レスターお披露目パーティー
「紬、ちょっと歩かないか」
「?いいよ?子供達はミリーナさんにお願いするね?」
キョトンとした紬を連れて、改装の終わった王族専用庭を歩く。
前とはガラリと変わり、梅の花を活かしつつ、デザインから別の造りに変わっている。
椿の花は取り払われ、鉄柵とグリーンの葉が綺麗な垣根になり、庭の中心には小さな泉と藤棚の屋根が美しいガゼボが出来上がっていた。
言い辛い事を言う時に、またこの庭にきてしまったな……と馬鹿な事を考える。また改修する事になるんじゃないか、と。
「先に言っておく。俺はお前を愛してる」
「うん」
前提として愛の言葉を言ったところでどれだけ紬に響くのだろうか。
「………………ユトミア国の猫の姫から……俺の側室にと、婚姻の要請が来ている」
「側室…………」
「誤解すんなよ?今回も断った」
「今回《《も》》…………」
紬の目からどんどん光がなくなっていく。
嫌な汗が背中を流れる。
「猫の姫は、なぜかしつこくて……今度のレスターの披露目のパーティーにも招待されてるんだ」
「そう……なら私は離れにいるね?」
「っ…………!そうじゃなくて!俺の隣はお前しかいない!お前は王弟妃なんだぞ!」
光のない虚な紬の瞳が物語る。
どうして欲しいの?と。
「やましい事は何も無い。俺はお前以外の妃を取るつもりは無い。ただ、気をつけてもらいたいだけだ」
「気をつけるって……何を?」
言われてその通りだと思ってしまう自分がいる。
会わないように?喋らないように?
どれもつむぎがわざわざすべき事ではないし、心を砕く事でもない。
全て俺がしなければならない事だ。
「紬、俺はお前しか妃は取らない。血の盟約をしてもいい」
「血の、盟約?」
「約束事を書面にして神に奏上する事だ。反したら神罰が下る。主に国家間での約束事を記す時に使う」
「うん、べつに、そこまでは……いいよ」
「つむぎ、俺にはお前だけだ。どうしたら信じてもらえる?」
「…………………信じてないわけじゃないけど……」
既に気持ちが逃げている紬を前に何も言えなくなる。
“ 戦ってまで残ってくれない ”
ユアンのセリフが頭をかすめる。
「俺の妃はお前だけだ。堂々としてろ」
「………………うん」
◇◆◇
薄桃色の裾がふわふわと広がる着物に、紅色の巾の狭い帯を巻き、胸の下で巻き付いたリボン風に着付けをする。その上から銀の糸を紡いだ短い打掛を羽織り、飾り紐で腰に細く巻いて行く。
髪も天女風に輪っかを作り、長く垂らす。紫の貝を使った藤の花を模した飾りを左右につけられて重い。
白い透けるストールを長く腕に垂らして完成だ。
レスターのお披露目なのに、私の着付けとヘアセットの方が時間がかかっている。
主役のレスターは中国宮廷風の金の刺繍がふんだんに入ったクリーム色の絹の衣装を着ている。動きずらいとずっと文句を言って今にも脱いでしまいそうでハラハラする。
クロム君は式典用の小さな小さなシルバーの軍服で、鼻血もので可愛い。最高。
リヒト様は今日に向けてすごく私に気を遣っているのがわかる。新しい着物やアクセサリーを山ほど贈ってきた。今朝は花束まで来た。普段からプレゼントは多いけれど、倍くらいになっている。多すぎて部屋が埋まり、ミリーナさんがキレていた。
「はぁ~~~めちゃくちゃ可愛い。俺の番最高。誰にも見せたく無い」
態度は普段どうりで安心する。
あれから猫のお姫様の事は何も言ってこない。私も何も聞かなかった。聞いたところでいい事はなさそうだったから。
「ははうえ、きれい」
「母上!おきれいです!」
「ふふ、ありがとう。そろそろいこっか」
リヒト様が私をエスコートしてくれて、二匹の子竜が飛んで後ろに続く。
王宮一大きなホールに着くと、リヒト様はレスターを連れてどこかへいき、その代わりにユアンさんとルース君が私の左右について物々しく警護しはじめてしまった。
臣下の前だからか、クロム君も遠慮して腕の中にこない。
なんだか手持ち無沙汰な気持ちになる。
「つむつむ~、あそこ見て~」
ルース君の目線の先(糸目すぎてすごくわかりずらかった)に、男性と女性がホールの大理石の床に座り込んでいた。
男性は胡座をかいて左右に拳をつけて頭を垂れ、女性はドレスの裾を綺麗に畳んでしゃがみ、跪いている。周りがみんな立っているホールの中で、端っこといえども異質に映る。
「クレア嬢のお父上とお母上です。男爵位は王族への謁見機会がなかなかございませんので、ずっとお礼を言える機会を待っていらしたのでしょう」
走ってはダメとミリーナさんに教育されているのがもどかしい。ゆっくり歩いて近づいて声をかける。
「礼はいりません。お気持ちは頂きました。私の方こそ、クレアちゃんに助けられているのですよ?」
私の言葉に顔を上げたご夫婦は、普通に二十代に見える。竜人すごい。クレアちゃんと同じ栗色の髪のご婦人と、優しそうなお父様。二人とも、目に涙が溜まっている。
「ジョルジュ• ラクロアと申します。こちらは妻のサシェラン。ずっと直接お礼を申し上げたかったのです。クレアに光を授けてくれた事、決して忘れません」
立って欲しかったけれど、より一層頭を垂れてしまった。ど、どうしたら……
「妃殿下。私は文官の身。捧げる刀はございませんが、微力ながらラクロア男爵家を代表し感謝申し上げる。妃殿下へ生涯の忠誠を」
ひぃっ!なんか似たようなの前にもあったな!何なの!!
「つむぎ嬢、許す、と」
ユアンさんが私に耳打ちする。えぇ……。
「許します、もうお立ちください」
やっと立ったーーーー!!
もう普通に話そうよ!!
「クレアちゃんは、こちらの世界で初めてできた同年のお友達なのです。これからも仲良くしていただければ嬉しいです」
私の言葉に泣き笑いになったご夫婦は、何度も頭を下げながら辞していった。
最後にクレアちゃんのパパさんがルース君に厳しい視線を投げていたのはスルーしよう。




