雪解け
夕方にお母さんが帰って行ったのを見送って(ユアンさんが送迎してるらしい。上機嫌な理由がここに)、夕飯の用意をしていると、子竜を頭に乗せたクロム君が私を呼ぶ。
「ははうえ、テト達、きた」
「ええ!?」
離れのお庭で家族四人でまったり過ごすテトとルルがいる。みんな元気そうに水を飲んだり草を食べたりしてる。
思わず駆け寄りそうになって、庭に降り立った所でストップした。
ルルも私と同じで仔馬に触られたくないかもしれない。
「テト!みんな元気そうで嬉しい!ルルは大丈夫?そっちに行っても平気?」
クロム君が横に来て私の着物の裾をにぎってくる。
テトがクィーーーンと高く嬉しそうに鳴いたので、おそるおそる近づいた。
「ルル、よく頑張ったねぇ!仔馬ちゃん、すごく可愛い。可愛いの天才!」
双子は両方とも雄で、真っ黒と真っ白。
小さくてすごく可愛い。
「名前をつけなくちゃねぇ?うーん、何にしよう」
その時子竜がクロム君の頭から浮き上がって、黒の仔馬とじゃれあい始めた。
「おぉ、もうお友達になったのかな?じゃあ兄上はこっちの白い子と遊ぼうか。お名前は何にする?クロム君」
「ぼく、きめるの?」
「お友達の印に決めたらいいよ。クロム君の好きな物の名前とかどう?」
「ははうえ」
「ふふふ、それだとみんな混乱しちゃうよ?」
「ケキ」
「ケーキかぁ、ケーキからとってケイはどう?ケイキのケイ」
「ケイ!する!」
テトも何にも言わないので、クロム君の背中を押してミニ白馬の元に行かせると、お友達というワードに照れている超絶可愛いクロム君が「ケイ、する?」と仔馬に聞いていて可愛い死ぬかと思った。
◇◆◇
お母さんがきて、ルルリエさんとミリーナさんの行き来する私の離れでの生活が始まってから一月ほどが経った。
リヒト様は毎日クロム君と子竜を寝かしつけた後の時間を見計らってやってくる。
いつもその日あったこととか、子竜ができるようになったこととかを縁側で少しだけお話しをすると帰っていく。
「だっこ、してみる……?」
父親なのにずっと会わせていないなと気がついてしまい、聞いてみた。
「いいのか!?」
びっくり顔のリヒト様が何か私の表情を窺うようにマジマジと見てくる。
「うん、ずっと会わせてないの、今気がついた。眠ってるけどいい?」
神妙な顔で頷いたリヒト様を残して子供達の部屋へ行き、クロム君にくっついて寝ている子竜を抱き上げる。
クロム君の額にキスをしてからまた縁側に戻ると、リヒト様が立って待っていてくれた。
「父上だよ。びっくりしないでね」
寝ている子竜を起こさないように小声で呟いてからリヒト様の腕に渡した。
両手で大切そうに抱いたリヒト様がまた縁側に座ったので、横に座る。
「満足そうな顔してるな」
「あ、もうクロム君と同じぐらい、食べるから……」
お腹いっぱいで満足そうに眠る子竜を愛おしそうに見つめる目に、私の方が満たされていく。
「ごめんなさい」
「いや、悪いのは俺だよ。辛い思いはもうさせないと誓ったのに」
「子竜ちゃんにも悪いことしちゃったね。私のせいで、父親と会えなかったから……」
リヒト様は一瞬泣きそうなお顔をして、また優しい目で私を見る。
「お前がレスターを名前で呼ばない事は報告を受けている」
絞り出すような声、辛そうな。後悔している様な。
「え?」
そうだったかな?レスターって名前な事は知ってるのに。
「私、何て呼んでた?」
「子竜とか、たまごちゃんとかだな……俺と話してる時も、そうだった」
リヒト様はすごく辛そうに話す。
あまり記憶がない。どうだったかな。
「王家の子は、エルダゾルク神から祝福として名前が贈られる。俺もあの時初めて名前が分かった」
「そうなんだ」
「ちゃんと説明しておけば良かった。俺たちにとっての常識が、どこで紬の非常識になるのかわからずに後手に回ってしまった。まさか紬に急にレスターを守る本能が出てくるとは思わなかったから、ゆっくり構えすぎた」
勝手に一人で決めたのかと思ってた。
置いてけぼりにされたのかと思ってた。
「そう……私、この子のなまえ、呼んであげた事なかったのか………」
意識してなかった。無意識で子竜と呼んでた。ちゃんと名前があるのに。
「レスター、産まれてきてくれて、ありがとう」
リヒト様に抱かれたレスターの頭を撫でながら小声で言うと、パチっと目を開けたレスターがシャボン玉みたいな色になってぐにゃんと溶けた。次の瞬間クロム君より少し小さな男の子がリヒト様のあぐらの上に裸で立っていた。
黒髪に紺色の瞳、金の瞳孔、リヒト様そっくりの、幼さの中に精悍さがある男の子。背中に小さな黒い翼が生えてる。
「母上!!」
「レスター!?」
「はい!!もう大丈夫です!クソ親父は俺がやっつけます故!!」
「んだとこのクソガキ」
「ははうえ……?」
奥の部屋から毛布を引きずったクロム君が目をこすりながら現れて、もうどこを見ればいいのか分からない。
「クロム君!起こしちゃった?こっちにおいで!レスターが男の子になったよ!」
眠そうなふわふわした軌道で飛んできたクロム君はストンと私の膝の上に座った。
「兄上!!一緒にクソ親父をやっつけましょう!!」
「ははうえ、ないた?」
「泣かせてねぇよ!!!」
「ふふ、あははははは!!」
笑った私に三人がびっくりした顔をして止まった。
「つむぎ、こっち向け」
急にキスが贈られる。久しぶりのキス。
子供達のまえでもこの人は全然気にしてない。
「クソ親父!母上のいい匂いがよごれるだろ!!!!っあ!兄上も!?何で!!」
クロム君がこっちを向いてにっこりしてる。
「母上!何で!!俺にも!!」
何の話?
私が困惑しているとリヒト様が言う。
「おまえさっきクロムの額にキスしたろ」
「え?あ、うん、したような……?」
「レスターだけお前の匂いがないから妬いてんだよ」
「へっ!?」
次の瞬間レスターがロケットみたいに飛んで来て、私の顔の前でピタッと止まった。
よく見るとクロム君とリヒト様がレスターを掴んで止めている。
「レスタ、ははうえ、ゆっくり、よわく」
「兄上!兄上が止めてください!!」
「だめ 修行」
レスターのおでこにもキスを贈ると、満足した様にまた竜体に戻ってクロム君の頭の上に丸くなった。
その日は四人で寝た。私も、クロム君も、レスターも、みんなリヒト様にくっついて。




