灰色子竜の葛藤
朝早く起きてすぐに逃げる様に離れに来ると、お母さんとクロム君がミリーナさんの運んできた朝食の膳を食べていた。
私を認めたクロム君は固まっている。
どうしたらいいか分からないって顔をしてる。
すぐに子竜を揺籠に寝かせてその場でしゃがむ。
「クロム君、おいで」
いつもはすぐに飛んでくるのに、今日はとぼとぼ歩いてくる。
時折りお母さんを気にして振り向いている。
手を広げているのに、私の元についても抱きついていいのか迷っている風だったので、こちらから抱き寄せぎゅうぎゅう抱きしめる。
「クロム君がいなくて、さみしかった。待っててくれて、ありがとう」
「はは……うえ」
「うん、今日はクロム君の好きな肉まんをいっぱい作ろうね」
「ははうえ……」
「二人でテトとルルの赤ちゃん、遠くからそっと見てみようか。仔馬ちゃんきっと可愛いよ」
「ははうえ、ゔぇ……ゔあっ…………っ」
小さな体が熱くなって、全身で泣いてるみたいにしがみついてきた。
こんなに小さな子でも、子竜誕生の儀式の時には臣下側として跪いていた。
臣下だと分かっているからこそ、本当の子供の誕生後にどうしたらいいのか分からなくなってしまったのだろう。
「店はクレアとキラキラ坊やが用意する人材に任せるからね。私はしばらく夜まで通いでここにくるよ」
「お母さんありがとう。すごく心強い。」
泣いてしがみついてくるクロム君の頭をなでて、クロム君の食べかけの御膳前に座る。
いつもは自分でお食事エプロンをするのに今日はしてない。小さなことからも、この子の葛藤が見えてしまって胸がギュッといたくなった。
何でもない風にお食事エプロンを付けてやる。大麦のお粥と副菜が何品かあったので、お粥をふうふうしてスプーンを運ぶとやっと可愛いお顔を見せて口を開けた。
「ふふ、これじゃあたりないね?あとでおにぎりとゆでたまごも食べようか?おにぎりは何の具にする?」
「ははうえ……」
「うんうん、クロム君の好きな鮭にしようか。お海苔もまこうね?」
「ははうえ」
「おにぎりは三つにしようね。鮭と、唐揚げのと、あとは何にしようかな~」
「ははうえ」
「今日は特別にポケットにクッキーの袋、入れてあげる。いつでも食べられるよ?」
「ははうえ」
こりゃあ私の仕事はこっちになりそうだねぇと独り言を言ってお母さんが子竜を抱いてミルクをあげ始めた。
特に人見知りすることなくミルクに嬉しそうにしがみついて飲んでる姿を見て安心する。
「つむぎちゃん、入ってもいいかしら?」
ルルリエさんの声が廊下からする。
いつも彼女は庭から来るのに、気を遣ってくれたんだと分かる。
「ルルリエさん!来てくれてありがとう!赤ちゃんも見てくれる?」
直ぐに駆け寄って襖を開けると、私の表情を一瞬うかがった後、部屋に入って診察をしてくれた。
「赤ちゃん、人型じゃないの。変?」
「王家の子だからね、獣性が強いのよ。殿下もたしか竜体で産まれたはずよ。人の姿には、なりたくなればなるから心配しなくて大丈夫。知能も魔力も高い証拠だから、子育ても楽なはずよ?」
お母さんに抱かれた子竜の脈を測りながらルルリエさんが言う。
「ナイフで傷をつけられたの。黒くて私じゃ傷が見つけられなくて。手当をしてあげたいの。癒しの力を使っても、発動しなくて……」
「もう治ってるからよ。跡形もない。安心して?竜人は強いのよ」
ミリーナさんが全員分のお茶を淹れてくれて、皆が座ったので、不安なことを一気にみんなに聞いた。
おっぱいが出ないこととか、ミルクの中身は何なのかとか。おむつはしなくていいのかとか。
人型で出てくると思い込んでいたので、イレギュラーすぎて手探りの子育てになってしまった。布おむつ、頑張って縫ったのに……
「まぁまぁ、ご不安だったのですね?大丈夫ですよ。私は殿下の乳母なんですよ?何でもお任せ下さいまし」
!?そっか!竜体で産まれたリヒト様のお世話をした人がここに!
「まずは認識を改めませんと。竜体のレスター殿下はもっと喋らないクロムだとお思いになって下さいまし」
「へ!?」
「つむぎちゃん、さっき知能が高いって言ったでしょ?こちらの言ってることは何でも理解するわよ?ちなみにミルクは今日までで、明日からはモモンガと同じものあげてね」
「では私がお手洗いについて説明してまいりますね?妃殿下、私が抱いても大丈夫でございますか?」
「あ、うん、お母さんとルルリエさんとミリーナさんはなぜか平気。他の人は、今は、嫌かも……」
ミリーナさんはすごく嬉しそうににっこり笑って、子竜を抱いてトイレに向かった。
中からトイレについて説明する声がする。
ここで流してとか、人型になった時の座り方とか。クロム君用のトイレにつける補助具の説明までしてる。
えぇぇ……赤ちゃんなのに……?
唖然と見守る私にルルリエさんが苦笑する。
「もっと喋らないクロム君…………」
「そうよ?得意でしょ?つむぎちゃんはこのままでいいの。やることがあるのはモモンガの方ね」
私とクロム君がキョトンとすると、ルルリエさんは笑って続ける。
「モモンガ、よく聞きなさい。あんたの母上は人間よ。すっご~~~~~~く弱いの。最弱なの。ダンゴムシ級よ!レスター殿下はまだ力の加減が出来ないわ。言ってる意味、分かる?」
クロム君の顔色がザァーっと青くなる。
え?いつも手加減してくれてたの?
「モモンガが止めなさい。本当は父親の役目だろうけど、あんたの方が適任ね。力の使い方と加減の仕方をレスター殿下に叩き込みなさい」
クロム君が真剣な顔で頷く。
「つむぎちゃん、モモンガとレスター殿下が組み合って大喧嘩してるように見えても止めちゃダメよ。モモンガは賢いし、ちゃんと分かってるわ。二人とも怪我をしても大丈夫。殴っても蹴られても、力の使い方を知るのに必要なことなの。こんなに強い魔力の使い方をしらないなんて、殺人鬼になっちゃうわよ?」
「~~~~~~!?わ、わかった。クロム君、お願いできる?」
クロム君がコクンと頷いた時、子竜が飛んで私の元に来た。
腕を広げたら、スピードを上げた子竜がもう目の前にいて、クロム君にむんずと足を掴まれてる。
「ははうえ、やさしく、弱くする」
それだけ言うと、手をそっと離した。子竜は向きを変えてクロム君の頭に着地してふわふわの毛の中でうずくまった。
「ふふふ、兄上が大好きなんだね?可愛い」
私がクロム君を兄上と呼んだことにミリーナさんが驚愕した顔をしたけれどまるっと無視した。




