後悔
あの後危篤状態になってしまった兄上のお側を離れるわけにはいかず、あの状態のつむぎのフォローがすぐに出来ない事に歯噛みしながら兄上の回復を祈る。
ちゃんと謝って話をしなければならない。
離れで俺を待っているはず。
泣いているかもしれない。
俺が悪いのに、バカな嫉妬をして紬に当たったあげく最悪な方法で傷つけた。
自らの手で番を傷つけた現実に頭が追いついていかない。紬の絶望したような、力のない瞳を思い出して心臓が押しつぶされそうになる。
自分の馬鹿さ加減に反吐が出る。
天をあおいだその時————突然雷が落ちた様な衝撃が身体を通過し、バリーーーーンッと何かが割れる音が大音響で響いた。
慌てて周りを見ると、俺以外には聞こえていないのか皆兄上の寝所前で神妙な顔のまま待機している。
次の瞬間凄まじい喪失感が俺を襲い、あまりの衝撃にその場に膝をついた。
「殿下!?」
ユアンが駆け寄る声がする。
冷や汗がダラダラと流れて止まらない。
口の中がカラカラに乾いて呼吸すらままならない。
「つむ……ぎ……?」
何が…………? 半身が抉られた様な喪失感。
「ユアン!!つむぎの安否を確認しろ!!!今すぐにだ!!!」
怒鳴り声で指示をしたがもう分かっていた。
————つむぎが国境を超えたんだと。
————番との鎖が断たれてしまったんだと。
「うそ、だろ……つむぎ……」
結局兄上の容体が安定するのに丸三日かかった。
山場は超えたと宮廷医の診断が降りてすぐに紬の足取りを辿って外に出た。
先に探らせていたクロムの情報でカルネクアまでの馬車に乗ったことだけは分かったが、昨日降った雨のせいで残った匂いがたどれず紬の行き先はようとしてわからなかった。
「くそっ!!!!どこにいる!!」
俺のせいでずっと泣いて過ごしているかもしれない。
異世界人の紬が一人で生きていくにはこの世界は酷すぎる。
俺は何て事をしてしまったのか。
◇◆◇
国境の境で降ろしてもらい狐獣人の馬車がUターンしてかえっていくのを見送ると、またとぼとぼと歩いて国境を越えた。
特に手続きをしないと入れないとか、関所が用意されているとかいうこともなく、普通の原っぱの上での入国だったと思う。
トボトボ歩き、一時間ほど歩いた所で小さな街に入った。
少し休もうと公園の噴水の縁に腰掛けて左肩を確認すると、エルダゾルク家の梅の象徴華は綺麗さっぱり無くなっていた。
ここで初めて涙が出た。ずっと泣かずに来れたのに。
あの人との関係は本当に終わったんだと痣のない肌が教えてくれた。
雨が降り始めても私はそのまま動けず、ただただ前を見て涙を流した。ここでちゃんと泣いて、終わりにしようと思った。雨が全部流してくれればいい。
————「めんこい子が泣いてるね。こりゃあ原因は男だね?」
涙でぼやけた視界で声のする方を見ると、カッパを着た六十代ぐらいの女性が、背中に大きなリュックと手にはトランクを持って立っている。
目が完全にワニのそれなので、ワニ獣人だとわかる。
「ふられでもしたかい?」
「いいえ、逃げて来ただけで」
「そりゃあいい。私と似た様なもんか。そんなずぶ濡れで風邪をひくよ。人間はか弱いそうじゃないか」
「今から宿を探してみます」
「そんな死にそうな顔して何言ってんだい。私も今から引っ越しなんでね。ちょっと手伝っておくれ。あんたがこのトランクを持ってくれれば二往復しないで済むのさ」
特にやることもないし、このままリヒト様を思ってここで泣き続けても仕方ないので頷くと、女性はトランクから大きなタオルを出して私の頭からかけた。
「この裏手の山の中を歩くからね、木で雨はそこまで無いはずだ。とりあえずこれだけでも被っておいで」
そう言って、トランクの中から重そうなものをどんどん自分のリュックの中に入れていく。
ぼんやりとそれ眺めていると、ほぼ空になったトランクを閉めて私に渡す。
「じゃああんたはこれをお待ち。いい子で着いておいで」
馬鹿みたいにネジの取れた涙腺がまだ涙を生成するのをそのままに、フラフラと彼女の後ろをついて行くと近くのベンチに沢山の木箱に入った荷物が置かれていた。
よっこらしょと左肩に二箱、右肩に三箱を担いでうまくバランスを取って歩き出した。
私が気を使わない様にお手伝いの体を取って、私が人間だから荷物を減らしたんだと山道を登りながら気がついて嗚咽が漏れた。
「人の優しさに触れて涙が出るうちは、まだ大丈夫さね。もう少しだよ、頑張りな」
「っ…………はい」
雨の中山道を歩いて行く。整備はされていないけれど、馬車の轍があるので割と往来はあるのかもしれない。どのくらい歩いたのかへとへとになって来た頃、ぽっかりとひらけた場所に小さな可愛い煉瓦のお家が見えた。
「新婚の頃に使ってた家でね。ちょくちょく手入れに来てたけど、ちょっと修繕が必要かね。どうだい、可愛いだろう」
「はい、とても」
素直に頷くと、カラカラと笑って鍵を開けて中に入れてくれた。
「水と熱源は通っているからね。とにかくあんたはシャワーだね」
私が何かいう前に、どんどん背中を押して浴室に押し込み、熱いシャワーを出してから出て行った。
冷えた身体に熱が戻ってくる。すこし元気も戻って来た気がする。
浴室から上がると新しい下着と若草色のワンピースが畳んでおいてあり、ありがたくそれを借りた。
「おや、私の若い頃の服だけど、よく似合うじゃないか」
「ありがとう、ございます」
「私はアイラだよ。ワニの獣人だ。お姉さんか、アイラさんとお呼び」
カッパをとったアイラさんは、やはりワニ獣人と一目でわかる容姿をしていた。
緑の鱗が両腕にあり、裂けてはいないけれど大きな口と、ギザギザの歯、何より肌がうっすら緑っぽい。その薄い緑の顔にバッチリメイクが施されていて、紫のアイシャドウがよく似合う。
「はい、つむぎと申します」
「お嬢ちゃん、相当だねぇ。あんたまだ泣いてること、気づいてないだろ」
バッと頬に手を当てると後から後から流れる涙が手を濡らす。
「とにかく今日はもうおやすみ、このまま起きてたら干からびちまうよ」




