旅路1
結局広い一人部屋をとってもらって、しっかりお兄さんとは別々の部屋にしてもらった。
「次は同じ部屋で寝たい。何もしない。多分。おそらく。きっと」
「ダメです」
しょんぼりしたお兄さんに絆されちゃいけない気がする。
お兄さんのしょんぼり顔に弱い自覚はあるし、お兄さんは押しが強いもの。
「ギャハハハハハハハハハ!!道中ずっとこれ聞けるの!?マジ来てよかった!超腹痛い!!」
ルース君が朝から元気だ。私の方はミリーナさんが正式に付いてくれて、ちょっとバージョンアップした。
今朝は髪をハーフアップにねじって留めて、緩く巻いてくれた。伸びすぎた前髪も切ってくれた。長い髪も悪くないって初めて思えた。何だかくすぐったいのは、ふわふわした髪のせいだけじゃないと思う。
美容院みたいのがあるのかどうかわからず、伸ばしっぱなしだったから。
お兄さんが動きやすそうなドレスを用意してくれてあって、今日は胸の下からたっぷりギャザーがはいったクリーム色のエンパイヤドレスにした。首元と膨らんだ半袖の袖口にリボンがついていて巻きつけてリボンに結ぶのがとても可愛い。
「お前らは紬を見るな!!俺の紬が減る!」
「減らないよ?ミリーナさんがお化粧もしてくれたの!」
「お嬢様は元がよろしいので、ほんの少しだけですわ」
ミリーナさんはすっっっっごく優しくて、何でお兄さん達が恐れた目で見るのか全然分からない。
「ミリーナ!紬をあんまり限界突破させるな!余計な虫が寄ってくる!!!」
「坊ちゃん、今までの女性への態度は目を瞑って参りましたが、私のお嬢様へはそうは参りません。大切なら、ちゃんとなさいまし!!」
「…………」
おおぅ、お兄さんが怒られてる。ミリーナさん、凄い!
「つむぎ、超可愛い。食べたい。俺のもんだ」
「はぁ~~~~~ユアン殿、お手本を願いますわ?」
ミリーナさんが静かにキレてる。
クロードさんがどんどん下がる。何故。
「つむぎ嬢、宿に花が咲いたようですね。ドレス、とてもお似合いですよ。美しい天女との旅路、とても嬉しく思います」
「…………ユアン、殺すぞ」
「おや、本当の事を言ったまでですが」
お兄さんはまた軍服の上着を脱いで私に着せて来た。
「ダメだ……隠しきれん……俺への攻撃力が増すだけだ……」
「?お兄さん?」
「ローブなら……」
「これ、お兄さんの匂いがするからちょっと借りててもいい?」
「~~~~!!!???」
「「「 クリティカルヒット 」」」
お兄さんは顔を片手で押さえてしゃがみこんでしまったし、みんなは意味不明な事言うしでどうしたらいいのかよく分からない。
「お嬢様、朝食に致しましょう!馬鹿者達は捨て置いて下さいまし」
「え?あ、うん」
◇◆◇
「テト!!会いたかった!!疲れてない?テトが一緒で嬉しい!!!」
今日も私のテトが可愛い。朝のスリスリがいつもより長い。可愛い。
「おい、何で馬の方が愛されてる。俺にもしろ」
「本当にテルガードがなついてんだなぁ。俺らにだって触らせないのに」
クロードさんが感慨深げに言う。
「一番のライバル、馬じゃん!!あの飛ぶ鳥を落とす勢いだった殿下が!!笑いすぎて俺禿げそう!」
ルース君は本当にずっと笑ってて、愉快な人だ。
「お兄さん!私もテトに乗れる?」
「いいよ、先に移転装置に入るからその後な」
「テト!テト!!よろしくね!楽しみ!」
竜国は遠いので、移転装置を何度か通るらしい。私の体に負荷がかからないように何度かに分けて移転するって言っていた。
移転装置がどんなものかわからないけれど、テトが一緒なら大丈夫。
「お、天女さん、今日もすっごく可愛いっすね!遅ればせながら俺もお供いたしますよ」
「リツさん!」
リツさんは山小屋の後始末をしてくれたんだって。余った食材が腐って困らないようにとか、泥棒が入らないようにとか。
「小屋の鍵はパン屋の女将に預けて来たんで安心して下さいッス」
「ありがとうございます!」
「必要なものは殿下が全部揃えたがるでしょうから何も持ち出さなかったんですが……これだけどうぞ」
そう言って渡してくれたのはテトのブラシ。
空色の持ち手でテトと私のお気に入りの。
「!!!嬉しい!ありがとうございます!テト!テト!!おいで!」
おいでと言っただけで、宿の広いアプローチの芝生になっている場所にテトが横になる。
私の手元のブラシをちゃんと見てる。
すっごく賢い。
テトに駆け寄って、ゆっくりブラシをかけてやる。首は起こして私の方を見ていて、尻尾も私の方に曲げておろしているのですっぽりテトの中に収まっているような形になって安心する。
◇◆◇
「おい、本当にあれテルガードか!?」
乳兄弟のクロードが驚愕の顔で紬と愛馬を見ている。
「命の恩人だからってだけじゃなさそうなデレっぷりだろ!あいつ軍馬だよな!?」
「好きにさせてやれ。俺もあいつも、紬が大事なんだよ」
「お前ら……本当にどうしちまったんだ……」
紬に傾倒している自覚はある。
好きとか愛してるとかいう言葉を紬に伝えていなかったのは王族の性で、婚約者や伴侶以外のどんな女にも言わないように教育されてきた。無意識だった。
今まではそれでも良かった。何の問題もなかった。愛情など女に感じる事は無かったし、女など俺の上を通り過ぎるだけの物だった。
無意識に好きと言わずに、それ以外の言葉で何とか口説こうとしていた自分が滑稽ですらある。もう制限はしない。確実に俺のものにする。
「すぐに婚約する。準備しとけ」
「はぁ!?!?おまっ、意味わかって言ってんのか!!」
「分かってる。それでも俺はあいつ以外考えられん」
「あの子にそこまでの覚悟はねぇだろ!可哀想だ!」
「俺が守る。お前らも最優先で紬を守れ」
「はぁ~~~~~喜んでいいのか、これ」
額に手を当てため息をついたクロードは俺の横でしゃがんだ。
「お前らが切望してた俺の伴侶じゃねーか」
 




