熱
あれから毎日お兄さんはここにやってくる。
毎回すごい量のプレゼントを持って。
けれど食材以外は受け取らない。
アクセサリーはもうこりごりだ。
初めて山ほどプレゼントを持ってきた時に全て突き返したら、次の日からは食材のみになった。
食材は私ではなく全てアイラさんが受け取っている。プレゼントではなく、差し入れとして受け取っているらしい。
私とは何かを話すわけではない。
アイラさんに命じられた力仕事を淡々とこなしているだけ。薪割りとか、修繕とか。夕方には帰っていく。
私は私の仕事をしなければならない。私がここで生きて行くために。
マフィンを作って焼いていく。お店に売るものだから、形が同じになる様に、見栄えが良い様に気をつける。今日はバナナと、プレーンとリンゴのコンポート味の三種を十個づつ焼いた。
小さなレンガのおうちに甘い匂いが充満する。
一週間に一度の販売は、アイラさんが街の知り合いのお店に持って行ってくれる。
私はこの国では働けないので、アイラさんが作ったという事にしてもらっている。
販売に行く日はアイラさんは知り合いのお家に泊まるので、少しだけ不安でもある。
お兄さんと二人きりの空間は気まずい。
「んじゃ行ってくるけど、そんな不安な顔をおしでないよ!女は度胸と鉄拳制裁さね!股間を狙いな!」
役にたつ?アドバイスを残して颯爽と消えて行った。
紅茶を淹れながら、カーテンの隙間から時折見える薪を割るお兄さんを眺める。
自分でもどうしたいのかよく分からない。
今すぐに抱きついて泣き喚きたい様な気もするし、二度と会わずに穏やかに暮らしたい様な気もする。
心がフラフラと定まらない。
「何だか、疲れた、な……」
テーブルに突っ伏して、少しだけ泣いた。
あの人の姿を見るのは今は辛いだけだ。視界に入れない事が大切だと思う。
そのままウトウトと眠ってしまった様で、起きた時には窓の外は真っ暗でもう夜になっていた。
いつも夕方にはお兄さんは帰っていくからもういないかなと安堵して周りを見ると、私の斜め前の席でじっと私を見つめるお兄さんと目があった。
「つむぎ、お前に……見てもらいたいものが、あって……」
珍しく歯切れが悪い。いつも堂々としてるのに。
「はい……」
私の返事が意外だったのか、ちょっとびっくりしたお顔をしてからおもむろに白い布袋を取り出した。
重そうな見た目でお兄さんがテーブルに置くとガチャンと音がした。
そのまま見守っていると、お兄さんは袋の底を持ってテーブルの上に中身をぶちまけた。
ガシャガシャガシャっという音と共に転がり出てきたのは、例の銀の髪留めで。一、ニ、三、六個ある。
「これ……」
「全部謝って返してもらってきた。ちゃんとお前の事説明して、一人ずつ殴られて来た。俺めっちゃカッコわりぃな」
ばっとお兄さんの顔を見ると紺色の視線とぶつかり、どうしたらいいのか分からず狼狽してしまう。
お兄さんはまた髪留めを袋に戻すと、上から拳をバンっと落としたあと、何か魔力を込めている様だった。
「な、何?」
「粉砕した。もう形はない」
「………………」
「こんな事しても過去は無かった事にはならないけど、それでも話を聞いてもらいたい」
「…………」
何だかフラフラする。久しぶりのお兄さんの紺色の優しい目が脳を溶かすのか、あたまがガンガンする。
「つむぎ?どうした?おま、熱があるのか!?」
少しかさついた、血管のういた筋張った大きな手が額に当てられた。
私が大好きだった手。
そのまま自室のベッドに運ばれて、お兄さんはキッチンに行ってまた戻って来た。
私を起こして包み込む様に後ろに座り、何かをスプーンで口に入れてくれた。
トロリとした甘い果実の汁。冷たい果汁が喉を潤して気持ちがいい。
「解熱の作用があるから、がんばって飲もうな」
優しくしないで。
もう考えたく無いのに。
「ごめんな。俺が、無理させたからだな」
そんな悲しそうな顔しないで。
