模擬試合1
ふんわり上手に焼けたシュー生地に、生クリームとカスタードクリームを詰めていく。
クロム君は私の隣でじっとその作業を見てる。何故か既にお食事エプロンを付けているのが可愛い。
「おじょ、ケキ?」
「ふふふ、お楽しみ。冷やしておいて後でリヒト様達にも持って行ってあげようか。一緒にいってくれる?」
「ん、いく」
洋菓子用の道具や器具がある訳じゃ無いので、代用ばかりになってしまう。
日本にいた時みたいに綺麗にはいかないけれど、獣人さん達は全然食べ物の見た目を気にしてないのでオッケーだ。
「何だか今日は騒がしいねぇ」
王宮の方からドラの音や喧騒が時折聞こえる。運動会でもやってるのかな。
「公開訓練」
「へぇ~そんなのあるんだ」
軍の催し物かな。
「ん、僕、出るなって」
「そうなの?出たかった?」
なんだか子どもが参加するべき催し物じゃない感じがするが。
「おじょ、ぼく、怪我、泣く?」
「泣く!!!!」
そりゃあ大泣きする自信がありますよ!!
「主、だから、やめろって」
クロム君がにっこり(!)して言う。
「僕、おじょうのそば、いたい」
私のクロム君が今日も百点満点で可愛い。
「もしかして、見たかった?」
「ん、ルース兄達が戦うのは、見たい」
「じゃあ見に行こうか」
「いいの?怖い、ない?」
あぁ、私が怖がると思って黙っていてくれたのか。優しい子。
「クロム君がいれば怖くないよ」
クロム君の目が輝いて、またにっこり笑った。可愛くて目が潰れる!
◇◆◇
見学に行くだけだというのにミリーナさんの手によって磨き上げられた。
クリーム色の地に金の刺繍が入った裾がふわふわと揺れる着物の上から、キラキラした繊細な鶯色のレースの打掛を羽織り、紺の柄帯を胸の下で留める。今日は大きなリボンになる様に帯をセットされて可愛い。
髪もやっぱり天女風に作り込まれて、薄いストールを羽織って完成。
この薄いストールに何の意味があるのかといつも思う。天女の羽衣風。
クロム君とミリーナさんが連れてきてくれた所は屋根のないスタジアムの様な場所だった。
階段状になった観客席に屋根は無いけれど、私の通された正面の豪華な竜宮城のような建物には瓦屋根がちゃんとあって、王族席なのかリヒト様のお兄様が観戦していた。
「つむぎちゃ~ん!!会いたかったよぉ~!さぁこっちにおいで~」
わざわざ立ち上がってエスコートして下さった場所は正面の一番高くなった席で、さっきまで陛下が座っていた豪華な王席の隣り……
後ろでミリーナさんがハラハラしているのに気づき、きっとこれ王妃の席だと確信してエスコートの手が離れた瞬間に一段下がった席に座った。
「ありゃ、バレちゃったか~周りから固める作戦失敗だなぁ~」
「………………あまり、からかわないで下さい、陛下」
クロム君を膝に抱こうとしたら、今度はミリーナさんに止められた。臣下の前では駄目だって。急にそんな事言われて戸惑っていたら、クロム君が会場を見下ろす手すりの上にシュタッとしゃがんだ。
「おじょ、こっち。いっしょ、できる」
「立って見学すれば、一緒にいられるの?」
私も会場を見下ろす手すりの方へ駆け寄りながら聞くと、ミリーナさんも止めてこなかったので今度はオッケーの様だ。違いがよく分からない。
立って見る私を護衛してる風?
「わ~子竜に取られたなぁ~」
そう言いながら陛下も私の横に来たのだけれど、クロム君がすぐに間に入って私をぐいぐい柱側に押して行き、柱と自分で私を囲って守ってくれたのが分かった。
「くっ……子どものくせに……いい動きするな……」
王族スペースの端で、私、手すりにクロム君、陛下の順で立ち見になって、へんな組み合わせだなと思う。
「へーか、主、おこる」
「ええ!まだ何にもしてないよ!?」
クロム君が押し黙って、私のすぐ後ろ辺りを凝視してる。手を背中でクロスさせて、後ろにさしてる短刀の柄を触る。
バッと後ろを見ると、陛下が私の肩を抱こうとしていた手を収める所だった。
この人、ポンコツというよりいいかげんなのでは……よく王様なんてできてるな。
「あーーっと、ほらほら次、始まるよ!准将クラスまでが終わったから次は弟の幹部達の試合だよ!!」
グワーーーンというドラの音がして見下ろすと、下の会場で模擬試合が始まった様だった。
「ルース兄!」
公開訓練とか、模擬試合とか聞いていたので一対一を想像していたら、ルース君の前には十人程の色んな種族の獣人が向き合っている。
「く、クロム君?一対一じゃないの??」
「ん、ハンデ」
えぇぇ、こっわ!
腰を低く落として、刀を右側面に構えたルース君はいつものおちゃらけた雰囲気がいっさいなく、けれど口元だけ楽しそうに笑ってた。
五人が一斉に襲いかかっていくのを流れる様に斬り倒し、五人目の頭を踏んで高くジャンプしたと思ったら、隙をうかがっていた残りの五人に向かって突っ込んで行った。
気がついたらもうルース君の周りは起きてる人がおらず、バタバタと横たわる人の真ん中に立っていた。
「おじょ、ルース兄、手加減してる。死んでない、こわい、ない」
よく見るとみんな失神しているだけなのか血は出てない。よ、良かった。
「怖かったら僕の胸においで~~~!」
陛下がばっと両腕を広げた所で声がかかった。
————「兄上、怒りますよ」
低音の脳に響く声。
翼を出したリヒト様が二階席の私の前の空中で止まってる。翼は出しているけど、はばたいたりしてないのに空に浮いてる。
「あぁ、兄上も久々に参加なさりたいのですか。私がお相手を」
「ヒィッ!!!お前はハンデの付けようがないからいつも参加しないじゃないか!」
「ええ、特別に」
「こっわ!!弟こっわ!!!僕だって天女ちゃんとおしゃべりしたい!!!」
「却下です」
「リヒト様!どこにいたの?」
会場を見回してもいなかったから、ここにはいないのかと思ってた。
リヒト様はニッと笑って、私をひょいと抱き上げると、そのままゆっくりと降りていき私達のいた建物の一階に降り立った。
最初からここに連れてきてくれたら良かったのに!と考えていたら、私を抱いたまま座ったリヒト様が言う。
「王族席には万が一何かが飛んできても防ぐ様な結界がはってある。あっちに連れて行ったミリーナは正解だよ」
むぅ……私顔に出てたかな。
「でも、ここにいたい」
「ああ。クロム!よく見とけよ」
小さな灰色の翼を出して二階から降りてきたクロム君が、さっきまでの警戒を解いて会場まで走って行った。
会場には大槍を持ったクロードさんと、刀を構えたユアンさんの前に百人ぐらいいるであろう軍勢が向き合っていた。




