いつもの場所
国立公園 噴水前のベンチ 特等席で見られるあの人の浮気現場。
国立公園から大きな通りを挟んで向かいに立つおしゃれなホテルの二階にあるカフェのテラス。
ユリウス様の座る後ろ姿と、その向かいに座るレイス様の笑顔。
時折チラとこちらを見るレイス様は本当に儚げな笑顔で笑う。
意地悪な顔ではなく、とても嬉しそうに。
わざと私に見せているくせに。
「はぁ、帰ろ……」
侯爵邸から徒歩で二十分ほどの距離にある国立公園のベンチで一人ごちる。
「帰っても、なぁ……」
力の使えない聖女の肩身は狭い。
ユリウス様は私を聖女だと言い切っていたけれど、私に力が使えたことは無い。
召喚は国家規模の魔力を必要とするようで頻繁には行えないし、成功率もすごく低い。せっかく成功したと思ったかに見えた私が実は力が使えなかったのだから、お偉いさん達は落胆したそうだ。
戦争の最強のカードとして私を使いたかったのに、出てきたのは弱い人間の聖女もどき。
片や相手は国家薬師のエリート公爵令嬢。ユリウス様のご家族も家人もみんなレイス様を番に迎えたいに違いない。
公爵令嬢との結婚はユリウス様にとって出世の道だもの。
一度目は本当に偶然だった。
ユリウス様の笛文(試験管の形の通信用魔法具らしい)に書かれた文字が見えてしまった。
~ いつものところで、待ってる レイ ~
「急な仕事が入ったみたい。また来週くるから待っていて?」
「お仕事……」
「そうなんだ。困っちゃうね、番との大切な時間だっていうのに」
ユリウス様はちゃんと困り顔だ。チグハグなのはメッセージだけ。
私が文字が読めるなんて思っていないユリウス様は笛文のメッセージを隠そうともしない。
ガラスの試験管の中の古びた紙に、甘いメッセージ。
気持ちの置き所がなくて勝手に外に出てフラフラと歩き回っていたら例のカフェで楽しそうにデートする二人を見つけた。
レイス様と目があった時、一瞬ビックリした顔をしたけれど、すぐににっこり綺麗な笑顔になった。
いつもの場所、二人の特別な場所を知ってしまった。
それから、ユリウス様の急な仕事の時はここにくる癖がついてしまった。
わざわざ確認しなくてもと頭では分かっているのにモヤモヤが晴れない私は散歩と称してここに来る。
————二人目の番
ユリウス様の一人目の番は私だ。
今見て来た二人目の番は私の担当医師だったレイス様。
私に話を通して、レイス様の最後のお願いを叶えている。いつまで続くのかは誰も知らない。
ユリウス様は毎週月曜日から金曜日までは王城でレイス様と過ごす。土日は私のいる侯爵邸に必ず帰ってくる。
帰ってはくるけれど、私と話す間もなく仕事だと呼び出されては出かけていく。
レイス様に呼び出されて。
仕事だと言って。
いそいそと出かける彼は口では惜しむ言葉をいうけれど、どこか嬉しそうだ。
土日は私との時間と一応は決めている様で律儀に帰ってくる。けれどすぐにレイス様に呼ばれて嘘をついて出ていく。までがセットになっている。
意味がわからないけれど、本人は帰ってくることで義理を果たした気になっているんだと思う。
侯爵邸の門をくぐり、自室に戻る前に食堂に寄った。
未だ人数の少ない侯爵邸は、セルフサービスでメイド達がご飯を食べられる様にビュッフェスタイルでパンとスープと、簡単なおかず一品が大皿に用意されている。ユリウス様がいる時はちゃんと私の分として作ってくれるけれど、いない時は食事は出てこないので、いつもここまで食べに来なければならない。
遅い時間に来たのでもうパンとスープしか残っていなかったけれど、いつものことなので手早く済ませていると、メイド長のラクラさんがやってきてあからさまに不機嫌な声を出す。
「片付かないんで、早くたべてもらえますかね?」
「ええ、ごめんなさい」
「おわったら、聖女の力の練習でもしたらどうです?」
クスクスと扉の方から笑い声がしたので見やると、侯爵邸で働く他のメイドが二人、意地悪そうに笑っていた。
「そうします」
簡単に食器を片付けて、逃げる様に自室に戻った。目をギュッとつぶって、モヤモヤした気持ちを追い出す。
この生活が始まった二月前は、どうしたら良いかわからず邪魔者な自分に泣いてばかりいたけれど、初めてレイス様の私を嘲る笑顔を見た時になんだか吹っ切れてしまった。それでも休日は毎回、カフェを見に行ってしまう自分が嫌いだ。
その日珍しく一度侯爵邸に帰って来たユリウス様が言った。
「今日は本当にごめんね?まだ仕事が終わらなくって、また行かなくっちゃいけないんだけれど、来週の花祭りは一緒に行こうか。楽しみにしていて」
「ありがとう、ございます……花祭り?」
「街中花でいっぱいになるよ、豊穣祈願のお祭りなんだ。街歩き用のドレスを贈ろうね。そんな顔しないで、私の番。レイスの事、気に病んでいる?大丈夫だよ。少し待てば、私は君の元に戻ってくるんだから。」
「……そう…………ですね……」
「君に似合う花を考えておくよ。花祭りは恋人達の為の祭りでもあるし、番との初デートにピッタリだよ」
「ええ……」
その時またリンと高い鈴の音がして、笛文をチラと見たユリウス様は、《《仕事だ》》と言ってまた去っていった。
仕事だと言って出ていって、仕事だった事は無いのだけれど。堂々と可哀想な二番目の番の願いを叶えると言いながら、細かなところで嘘を付く。
どちらにも誠実で優しくあろうとする。
「花祭りか…………別にあんまり行きたくはないなぁ」




