卵
目覚めてから二日かかってやっと起き上がれるようになった。
泣き腫らした目のクロム君が私にくっついて離れないのが可愛い。
テトとルルは、ユアンさんとリツさんがまだ向こうに残ってお世話をしているらしい。
ダミーで捕縛隊を動かす間テトは先に帰っても良かったんだけど、テト本人が嫌がったんだって。
「来たぞ」
リヒト様の目線の方を見ると、庭からルース君とクレアちゃんが二人でやってくるのが見えた。
寄り添って、恋人同士みたいに見える。
「つむぎちゃんんんん~~~!!!良かったぁあああ!!!」
目に涙をいっぱいためたクレアちゃんが走って飛び込んできて、縁側に座っていた私に抱きつく。
「クレアちゃん大丈夫だった?心配かけてごめんね?」
「わたしはだいじょうぶだよぉお~!!!」
クレアちゃんは私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「全部紬ちゃんのおかげ。本当にありがとう……今ね、ルース様と飛ぶ練習してるの……あの、あのね、お付き合い、オッケーしたの……」
「ふふふ、良かったね。そんな感じした」
クレアちゃんは真っ赤だ。すごく可愛い。
ゆっくり歩いてきたルース君が私の前で片膝をついて跪き、刀を鞘ごと地面に突き立てた。
「?」
「妃殿下、クレアを治癒して頂いた事、侯爵家を代表して感謝申し上げる。王弟殿下ならびに妃殿下に生涯の忠誠を」
「許す」
リヒト様が短く返す。
私とクレアちゃんは訳が分からず手を取り合ったまま呆然とルース君を見てる。
「妃はまだ体力がもどりきってない。今日はもう下がれルース。リハビリの時間だろ。付き添ってやれ」
ルース君は黙って、今度は刀をゆっくり前において庭にあぐらをかいた。
そのまま左右に拳をついて深く頭を垂れるこの国の最敬礼の礼をとる。
駆け寄ったクレアちゃんを眩しそうに見てから立ち上がって一礼をして二人で帰って行った。
「ルース君、かっこよかったね」
「はぁ?俺のがいいだろ。格好の問題じゃねぇよ。これでリオット侯爵家がおまえの後ろ盾に付いた」
「えぇ……別にいいのに」
「まぁ、お前には俺がいるからな。リオット侯爵家は力のある家門だからお守り代わりぐらいに思っとけ。ルース個人もお前に忠誠を誓ったしな。人たらしな妃だなお前は」
「何で責められてるの」
「みんな、ははうえ、だいしき」
「ふわぁああああ、可愛いぃぃ!!!」
「………………」
◇◆◇
竜の子はお腹の中で三ヶ月。卵の状態で五ヶ月で産まれてくるのが普通らしい。
私もシェルターに入らないといけないの?と聞いたら、世界で一番安全なのはこの邸だと言ってリヒト様は笑った。
三ヶ月なんてあっという間に過ぎて、わたしは母屋の夫婦の寝室で痛みと闘っている。
リヒト様がオロオロとベットの周りをあるき、ルルリエさんに怒られてる。
けどたぶんこれ、生理痛の酷いのぐらいの痛みだ。人間の子供より遥かに小さい卵なので、テレビで見た出産ドキュメンタリーみたいな壮絶な痛みでは無い。
「紬ちゃんは痛みに強いのね!?竜人の女性は発狂する事もあるのよ!?」
「生理痛と似てるもの。こんなの、なれっこだよ?」
「生理痛は人間のみで、竜人には無いのよ。あなた毎月こんな痛みと闘っていたの!?」
「ここまでではない月の方が多いけど……まぁ、そうだね」
リヒト様が驚愕した顔で私を見てくる。何なのか。
下半身には大きな布が被されていて、ルルリエさんが手を入れてる。
ひときわ大きな痛みの波が来て、私は卵を産んだ。
鶏の卵よりもほんの少し大きい、十センチぐらいの高さの卵。にわとりになった気分。すっごい複雑。
「つむぎ、よくやった!がんばったな!!!」
「う、うん……そうでも、無いかな……?」
産まれた卵にルルリエさんは触らずに、リヒト様がタオルで拭いて綺麗にしてくれた。全て夫がやるのが普通らしい。
「いい?つむぎちゃん。これから卵を守るためにイライラしたり、他者を近づけさせない様になるわ?自然なことだから、びっくりしないでね?私も最低限しか来ないから、何かあったら殿下に言うのよ?」
ガルガル期のことだね!人間にもあるって聞くもんね。
「つむぎ、良く休め。よくがんばったな。兄上に報告してくるから待ってろ」
そう言ってリヒト様は小さな座布団に卵を置いて出て行った。
卵は白い陶器のようで、シャボン玉のような虹色が時折りゆらめく。
「たまごちゃん、よくがんばったねぇ。えらいね」
リヒト様の子。私が竜を産むなんてピンとこない。
どんなに小さな子が出てくるんだろうか。竜の子は小さい。クロム君も小さいもんね。
「クロム君に、会いたいなぁ……」
◇◆◇
「クロムをすぐに引き離しましょう。卵胞期の女性は他の者を完全排除いたしますからクロムには酷かと。他国の動きを探らせる仕事に回せばスムーズに引き離せるでしょうし」
「俺だってまたクロムが泣く様な事は避けたいが……」
「既に悪いことになっていないといいのですが。まさか陛下に報告中に離れにお戻りになってしまうとは思わず……普通は二、三日動けないと聞いておりました故」
「ああ。クロムが紬に拒絶されてる可能性が高いな。はぁ、あいつにもやっと感情が出て来たところだったのに……なるべく俺らの側に置くか。あんまり意味なさそうだが……」
憂鬱な気分のまま離れの紬の部屋に入ると、中から華やいだ楽しそうな声が聞こえた。
「あ、おかえり~!」
紬の膝の上で手製の前掛けをし、給餌を受けているクロムがいる。
「おまえ……ガキはどうした!?」
「え?そこにいるよ?」
紬の指差す先を見ると、揺籠の中に置かれた小さな座布団の上に我が子の卵。
「あれ?軍服着てるって事はこの後まだお仕事?」
「お……おぅ……」
「はーい!じゃあクロムくんこっちでねよっか!お風呂も一緒に入ろう!お風呂に柚いれよ~?いいにおいだよ!」
「ん、いっしょ」
「…………………………ユアン………………」
「杞憂でしたね」
「人間は本能がねぇのか?」
「え……突然の悪口」
キョトンとした顔の紬と、目の前の甘味に夢中のクロム。
「ユアン、お前残って警備してみろ」
「私がいても全然平気そうですね……クロムを宥めるために来ましたが……」
「人間怖え」




