差し入れ
「主、これ、お嬢から」
小さな顔がそっくり隠れる美味そうな匂いのするつる籠を、クロムが執務室に運んできた。
美味そうな匂いに声をかけてきた全ての竜人を振り切ったのか、珍しく息を切らしている。
「ああ、紬の様子は?ってお前!俺より先に食っただろ!!」
「ん、すごくすごく、美味しかった。明日またおいでって」
「はぁ!?なついてんじゃねぇよ!」
「僕、食材届けるの、毎日する」
「オメェの仕事はそれじゃねぇだろが!ったく、紬は人たらしだな。いや動物もか……よし、おまえ、毎日もってけ、んで俺の分をここまで死守して持ってこい!」
「ん、僕、おしごと、変える」
「変えねぇよ!!」
子どもなら男でも紬のそばに置ける。
クロムなら護衛としても役に立つと思い引き合わせたが、初日でこうも懐くとは思わなかった。
「主、お嬢、元気。採血するって。医者言った」
「ああわかった。あとで来させる」
「ん、もっかい、行って、いい?」
「はぁ~~~、食うから、ちょっと待っとけ」
「ん」
紬の作るメシに心が躍る。匂いで分かる。俺の好きな味ばかりが入ってる。紬が作る不思議な料理は俺の胃袋を掴みすぎる。
会いたくて、甘やかしてやりたくてたまらないのに突破口が見出せない。
紬の血液を摂取したら何かが変わるのだろうか。
————紬に会いたい
◇◆◇
明日また来ると言っていたクロム君用に、クッキーと胡桃のパウンドケーキを焼いていると、当のご本人がつる籠を持ってまたきてくれた。
つる籠の中には花束と、カード。
——すげぇ美味い、会いたい——
たったそれだけなのに、涙が溢れて止まらない。クロム君がオロオロしだしてしまったので、袖でぐいと涙を拭いて笑顔を作った。
「運んでくれてありがとう。また、運んでくれる?」
「ん、毎日、持ってこいって」
「ふふふ、嬉しいな」
美味しく食べてくれて、毎日食べたいと言ってくれるだけでこんなにも心が震える。
わからない事ばかりだけれど、少しでも繋がれて嬉しい。
「僕、毎日、きていい?」
わ~~!ズキューンと心臓に矢が刺さるよクロム君!
「おいでおいで!今もね、クロム君のためにクッキーとケーキ焼いてるの!後で一緒にお茶しようね!」
「くき、と、けき、食べる。今食べる」
か、可愛いぃぃぃ!!!
こちらの世界でスイーツを食べたことはない。ほんのり甘めのパンは売っていたけれど、獣人はあんまり甘味を必要としないのかも。
その代わり果物は沢山見る。
お砂糖として使ったものも実は果物から取った。割ったらサラサラとした粒子の細かい甘い種が沢山出てくる果物があって、最初は砂かと思ってびっくりした。
果物が甘味の代わりなのかもしれない。
「ふふ、クキとケキ、食べようね」
「ん、もう、いいにおい、する」
「もうちょっとだよ。そこから覗いてキツネ色になったら教えてくれる?」
「ん、ぼく、見る。キツネ、こむぎいろ?」
「そうそう、焦げる前に出したいからね。見張っていてね」
クロムくんがオーブンもどきの箱の前にしゃがんで動かなくなったので、その間にお茶の用意をしていると声がかかった。
「お嬢様、診察のお時間ですわ」
ミリーナさんが女医のルルリエさんを連れて離れに来ていた。
お茶の用意をミリーナさんに引き継いで、ルルリエさんと診察の時間だ。
肩の違和感ももうないし、左肩の傷も治った、と思う。痛みも何もないのに傷跡が残らない為の軟膏をつけていつも包帯をされている。背中側だし、気にしないのに。
「今日は採血に来ましたの。患者はお嬢様ではなく、殿下なのです」
「お兄さん!?やっぱり具合わるいの!?」
「いいえ、今は大丈夫です。ですが完治が難しく……お嬢様の血液が薬になるかもしれないのです。少し頂いても?」
「私?聖女だから?」
「あなただからですよ。詳しくは守秘義務がございますので……」
ルルリエさんの歯切れが悪い。でも、血ぐらいでお兄さんが治るならいくらでもあげたい。
「何回かお願いする事になるかもしれません。造血剤を出しておくのでお飲みになって下さいね」
「分かりました!」
ルルリエさんは手早く採血をして、去っていった。
お茶によんだけれど、早く解析したいんだって。仕事熱心。
「お嬢、キツネ、なった」
「うわぉ!忘れてた!」
クロムくんが忠実にキツネ色を守って取り出してくれてあったのでクッキーが消し炭にならずにすんだ。
ケーキクーラーがないから、四角い竹ザルの上に出す。
冷ましておいたパウンドケーキの上の濡れ布巾を取ると、クロムくんのよだれがすごい。
ハンカチを三角にして首に巻いてエプロンにしてあげた。
溢れ出るよだれを止める為にケーキの端を小さく切って口に入れてやると分かりやすく顔の周りに花が散ってホワホワしているのが悶絶級に可愛い。
「ふふふ、ミルクもいれようね?蜂蜜、あるかなぁ」
「ん、蜂蜜、これ」
パントリーにかけていって、棚の瓶を指差す。
「これ?なんか薄青いけど……」
「青バチ」
おぉ~なんか強そう。毒っぽい色だけど。
蜂蜜もあるなら、今度パンケーキもクロムくんに作ろう!
ミルクを鍋であたためて、蜂蜜をたっぷりたらしてやる。和風の物が大半だけれど、カップとソーサーはある。けれどマグカップはない。
「湯呑みじゃあなぁ~、あ!これ良さそう」
抹茶を立てる用のスープボールみたいなお椀があったので、ミルクを注いで二人で縁側にすわりお茶の時間。クロム君はもうケーキとクッキーに釘付けだから、これ以上待ては可哀想だ。
クロム君を膝に抱いて、頭を撫でてやりながらクッキーを摘んでいると、テトも近くに来てまったり草を食べはじめた。
明日お兄さんにクッキーとケーキを運んでもらおう。早く元気になって欲しい。




