離れの夜
誰かにそっと抱き上げられて目が覚めた。
「楽しかったか?」
低い優しい声がかかる。
「ん……すごくすごく楽しかった。色々ありがとう」
縁側で座ったリヒト様のお膝の上で、また少しまどろむ。
お庭にはもう天馬達はおらず、夜の帷が降りている。
小さな池に蛍が飛んでいるのが見えて、柔らかい風が時折草木を揺らすサラサラとした音が聞こえる。
「リヒト様の事沢山聞けたよ」
「俺のか?」
「ん。他の女の子達と私への態度が違うって」
「当たり前だろ。俺にはお前だけだって最初から言ってんだろうが」
いじめてやろうと思ったのに、ど直球で返されてこっちがドギマギしてしまう。
「大切にしてくれて、ありがとう」
「俺の宝だからな」
リヒト様は当たり前みたいに答える。
「リヒト様が、大好き」
「煽ると襲うぞ?」
低音の、優しい声。
「ん、いいよ」
「~~~~~~~~~~~~!?!?こんな可愛い紬が見れるのか!やべえな!?よし紬、あいつら毎日呼べ!明日も来させろ!」
またおかしな事いい出したな。
なおもブツブツ言ってるリヒト様の着物の襟元を掴んで引き寄せキスをする。
びっくり顔のリヒト様に、私から送る拙い甘いキス。
「番からのキス…………やべぇ……慣れてない感じが……たまらん……」
これ以上すると全く話を聞かなそうなのでもうやめよう。
「クレアちゃんとレアットちゃんにね、ケイラヒルの泉に一緒に行かないかって誘われたの。行って来てもいい?素敵な所なんだって」
「王都から南に行ったところにある泉群だよ。小さな泉が棚田になって連なって、一つ一つの泉の中に違う花が咲いてる」
「水の中なのに花が咲いてるの?」
「木が水中にはえてる泉もあるぞ」
それは想像できないなぁ。でも木や花が水の中に揺らめいてみえたらすごく素敵。
「俺らが護衛に着くならどこへ行ってもいいぞ」
「うんありがとう。一緒に行けたら嬉しい」
「兄上がヘタレのせいで、褒賞のまとまった休みがまだ取れなくて悪い。一日ぐらいならいつでも脅して取ってくるから大丈夫だ」
この世界を見てみたいとお願いしていた事をちゃんと覚えていてくれた。
リヒト様といると、じわじわ幸せが溢れ出すような気持ちになる。
「リヒト様達が来たらびっくりしちゃうかな」
「あーまぁそうかもしれんが、おまえは聖女で未来の王弟妃だぞ。あっちも分かってるよ」
「ユアンさんがいればきっと喜ぶね。大人気だったから」
「あいつか?リツがまた怒るな」
苦笑して笑いかける顔に、もっととキスをねだる。
小さく触れる様なキスを贈られて、また少しぼんやりしてしまう。
「リツさんっていくつなの?リヒト様達より上?」
「十九。あいつ中身と違って顔が強面だから老けて見えるだけ」
ええぇぇ、まさかの歳下だった!
「竜人の年齢は見た目は当てになんねぇよ。長寿で長い間不老だからな。兄上は二百ぐらいだぞ?」
もうびっくりしすぎて疲れる。
リヒト様とは歳が近くて良かった。百歳とか言われたら困るもの。
「リヒト様と番になれて良かった。人間とは、違いすぎる」
「俺もだよ。長い生涯をお前と共に生きる事が出来る。俺はそれが一番嬉しい」
そう言って私とは違う上級者の甘い甘いキスが降ってくる。脳がビリビリして、どろどろと溶けていくような。
「クロム君、夕ご飯食べ損ねて眠っちゃったの。明日の朝ごはんは山盛り作ってあげなきゃ」
もう少しお話ししたくて、ぼんやりしていく頭を叱咤しながら言葉を紡ぐ。
「クロムの事、ありがとな」
??何が?
リヒト様はキョトンとした私に苦笑して、こめかみにキスを落として話し始める。
「あいつは他国で竜人の母親と、猫族の父親の間に産まれたんだ」
話が見えず、頷いて先を促す。
「竜人の母親は既に三百歳近くで、残りの寿命を考えれば猫族と生涯を共にできると思ったんだろう。結婚して、クロムが生まれた」
「けどクロムが生まれてからすぐに竜人の老化が始まって、猫族の男が逃げたんだ。母親は卵のクロムを抱えたまま衰弱して自死に近い状態で死んだ。猫の国がクロムを兵士として育てようと企んだけど、あいつ、卵からかえらなかったんだよ」
「かえらなかった……?」
「魔力の高いやつは卵の中でも高い自我を持つからな。クロムはそれだった。出たくなかったんだろ。猫族が竜人を取り込もうと色々やって、最終的に卵を外から割ろうとしていた所を救出した。うちに連れ帰って俺の邸においてやっと卵からかえったけど、本来半年ほどでかえる雛が二年もたってからようやく出てきたんだ」
「クロムは雛時代のほとんどを殻の中で過ごして、愛着形成が出来てなかった。だから感情にうとい子供になってしまった」
そうだったんだ。小さな体で悲しみを抱え込んで卵の中に閉じこもっていたと思うと、心臓がギュッと握られた様に痛んで涙が滲む。
「お前が来てからクロムが子供らしく笑ったり泣いたり出来る様になってきた。宮女や俺らではできなかったから、感謝してる」
「私?私はただ、仲良くしてもらってるだけで……」
そんな大それたことはできてない。
悲しみに寄り添ってあげられていた訳じゃない。いつも助けてもらう側だった。大人なのに、子どものあの子にいつも助けてもらっていた。
「泣くな。お前が泣くとクロムが悲しむ」
「うぇ、う、うん、でも、っっ……」
後から後から流れる涙を吸い取って、ペロリと唇を舐める仕草をぼんやりと見つめる。
「今日はここで三人で寝るか」
「ぐすっ…………うん……」
クロム君を挟む様に川の字で寝た私が朝起きて見た光景は、悶絶級の可愛さだったと記しておこう。
リヒト様の首元にべったりくっついた小さなモモンガ君が、すやすや眠っていたのだから。




