うつろな瞳
外から声が聞こえて、その時が来たのが分かった。
鏡台に座って髪をなでつけ、青い顔にリップだけでもと思いはたと気づいて苦笑する。
未だ無意識に、少しでも綺麗な自分を見てもらいたいと思ってしまっている事に。
「こりゃまた大物が来たね」
「お姉さん……だと……あのガキ……」
「失礼な大物が来たね」
◇◆◇
表情のない、どこか虚なつむぎがドアから出て来て息を呑む。こんな時でも、美しいと思ってしまう。
「迎えに来た。エルダゾルクに帰ろう」
「そのつもりはありません」
強張った、硬い声。
「お前は俺の番だろ」
「もう、過去のことです」
全てを諦めた様な、光のない瞳。
俺に何の期待もしていない目。
俺が紬をこうしてしまった。
「頼む、つむぎ、話を……」
「話す事は何もありません。私は七番目になるつもりはありませんし、偽の聖女ですから殿下に相応しくもありません。お引き取り下さい」
「…………もう名前も呼んでもらえないのかよ」
「……………………お引き取り下さい。もう終わりにしたいのです。エルダゾルク神との契約解除の書類をいただけますか?」
最悪な申し出に言葉が詰まる。
「カルネクア国と契約をしたく思っております。いつまでもこのままではいられませんし」
「許さ、ない。許可できない」
何とか声を絞り出す。紬は熱量のない瞳のまま返事をする。綺麗な顔は、人形の様に感情がない。
「そう、ですか……寄る辺のない身では、国民権がないととても厳しいのですが……しかた、ない、ですね……」
「頼む、帰ってきて欲しい」
「何故」
「俺には、お前だけだ」
「………………」
俺を見るうつろな瞳がありありと紬の心を映している。あんなに沢山いるじゃないかと。
「確かに!お前と会う前の俺は褒められた生活をしていたわけじゃない!けど!紬と会ってからはお前一筋で!ちゃんと終わりに!」
「彼女達は、そうは思ってなかったみたいですが」
「っ、それは……」
「彼女達を幸せにしてあげて下さい」
狼に言っていた台詞がそのまま俺に突き刺さる。
紬の諦めた様な焦点の定まらない瞳に焦りばかり募る。
「テルガードとクロムが、お前に会いたがっている」
俺は卑怯だな。紬の大切な者を引き合いに出して。
「クロム君には、また遊びにきて欲しいと頼みました。テトは……テトに会うのは、あきらめます……」
紬の瞳から涙が落ちる。泣き顔だが、感情らしいものを見せてくれた事に安堵する。
「もう、俺の事は嫌いか?」
「それは…………」
言い淀んでくれただけでこんなにも幸せなんて、お前は笑うかもしれない。
嫌いと言いきらないでいてくれただけで、俺は。
「明日また来る」
「手土産を忘れるでないよ!!!」
「………………」




