迎え
「引っ越すよ。準備しな」
「へ!?」
アイラさんの突然の言葉にその場に突っ立って呆然としてしまう。朝から一体何を言ってるんだろう。エイプリルフールとか?
「ここは全部引き払って、引っ越しだ」
「ど、どこに……」
「エルダゾルクだよ。お嬢ちゃんを助けた褒賞が出たんだよ。私が欲しいのは店だけだって大物兄ちゃんに言ったら本当に用意してきた。ほら、あんたもいくよ。お嬢ちゃんはもう私の娘だろ」
その時トントンとドアをノックする音が聞こえて、ドアはすぐ近くにあるのにその場から動けない私を見かねてアイラさんが開けにいく。
開いたドアから現れたのはユアンさんで。
「お嬢様お二人をお迎えに上がりました。副官のユアン•シュトルツェと申します。道中ご不便等あれば、私に。お美しいお二人の護衛任務、楽しみでございます」
久しぶりにお会いしたユアンさんは今日も今日とてエルフ顔でキラキラしい。さらっさらの長い紺色の髪をきっちり後ろで結って、優しいお顔立ちなのに軍服が似合ってて凄まじい色気を出してる。
「なかなか良いのが来たね。男はこうじゃなきゃダメだよ。しっかり私をエスコートしな」
「承知しました。紬嬢、お久しぶりでございます。荷物はわたくし共がお運び致しますので、どうぞ楽にしていて下さいね」
「あ……え……?」
ユアンさんはニコッと笑ってから外に出て行った。慌てて後について外に出ると、ルース君とクロードさん、リツさんもいて、その後ろに何人かの軍人さんがずらっと並んで待っていた。
「つむぎ」
「おにい、さん、何で……」
「強引なことして悪りぃ。けど、聖女のお前は狙われる。俺の国で、ここと同じ生活をすれば良い。俺がお前の元に通うから」
そんなの意味があるんだろうか。私はお兄さんが他の女の人といる未来は見たくないのに。だから離れたのに。
「わ、私は、行かない…………!!!」
また初めからやり直さねばならない。逃げて、家と仕事を探して……
ヘナヘナと力が抜けて、ぺたんと座り込んだ私の前に、アイラさんがしゃがみ込んできた。
私の両手を持って目をまっすぐに見て言う。
「いいんさね、いつも両足で踏ん張ってなくとも。片足ぐらい預けてやんな。大切なのは、両足預けないってことだけだよ。それは金を稼ぐって事じゃない。金なんて、男が勝手に稼いでくりゃいいのさ。気持ちの問題だよ。依存して、気持ちも行動も全部預けちまっちゃいけない。いつも自分のやりたい事は自分に聞かなきゃ」
アイラさんは何を言ってるの?
私は強くなりたいのに。自分を守るために。
「私は息子と嫁に店を取られちまったからね。それだってあいつらから奪い返したいのか、馬鹿達の行く末を見たいのか、自分で選んだんだ。
私の持ってるカードはいつも〝自分はどうしたいのか“だけなんだよ」
カード?何の話をしているの?
「誰かに何かをされた時、あんたはいつも悲しいというカードしか持たない。悲しいのカードしか持たないとね、逃げるか立ち向かうかの二択しか取れなくなるんだよ。私の言ってる事、分かるかい?」
よく分からない、酷いことをされたら悲しい。そんなのみんな一緒だ。
「悲しいのカードはね、ただただされた事を切り取っただけなんだよ」
どういう意味だろう。私が何も喋れないでいるとアイラさんは続ける。
「お嬢ちゃんは自立が人生の目標みたいに思ってるだろ。自立なんて、目標にもなりやしないんだよ。どうせヨボヨボになって他人の助けを借りなきゃ生きて行けなくなるんだ。必要なのは、意思を持つ事だよ。今のお嬢ちゃんはただただ守りに入ってるだけだ」
「そんな事……でも……また逃げなきゃいけなくなるかもしれなくて……」
お兄さんは王族だ。子供ができなければまた沢山の女の人が当てがわれる。
「大物兄ちゃんはね、竜国の王族だ。この世界は竜国王の存在でもって均衡を保っている。まぁ、小さな諍いや争いはあるけどね。竜国王族が消えればたちまち世界戦争が起きる。それはもうわかりきった事なんだよ。今の王様はお身体が弱い。世界の均衡は大物兄ちゃん1人にかかってる。誰も大きな声じゃ言わないけどね、大物兄ちゃんは物心ついてから今までずっと——種馬だったって事だよ。この世界、ラズウェルの為にね」
「あ…………え……?」
意思とは関係なく女の人をあてがわれていたという事?
子供をつくるためだけに。
パッと顔を上げてお兄さんを見ると、珍しく彼が俯いてしまう。
「……………………その通りでございます」
ユアンさんが苦しそうに答えた。
「大物兄ちゃんの離れが好きだったんだろ?」
「それは、そうだけど……」
「じゃあ今からでも考えてごらん。もし逃げ出したあの時、辛い悲しいのカードを捨てて、自分はどうしたいのかのカードに持ち替えたら」
どうしたいか?あの時、私が望んでいた事、無理だとわかっていたけれど、好きだった物。
「……あの場所が、好きだった。離れたく、無かった」
「そうだね。そうなるとあの時立ち向かう術のなかったあんたは、逃げるという選択肢しか取れなかったけれど、こういうのも出てくると思わないかい」
「?」
「《《てめぇが出て行け》》ってな。自分軸を持つって事が、強くなるって事だよ。自分の足で立つ事が強いわけじゃない」
「はい……」
「じゃあもう一つ練習だ。大物兄ちゃんとの子供が出来なくて、側室があてがわれた。じゃあお嬢ちゃんはどうする?」
「わ、別れ………………えと…………」
辛いから、逃げる。別れる。しか考えてこなかった。
逃げるの逆は、立ち向かう?いや、違う。
自分がどうしたいかのカードを持つと言ってた。
側室達に立ち向かいたいとは、思えない。
どうしたいか?
そんなの決まってる
「…………………………お兄さんを、殴りたい」
「よく出来たじゃないか。初めてにしては上出来上出来」
アイラさんはケラケラと楽しそうに笑う。
「怒って、泣いて、慰めてもらって、別れてきてって、言いたい」
「百点だよ。やれば出来るじゃないか。さすが私の娘だ。人生はゼロか100じゃない。大物兄ちゃんだって男だよ、なんとかするぐらいの気概を見せるはずだよ。あんたはそういう全てをすっ飛ばして、された事だけきりとって放り投げてきたんだよ」
そんな事、考えた事無かった。
辛いことをされたら辛い。悲しい。
立ち向かうか、逃げるか。
それが普通だと思ってた。涙がボロボロ出てきて止まらない。
————「婆さん!感謝する!!!」
不意に抱き上げられて、お兄さんに縦抱っこされた。
紺色の瞳の中の金が揺らめいて溶けちゃうみたいな顔。私を甘やかす顔。
「キィィ!お姉さんとお呼び!!!!!」
お兄さんの首に手を回してギュッと抱きつく。
うっすら香る、タバコの匂い。
私の安心の匂い。
「わた、私は、リヒト様が、好きなの」
「ああ!世界一幸せにしてやる!俺の番、俺の全て」
「テトとクロム君の所に、帰りたい」
「そこは俺って言えよ!!!!」