傷つけたいわけじゃないのに。
外はいつのまにかざあざあと雨が降っている音がする。小さなレンガのおうちにお兄さんと二人きりで雨に閉じ込められているような感じがする。
これ以上飲めなくて、いやいやと首を振ると、「もうちょっと、がんばってくれ」と掠れ声が上から聞こえた。
それでもやっぱり飲めない私を諦めて、サイドテーブルにお椀をおいてそのまま抱きしめて来た。
「そのまま聞けるか?無理そうなら、やめとく」
「大丈夫……」
「っ、言い訳にもなんねぇけど、竜人は子ができにくい」
そうなんだ。急に何なのだろう。
「だからエルダゾルク国民の大半は他の獣人だ。弱かったり、戦闘が嫌いな穏やかな種族だったりが丸ごと傘下にはいってる。かつては、人間も」
「そう、なんだ。いっぱいいるように、見えたけど」
「紬は王宮にいたからな。貴族は竜人族ばかりだから、目にする事が多かっただけだよ」
「そう……」
熱のせいか、深い思考がままならない。
「兄上は昔からお体が丈夫では無かったんだ。それでも少し前までは寝込む事が多い程度で、普通に暮らせていた。けど、肺のご病気にかかってからは紬の見た通りだ」
「ごめんなさい、私が偽物だから……」
「つむぎは偽物なんかじゃないよ」
優しい言葉を言われ、戸惑ってしまう。
そういうのはやめてほしいのに、身体も頭もうまく働かない。
「父上も母上も崩御なされた今となっては、俺が王家の後継を作る事は国策なんだ」
「ふぅん」
だから、あんなにいっぱい。だから七番目。
「お前に出会うまで俺に感情は無かった。女に特別な感情を抱く事もなかったし、うるさいだけの生き物だと思ってた。あの髪飾りも、店側にすべて任せて、俺が選んだわけじゃ無い」
「ひど」
「っっ……けど、お前と出会って、どうしようもなく愛しくて、存在まるごと可愛くて、抑えきれずに強引にエルダゾルクに連れて来た。紬へのプレゼントは全部俺が選んだ。あの髪飾りも、お前に似合うと思った」
「…………」
「兄上に癒しの力を使う時、つむぎは初めから無理だと分かっていたんだな?」
「うん、そうだね」
「俺を治した事で、出来るようになったのだと勘違いしていた。立場的にも兄上が優先になって、おまえを矢面にたたせた事も本当に悪かった。辛い思いをさせた。番のお前を守れない状況があるなんて考えもしなかったから、いまでも時々夢に見る」
「もう、済んだことだから」
お兄さんはそれきりだまってしまった。
外の世界の輪郭をなぞる雨の音だけがざあざあと聞こえる。
どのくらいそうしていたか分からない。
雨の音がしとしとと弱まって、カーテンの隙間から見える夜の闇が一層深まっていた。
沈黙を破ったのはお兄さんで。
「離してやれない」
「え?」
「俺の事はもう嫌いかもしれないけど、それでも俺はお前を離してやれない。今だって強引にまた離れにつむぎを監禁することばかり考えてるし、ここから動かないと言うなら、カルネクア国との同盟をやぶって、中立者としての立場も全て捨ててこの地に攻め入りエルダゾルクの国土にするにはどれくらいの時間がかかるかとか、そんな事ばかり考えてしまう」
「………………」
私を抱き込む腕に力が入る。
「離してやれない、愛してる」
「もう番ではないのに」
「関係ない。番でも番じゃなくても俺はお前を愛してる」
「………………この世界の男の人は、耳に心地いい台詞をいつも言ってくれるけれど、それには落とし穴があるってことを知ってる。私はもう、男の人に翻弄されたく無いの」
「どう生きても構わない。俺のそばにいてくれれば」
ほらまた、甘い甘い甘言。
「甘い言葉の後に、ユリウス様と共に行けばいいとまた貴方は言うのでしょう?沢山の女性を侍らせて。誠意を見せてくれた事はありがとう。でも、私は私の力で生きていきたいの。もう、裏切られるのは嫌なの」
「っ…………少し……寝ような」
雨の音が優しく聞こえる。レンガの家を撫でては流れていく。




