて飛ぶ事の無くなったクロム君は私の腕の中。
レスターは動き回りたい派なのか私の周りをぐるぐる飛びながら付いてくる。
お兄ちゃんの方が甘えん坊で、弟はヤンチャ。二人ともすごく可愛い。
「母上!いい匂い!もう食べましょう!」
「ふふふ、いっぱいあるからリヒト様の執務室でみんなでたべようね?クロム君とレスターにはミルクも淹れてあげるから」
廊下の奥に執務室の扉を認めると、まだ遠いのに扉が中から開いて、リヒト様が迎えてくれた。
「リヒト様!差し入れ持って来たの!」
「俺の番……可愛い……」
「親父はやっぱり伯父上と似てる。ポンコツだ!俺はああはならない!」
レスターのセリフに大笑いして執務室に入ると、いつもの幹部の面々が迎えてくれた。
「つむつむ~~超いい匂い~~~」
「天女さん!こちらに!今お茶いれますね~」
リツさんも上機嫌だ。
「レスター殿下、お父上がポンコツになるのはお母上の前だけですのでご安心下さい」
「それ、俺の前じゃいつもポンコツってことだろうがユアン!」
レスターの口調、ほんとリヒト様そっくり。
「まぁ、そうですね……」
「ワハハ!まぁ事実だけど、リヒト、舐められてんなぁ!」
クロードさんが大きな体を揺らして笑う。
「はぁ番いい匂い、癒される……」
私を後ろから抱き込んだリヒト様は全然話を聞いてない。
子供達にミルクをいれて、籠を開けると皆一斉に手が出て食べ始めた。
リヒト様だけはまだ私にくっついてる。
「ん?リヒト様、これ何?」
写真ではないけれど絵よりも精巧な顔が描いてあって、その下に名前や年齢、経歴がのっている履歴書みたいな紙がいっぱいある。
「んあ?……あー、仔馬の面会者の経歴書類」
「見てもいい?」
「いいけど、特におもしろくもないぞ?」
三十枚ぐらいあるだろうか。パラパラめくると王様や、王子、騎士団長など、錚々たるメンバーが並ぶ。
一枚の経歴書でページをめくる手が止まる。
何の獣人かは分からないけれど、黒髪の短髪で、日本男児って感じの精悍な顔つき。
サーザンランド国第一王子とある。
歳は二十三。
ルーファス・アルス・サーザンランド
私がじっと見ていると、頭の上から低い声がかかる。
「おい、他の男をじっとみるんじゃねぇ。腹立つなそいつ殺すか」
「ユアンさん、この人を最後の方にまわしてくれませんか?」
またわけわからん事をいい出したリヒト様を無視して話す。
「…………構いませんが……何かありましたか?黒豹の国の第一王子ですね……」
「多分この人に決まるから」
皆がパイを食べる手を止めてこちらを向く。
クロム君とレスターは無頓着に二個目に手を伸ばしてる。
「つむぎ?」
「申込の時点で契約破棄の書類を提出させておりますので、先に決まってしまったからといってはぐれ竜人の返還がなされない訳ではありません。…………ありませんが、あまりにも先に決まってしまうのもクレームの元でしょう。豹国を最後に致しましょう」
リヒト様が私を抱く手に力が入る。
普通に苦しい。何なのか。
「リヒト様?苦しいよ?」
「クソ親父!!!」
レスターがリヒト様に蹴りを入れるけれど、右手でパシっとノールックでとめてポイっと投げた。
「おまえは……今日は母屋に来い。ガキはミリーナにまかせろ」
「それは構わないけど……どうしたの?」
私の返事に子供達二人がショックを受けた顔をするのが可愛い。これだから私はレスターに新たな乳母を付ける話を断ったのだ。
「いいからこい」
何なのか。
◇◆◇
ミリーナさんに二人を任せて母屋に渡る。何故かミリーナさんに着替えさせられて、おめかしされてる。
ユリウス様との謁見の時に一度着た、肩が透ける着物。
紺色の生地で、胸の下で金色の帯で留めて着るチューブトップタイプになっていて、がっつり肩が出るのかと思いきや、その上から羽衣のような軽い水色のシフォンの羽織りを羽織る。肩は超透けてる。
天女風に左右で輪っかになる様に髪を結って、金の櫛形の簪と銀のシャラシャラ動く髪飾りをつけてくれた。
紺地に金の帯で、がっつりリヒト様色の着物。
本来なら何人も奥さんがいるリヒト様に会うのは、こういう感じで渡っていくのかもとふと思った。彼に気に入られるために、おしゃれをして彼の寝室に渡る。
「リヒト様?」
嫌な想像を振り払うように彼の名前を呼ぶと、重厚な夫婦の寝室のドアが開いてリヒト様が顔を出した。
「は? 天女?」
「リヒト様?」
リヒト様は私を抱き上げて、広いバルコニーのソファーへ座り、膝の上に抱き込んだ。
少しのタバコと、石鹸の香り。
「可愛い、やばい。天女が俺に降りて来た」
あれ、いつも通りだ。
「象徴華、みせろ」
「う、うん」
透けてる水色の短い打掛を脱いでチューブトップのドレス一枚になる。
「薄くなったりしたことはあるか?」
「え?ないよ?」
「紬はたまにこの世界から消えそうになる。俺はそれがすごく怖い」
消えそうに?そんな事はないけれど……どういう事だろう。
「お前が不思議なことを言う時、いつもこの世界の境界線の端にいるような、この世界を斜め上から見ている様な、存在が曖昧になるの、気づいてるか?」
「え?そう?そんな事ないよ」
リヒト様は私の肩の象徴華に額を置いて何にも言わない。
「何か、不安にさせた?」
「俺はいつも不安だよ。おまえがいつか消えてしまいそうで」
「リヒト様と子供達がいるのに消えないよ」
「愛してる、消えないでくれ」
苦しそうな、絞り出す様な声。
「うん、ごめんね?不安にさせて。今日の黒豹の人の時にそう感じたの?」
「ああいう時、お前は何を考えてる?」
何を?何だろう。
「いつも何となくそんな気がするだけで、意味や理由があるわけじゃないよ?だから黒豹の王子様も、違うかもしれないし」
「サーザンランドの王子に決まれば、ヴァルファデとエルシーナは喜ぶぞ。友好国だし戦闘能力も高いから、共同訓練でうちとのトーナメント試合の祭りが開催されて仔馬に会えるからな」
「わあ!なら応援しよう!!あの王子様!」
「は?許すわけねぇだろ」
えぇ…………。
「トーナメント試合でリヒト様のかっこいい所見たいのに?」
「よし、もうあいつにくれてやろう」
(今日も安定のチョロさ)




