逃げ出した一番目の番 (ユリウスside)
「つむぎ?いま帰ったよ。寂しくさせてごめんね」
彼女の部屋のドアを開けるけれど、つむぎの姿はない。屋敷に入った時から番の匂いが感じられず、拗ねてどこかへ隠れているのかと部屋中を探す。
愛しい番の姿が見つからず、もしや私の部屋に隠れているのかと自室を探すも徒労に終わった。
メイド長のラクラが青い顔でお茶を運んできたのを確認して問う。
「つむぎはどこだ?匂いがしない。出掛けたにしてももう何日もここにいないのではないか?あまりにも匂いが薄い。どういうことだ。」
「私どもも、分からず…………」
歯切れの悪い声がする。
「なぜだ!?いつからいない!!お前は何を言っている!!!」
「もう一週間程、お姿を……見ておりません……」
こいつは何を言っている?彼女につけたメイドが一週間も彼女の姿を見ないなんて有り得ない。
常に彼女のそばで彼女の手足となるのが当たり前だ。
「どういう事だ。どんなにさぼったとしても食事を運ぶ時に必ず会うはず」
彼女の為にシェフを入れていた筈。
三度の食事は部屋か、彼女の指定する場所へ運ぶよう通達していた。
「お食事は…………私どもと…………同じ様に……ご自身で……」
ガタガタと震え出したメイド長の言葉に絶句する。
侯爵夫人になる女性が、メイド達と同じ物を!?こいつはさっきから何を言っている!?
「お前達は仕事を放棄していたということか?」
地を這うような声が出た。
「侯爵様!あの女は侯爵様に愛されない女でございましょう!?レイスお嬢様との未来の妨げになりますわ!?」
「黙れ!!!何という事を!!!お前達は皆首だ。二度とこの国で仕事が出来ると思うな!!!」
私の殺気に跪いて頭を下げ、震える声で懇願を始めた女を無視して外に出る。
急いで私の宝を探しに行かなければならない。
侯爵邸のアプローチでバラの手入れしていた通いの庭師に紬の事を聞くと、一週間前にふらりと外に出たのを見たのが最後だという。
匂いの残り方からも、その時に出たきりなのだろう。買い物に出て、何か事件にまきこまれているのかもしれない。美しい紬のことだから、男たちからねらわれたのかもしれない。
「出掛けた時の彼女の様子は?」
「街とは反対の方向にフラフラと手ぶらで出ていかれましたので、屋敷の周りを散歩なさるのかと思っていたのですが……お嬢様、お戻りじゃねぇんですか??」
散歩に出て何か事件に……と思った所で手ぶらというセリフに引っかかり、いそいで番の部屋にとって返した。
がらんとした部屋。
がらんとしたクローゼット。
初日にプレゼントした普段使いのドレスが二点あるだけ。
誰がどう見ても侯爵夫人のクローゼットでは無い。
————私は紬に何も贈っていない?
————そんなわけない。いつも頭の中では彼女へのプレゼントの事ばかり考えていた筈。
————実行に移していない?まさか。
初日に彼女の物を買った以外、買い物をした記憶が無かった事に絶句する。
————オーダードレスでクローゼットをいっぱいにすると約束した。
————彼女に似合う宝石を贈ると約束した。
————花祭りのドレスを贈ると約束した。
私は、一つも、贈っていない………………?
「つむぎ………………?」
◇◆◇
彼女の足取りを辿って田舎町に辿り着いた。
田舎町の宝石店のショーウィンドウに、既視感のあるルビーの指輪が展示されていて思わず見入る。
田舎町にはそぐわない、一つだけ高価なルビーの指輪。彼女に似合うと思って初日に急いで買い求めた物……。
慌てて店主に尋ねると、やはり彼女がこれを売ったと分かった。
事件に巻き込まれたわけではない?
——————私から、逃げた?
考えないようにしていた事がどんどん現実となって私に襲いかかる。
「彼女の事なら角のパン屋の女将に聞きな。そこにいると思うがね」
最悪な想像を追い払いながらパン屋に飛び込んでも、彼女の匂いはしなかった。
パン屋の女将に訳を話すと一瞬で警戒した素振りを見せる。
「ではあなたがそのルビーの指輪を彼女に贈った方ですか?」
「あぁ!ああそうだ!!彼女に会わせて欲しい!!今彼女は何処に!!」
「縁を切りたい相手から贈られた物を売ったと言っていたわ?私が教える訳がないでしょう!?」
————縁を、切りたい……相手……?




