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 一週間お休みを取ったという彼が、朝から両手にプレゼントをもって私に与えられた部屋に来た。


「あの、こんなには……」

 紙袋数点に花束もついてる。


「遠慮しないで?獣人の雄はプレゼントで愛情表現をするんだ。その代わり他の男からのプレゼントはもらってはいけないよ?愛情を、受け入れたことになってしまうから」


「それは……はい」


 ユリウスさん……ユリウス様?は、近衛騎士団に所属しているらしく、王城勤めだそうで、普段は王城の寮で寝泊まりしていたらしい。

 

 私が来た事で急遽屋敷を整えているのか、ザワザワと館内が騒がしい。


「侯爵様、お茶をお持ち致しました」


「ああ、ありがとう。紬、紹介するよ。君の専属メイドのラクラだ。ここはラクラと数人のメイドしか置いてなかったからね、これから執事や侍女を手配して紬が住みやすいようにしようね」


 紹介されたラクラさんは、大柄の中年の女性で優しそうな顔をしていて、茶色の耳をしている。


「紬•玲林と申します。お世話になります」


「何なりとお申し付けくださいまし」

 ニコッと笑って退出していった。悪い人では無さそうで安心する。


「ドレスは工房を呼んでオーダーしようね、今日はシンプルな街歩き用の物しか買ってこれなかったから……今度ひと部屋潰してクローゼットを作ろう」


「そんなには……」


 とても良くしてくれているのが分かって恐縮してしまうけれど、急に知らない場所に来てサバイバルする様な事にならなくて本当に良かったと思う。


「ゆ、ユリウス様は本当に私の(つがい)なんですか?」


「ん?紬には分からないよね。今も紬から甘い匂いがするよ。番の私にしか分からない。それにヴィクトラン家の象徴華の痣も浮かんでいる。番なんてそうそう見つかる物では無いから私は幸せ者だね」


「この痣、ですか?」


 左手首に現れた薔薇の花の痣は、今だに痣の中心部分がほんのり暖かい。


「そう。各家に象徴華があるからね。人間の女の子と番になると、その子に痣が現れるんだよ。人間は番の匂いが分からないから、痣が現れるように神が采配したのだろうね」


「獣人の女の子には、痣はないんですか?」


「うんないよ。お互い匂いですぐにわかるから必要ないしね。心配しなくても正真正銘つむぎは私の番だよ」


 ユリウス様はそう言って、私の髪先を持ち上げてキスを落とした。

とてもキザな仕草だけれど、彼がやると様になるから不思議だ。

銀の髪が揺れて、澄んだブルーグレーの瞳が私を覗き込む。


「今は色々と不安だろう?けれど早急に私と番ってもらいたい。紬が初めてなのは匂いでわかるのだけれど……獣の(さが)が、おさえきれそうも、ない……君の匂いに、酔いそうだ……」


「それは、どういう…………?」

  

 その時リンッとベルのなる様な高い音がしたと思ったら、ユリウス様がポケットから銀の飾りのついたガラスの試験管の様な物を取り出した。中には古びた細長い紙が入っていて、そこに青白く光る文字が浮かんでいる。


 ————急ぎ王城に来られたし 


 あまり長い文は入りきらないのか、簡潔な文章が読み取れた。

 先ほど文字は読めないと言った手前黙っていると、銀の耳をクッタリと下げた彼が跪いて私の目を覗きこむ。


「急ぎの仕事が入ったみたい、ちょっと行ってくるね、すぐ戻ってくるよ」と言い残して名残惜しそうに何度も振り返りながら部屋を出て行った。


 シャワーを浴びて、プレゼントで頂いた簡素なワンピースに着替えたらどっと疲れが出たのか、私はそのまま眠ってしまった。



——結局その日ユリウス様は帰ってはこなかった。




◇◆◇




 翌日の朝食の席に現れたユリウス様は、なぜか凄く疲れたお顔をしていて、食欲もあまり無いみたいだった。


「お仕事、大丈夫でしたか?」


「ん?あぁ、うん、ちょっと想定外な事が起きてね…………。私は……私は君に誠実でありたい。少し、話をしても?」


「?ええ」


 王子様みたいな綺麗なお顔が青白く、今にも倒れそうなのに、それでも私に気を遣って下さる。

 

「昨日、私にもう一人の番が現れた。本人が番かもしれないと申し出てきた。彼女はこの国の者で、昨日急に番の匂いが分かったと言っていた。急にわかる様になるなんて、そんな事は聞いた事ないのだけれど、確かに彼女から番の匂いをうっすら感じたんだ」


「…………?」

 

 私以外にユリウス様の番がいたという事?


「そもそも番が見つかるなんてそうそうある事ではないし、神の祝福だから分からないことも多い。二人も現れるなんて前代未聞だけれど、ラディアン神の采配なのだと結論付けられた」


「はい」


 話の結末が見えない。私はどうなってしまうのだろうか。


「けれど紬から感じる様な強い番のフェロモンは感じない。だから正直にそう彼女に話した」


「はい」


「彼女は——彼女は身を引くと言ってくれたんだ。同じ獣人の彼女が、番の私をあきらめると」


 何だかいたたまれない気持ちになる。どうしたらいいのか分からない。前にも後ろにも動けない様な気持ちになって、心臓がバクバクとうるさい。


「私は紬の番だ。それは変わらない。けれど同じ獣人として彼女に申し訳ない気持ちもあって……」


 ユリウス様はそこで一旦言葉を切り、私から目を逸らしてこう言った。


「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ。」


「思い出……」


「ああ。ただ会って話すだけだ。話をしたり、出かけたりするだけ。それが終われば、私は紬の元に必ず帰るよ。私の番は君だけだ」


「えっと……はい……」


 しゅんと垂れた耳と尻尾に、彼が心底困っていることがわかる。


 私に選択肢などない。異世界に召喚されて、右も左もわからないのだから。

保護者の様なユリウス様の選択に、異を唱えられるはずもない。


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