模擬試合2
グワーーーンとまた銅鑼の音が鳴って次の試合の開始の音がした。
「右手出せ」
「右手?」
よく分からないまま言う通り右手を出すと、指先にキスが送られる。一度じゃなく、何度も。
「な、何?」
「兄上にエスコートされたか?」
成る程、匂いがついてたのか。
「ごめんなさい、だめだった?」
「気をつけろよ。っても、兄上じゃ断りずらいのは分かってる。上書きするからいいよ」
獣人彼氏は大変だな。握手とかも駄目だなこりゃ。
ユアンさん達の試合がどうなっているか気になって体をねじろうとしたら、抱き込まれて耳元でささやかれる。
「お前はこっち見てろ」
そう言ってリヒト様は私にキスをする。観客席から見えない様にミリーナさんが両端の御簾だけ降ろしたのが分かった。
長い長い甘いキスが終わって会場をみやると、クロードさんとユアンさんの試合は終わっていて、何故か会場清掃がされていた。
「あれ?もう訓練終わったの?」
「あ~、今回は竜人兵相手だったから手加減しないし血みどろなんだよ。見たくないだろそんなん」
「ひいっっっ!!!だ、大丈夫なの!?」
「竜人は丈夫だからな。他の獣人にはちゃんとルースが手加減してたろ」
手加減してるかどうかなんて分からないんですけど…………。
「ユアン達の試合が終わったから、後は一般兵の勝ち上がり試合になる。そっちは木刀を使うから見ててもいいぞ」
「勝ち上がると何かいいことあるの?」
「王から褒賞がでるな。階級が上がったり、金を出したり。本人の希望も加味されるから色々だ」
ふぅん。
「あ……れ…………?ユリウス、様…………?」
会場の至る所で始まった一対一の試合の中で、見慣れた銀髪と三角の耳。
いつもの白い近衛騎士の隊服ではなく、リヒト様達と同じ軍服を着ている。
女の子の黄色い声がそこにだけ集まっているのが分かる。
「あいつ、ラディアンにあの女を護送した後また戻ってきてんだよ」
「何で……」
「だから言ったろ、狼ってのは厄介な種族だって。執着が強い。エルダゾルク神との契約は許してないが適当に留学扱いにしといたら一兵卒に応募してきやがって。めんどくさ」
「……また触られたら、一緒に行けって、言う?」
思い出して心臓がギュッと痛む。
あの時だって私から触ったわけじゃない。不意に手を掴まれてどうしようもなかった。
「っ——!あれは………………嫉妬で…………傷つけて、悪かった」
「うん………………」
さっきまで甘く優しい雰囲気だったのに、気まずい空気になってしまった。
膝から降りて横に座り直す。
目の前の試合はどんどん進んでいる様で、ユリウス様はまた違う獣人と試合中だった。
木刀を使っている人ばかりの中、ユリウス様だけ木剣だから目立つ。
女の子の声援が耳に響く。
「おじょ、げんき、ない?」
私の元に戻ったクロム君が私の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫、クロム君がいてくれれば元気になるよ」
私の言葉ににっこりわらったクロム君がよじよじと膝に登ってきたので笑ってしまう。
気まずいけれど、リヒト様は私の肩をだきながら時折髪を撫でていてくれる。
「何があっても俺はお前をはなさない」
「…………………………うん」
気を遣わせたかな。
終わった事をほじくり返してまた傷つくなんて。
不毛な事をわざわざ自らしてしまうなんて。
「オオカミ、ぼく、やっつける?」
「ふふふ、大丈夫。そばにいてくれる?クロム君と一緒にいたいの」
「ん、いつも、いっしょ」
高い体温とミルクみたいな匂いを吸い込んで、ギュッと涙を追い出した。
◇◆◇
ガキーンと木と木がぶつかる聞いた事のない音がする。刀と剣の戦いなんて見た事ないけれど、ユリウス様が凄く強いことは分かる。近衛隊の副隊長だし実力者だって言われていた。
ユリウス様が相手の虎っぽい獣人の木刀を弾き飛ばした。相手はゼェゼェと息を切らしているのに、ユリウス様は飄々としていて息一つ乱れてない。
「ユリウス様は、やっぱり強いんだね……」
リヒト様は片眉を上げて目線だけでこちらを見る。
この話題、やめなきゃいけないのに。
クロム君もユリウス様の試合を夢中になって見ている。気まずいまま、時間ばかり過ぎていく。
気がつけば決勝なのか、すでにユリウス様と相手しか試合会場にいなくなっていて、観客席の息苦しいような熱気が会場中を包んでいた。
身体の大きな熊のような獣人相手に、凄いスピードで剣技を繰り出して相手を翻弄している。最後に空中で身体に回転をかけて自分の全体重を乗せた一撃を入れた所で相手が失神し、ユリウス様が勝利した。
「あ………………(今こっちを見た……)」
女の子の悲鳴のような秋波にも眉ひとつ動かさず、木剣をその場に捨てて会場から降りて行く。
リヒト様は何にも言わない。クロム君の体温だけが安心をくれる。




